第18話 セロ商会ルーン工房1号店完成

◇◇◆◇◇◇


正午となり太陽が真上に登った頃、船はタクティカ国に無事到着した。

帰国した僕は迎えてくれたセロ社長に挨拶を済ませ、その足で国王に謁見を取り付けた。

元々の帰国予定より時間が掛かったが、特に問題は無さそうで安心した。


王宮に到着すると警護に当たっていた副団長カルレンが待機していた。

僕の不在だった10日間に起きたタクティカ国内の業務報告書を受け取る。


「レヴィン団長殿、長旅お疲れ様です。10日間特に問題は無く、聖域の現場検証も終了しました。報告書に記載しておりますのでご確認下さい。」


「分かりました、ご苦労様です。明日はゆっくりと休んで下さい。」


「はっ!ありがとうございます!」


副団長を務める彼は30代前半で真面目な性格の男だ。

平民出身ながら、その能力の高さが買われ騎士団に抜擢され副団長の地位に納まった優秀な人だ。

そして奥さんと3歳になる息子を持つ愛妻家だと聞く。

10日間の連勤を終えて、ようやく休みが取れてホッとしているに違いない。


彼は年下の僕にも立ち位置を弁えて丁寧な敬語を使う、そして仕事も正確で早いのでとても信頼のおける人だ。

僕も、そんな彼に対して最大限の敬意を持って接する事を心がけていた。


僕は王宮の廊下を歩きながら、報告内容の整理と伝えるべき言葉と伏せるべき事柄を選定していた。


●ティンダロス国の召喚獣"猟犬"の出現。

これは報告する必要が有る。

タロス国に我が国で確認されたのと同型別種の黒い獣の出現。

被害状況・・・タロス国の死傷者数と、部下が1名命を落とした事。

謎の戦士の出現で事態が収拾した事。


●ラルク達のルーン技術の才覚。

これは隠す必要は無いだろう。

ルーン技術は生産性の低さや技術者の育成が難しい等の観点から、廃れつつある技術だ。

しかし、その有用性と再現できる優秀な技術者が生まれたと知れば大きな国益へと繋がるのは容易に想像ができる。

そしてタロス国を凌ぐ技術力となれば、特権階級の連中も金銭投資を惜しまないはずだ。

この国は技術者・・・特にラルクに対して無碍な態度はとれなくなる。


――――その後、国王と宰相に謁見しタロス国で起きた詳細を説明する。

そして高い最限度のルーン技術を会得したセロ商会にルーン工房を運営させて、国の技術力と各士団の戦闘能力向上に貢献させてはどうかという進言を行った。

口頭での説明では詳細を全て伝えるのは難しい。

具体的な試算を後日、書面にて提出するとトウザ宰相に約束する。


「ほう。かの者がルーン技術の才覚をのう・・・」

「はっ!こちらがその品にてございます。」


僕は彼が造った4文字刻みのルーンファルシオンを宰相に献上する。

宰相が国王にその剣を渡すと、その剣を鞘から抜きまざまざと眺めていた。


先々代の国王と違い戦争を経験していない現国王に、あの武器の価値が分かるとは思えない。

宰相と共にルーンファルシオンを眺める姿は、なんとも滑稽に見えてしまう。

・・・この中であの剣の価値が分かるのはグレイス軍務大臣だけだろう。


「この技術力は、磨けばタロス国と同等かそれ以上の輸出産業として国に貢献出来るはずです。セロ商会の新事業として国から投資をしてみるのも面白いかと・・・。監視役の私が出過ぎた発言をお許し下さい。」


「どう思う?トウザよ。」


「セロ商会は我が国の貿易を取り仕切る大商会でございます。そして現在ルーン技術は魔導に秀でたタロス国が独占していると言っても過言では有りません。我が国でルーン技術を取り入れた新事業を始めるのは、やがて国益にも繋がりましょう。」


国益至上主義の宰相は予想通りの判断をした。

国王は少し考えた後、最終決定を宰相に任せ、軍備転用は軍務大臣の判断に委ねると話した。

こうして僕の報告業務は終了する。

後は軍務大臣とセロ社長との中継ぎを僕が行えば良い。


理想としてはリアナさんかカルディナさんにオーナーを任せる事だ。

開業には商人労働組合マーチャントギルドで試験に合格しなければならない、そして合格後個人カードの更新登録が必要になるはずだ。

その為、オーナーはラルク以外が就任する事が最善だろう。


個人的には向上心が高いカルディナさんが向いていると思う。

オーナーの実家が辺境貴族という横の繋がりを利用した経営戦略も利用可能になるのは彼女の強みだ。

・・・その辺りはセロ社長と相談しよう。



◆◇◇◇◇◇



約2日間の船旅を終えて、僕達技術研修生はタクティカ国へと帰還した。

研修報告書を提出した翌日から通常業務が始まった。


帰国してから1週間が過ぎたある日、僕がいつも通り搬入チェック業務を行っているとセロ社長とレヴィンがやって来た。


「ラルク君お疲れ様ですね。少しだけ時間を宜しいですか?」

「はい、大丈夫です。」


僕は近くでチェック作業をしていたジャン先輩に許可を得て、作業から抜ける。

応接室に足を運ぶと、緊張した面持ちのリアナ先輩とカルディナ先輩がソファに座っていた。

このメンバーって事は研修で習得したルーン技術の話だろうか?

