第3話 鬼

 ――竜成たつなり君、助けて!!


 声がした。その声の主が誰かなど、考える必要もなかった。


結花ゆか!!」


 カヴォロスは手を伸ばした。瞬間、ホワイトアウトしていた視界が一気に色を取り戻す。そこは夜空の下だった。廃墟と化した城の、外郭を成す回廊の上に彼はいた。


「あな、たは……」


 声に振り返る。そこにいたのはセーラー服の少女、天海あまみ結花その人だった。彼女が無事であることに胸中で安堵する。


「なんだてめぇ! どっから出てきやがった!」

「むっ――!?」


 次にかけられた声に、カヴォロスは正面を向き直る。そこには魔族であるカヴォロスですら瞠目するような異形の者の姿が三つあった。


 だが目を見開いて驚いたのは、竜成の記憶に彼らの正体があったからかもしれない。


 鬼だ。


 頭に生えた角。カヴォロスのような魔龍族まりゅうぞくを含め、魔族にも角の生えた種はいるが、あれほどまでに猛々しく尖った角を持つ種族はそうはいない。


 真紅の瞳。虹彩の色に特徴のある魔族はそれこそ幾らでもいるが、あそこまで血を連想させる色をした眼を持つ種はいくついるだろうか。


 人間に酷似した姿ではあるが、その体躯は人間では有り得ない大きさを持ち、人間とは比べ物にならないほど筋肉量を誇り、人間のような肌の色をしていなかった。赤、青、緑。それぞれがそういう肌の色をしていた。


 そう。その姿は日本人にとってごく一般的な鬼のイメージそのものだった。当然、竜成が思い描くそれともなんら違和感なく照合できる。


 だがだからこそ、カヴォロスにとって彼らの存在は驚くべきものだった。カヴォロスの知る限り、魔族の中に彼らのような種は存在しない。彼らは一体、どこから来たというのか。


「貴様らの方こそ何者だ。人に何者かを訊ねるのなら、自分から名乗るのが礼儀であろう」

「んだとてめぇ――」


 カヴォロスの言葉に足を踏み出そうとした赤鬼を、緑鬼が手で制す。


「こいつは済まなかったな。全く、赤鬼ってのはとにかく喧嘩っぱやくて困るぜ。なあ、青いの」

「……興味ない。それよりこいつ、強いのか?」

「……青鬼っつうのはもうちょっと冷静で大人しいって聞いてたが、あれはただの噂だったみたいだな」

「もうどうでもいいぜ、こいつが何モンでもよぉ! やるのか、やらねぇのか!?」


 ニヒルに言葉を並べ立てる緑鬼と、呟くように一言だけ挟んだ青鬼、そして大声で喚き散らす赤鬼。どうやら話を聞くのは難しいようだとカヴォロスは内心で溜息を吐く。


「結花、後で説明するから、今はここでじっとしててくれ」


 努めて竜成として、結花に声を掛ける。結花は戸惑いを隠せない様子ながらも頷いてくれた。

 カヴォロスはそんな彼女へ微笑みを返し、再び鬼たちへ向き直る。彼らは既に臨戦態勢であった。三人ともこちらを見て紅い瞳を煮え滾らせている。


 いいだろう。戦うつもりならば魔王軍最強の四将として名乗らぬ訳にはいくまい。


「我が名は四魔神将よんましんしょうカヴォロス。――推して参る」

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