先輩達の緊張具合から、何か重要な話なのか?

僕はセロ社長に促され、カルディナ先輩の横に座る。


「仕事中にすまないね。まず・・・報告書を読ませて貰った、よく書けていたと思います。本題ですが、研修で非常に優秀な結果を出したとルドルフ君から報告を受けてね。」


セロ社長はシルベール商会の印の入った書状を机に置く。

あれは出航前にクレイン先輩が受け取っていた書状だろうか。


「私も完成品を見せて貰ったが、確かに見事なルーンファルシオンでした。」

「ラルク、これをお返ししますね。」


以前レヴィンに貸し出したルーンファルシオンを受け取る。

しばらく貸して欲しいと言っていたけど、何に使ったかは教えてくれなかった。

街周辺のモンスター討伐にでも使用したのだろうか?


「今日集まって貰ったのは、これだ。」


社長は机の上にもう1枚の書状を広げた。

その書面は一目で分かる程上質な紙で、書面には達筆な文字が記されており大きな印が押してあった。

その書面を見たカルディナ先輩が驚いた表情を浮かべていた。


「これって、国璽こくじ・・・ですよね?」


カルディナ先輩がセロ社長に恐る恐る尋ねると、セロ社長はさも当然のような感じで「そうですよ。」と答える。

僕とリアナ先輩は聞いた事の無い単語に首を傾げる。

リアナ先輩が「国璽こくじって何?」と聞くとカルディナ先輩が「えっ!?」と微妙な表情をする。


国璽こくじとは、国王が正式に発行した書面という印です。」


今まで口を開かなかったレヴィンが僕達に簡単に説明してくれた。

この書面は国王自らセロ商会に送った書面という事らしい。


「これはね、タクティカ国でルーン工房と販売店の開業をする為の経営許可証だよ。」


社長は不敵な笑みを浮かべ、僕達の顔を見つめる。

僕達はその言葉を聞いて度肝を抜かれた。

10日間の研修を終えて、僅か7日間たらずしか経ってない。

・・・にも関わらず、すでに国の許可が下り工房と店を開業できるという話なのだから。


「・・・カルディナ君。」

「は、はい!」


急に話を振られてカルディナ先輩が驚いて肩をビクリと震わせ返事をする。

緊張した面持ちの先輩にセロ社長が改めて向き合い、そして言った。


「君にルーン工房のオーナーを任せようと思う。そして、リアナ君とラルク君を従業員として配属しようと考えている。」


「は、はいぃ!?」


カルディナ先輩が裏返った声でセロ社長の言葉に反応する。

僕も驚いているけど、リアナ先輩も多分同じだろう。

僕達は驚きの連続で言葉を失い、セロ社長の話に言葉を返せないでいた。


「あれ?あんまり乗り気じゃないかな?結構、面白い話だと思うんだけどなぁ・・・。」


セロ社長は僕達の反応が意外だったのか小首を傾げる。


「いえ、あまりに唐突な話だったので驚きました。」

「・・・うんうん。」


カルディナ先輩が我に返ったようにセロ社長に答えた。

リアナ先輩も彼女の横で何度も頷く。


「売上が安定するまできちんとフォローはするし、何より国から補助金が出ます!どうです?引き受けてもらえませんか?」


カルディナ先輩が高揚した様な不安げな視線で僕達に助けを求める。

逆にリアナ先輩の目は好奇心に満ち、キラキラと輝いていた。

僕も同様に不安よりも未来への期待で溢れていた。

「リスクマネジメント」普段なら真っ先に脳裏に過る言葉が完全に霞む程に気分が高揚していた。


「私、やってみたいです!」


言葉を発したのはリアナ先輩だった。

その言葉に触発され、僕も「僕も参加したいです。」と口にしていた。

カルディナ先輩は大きく溜息をつき、半ば諦めたような口調で「分かりました、頑張ってみます。」と言った。

彼女が躊躇していた理由を僕は理解できる。


20歳という若い年齢で、セロ商会のような大手商会の新規店舗のオーナーをするというのは物凄い重圧になるはずだ。

成功する為の現実的な道筋と計画、それに伴う重責。

そういった諸々の事が期待よりも不安を呼び寄せているのだろう。


「最初の1歩を踏み出して見ると、案外歩いて行けるもんだよ?大丈夫!私は商売のプロだよ?きっと成功します。」


セロ社長は不安な表情のカルディナ先輩を元気付けるように笑う。


そこからセロ社長の説明が始まる。

工房の建設は明後日より始め、約1ヶ月後に完成予定らしい。

僕らの返答の有無に関わらず最初から工房の建造は決まっていたようだ。


明日から約1ヶ月の間、カルディナ先輩は商人労働組合マーチャントギルドの試験勉強とオーナー資格の取得をする事、そしてそのノウハウをセロ社長が直々に教えると話す。

僕とカルディナ先輩は工房と店舗に内観や設備の建設計画に参加する事となるらしい。

一般的な商業施設では無く店舗と工房と従業員宿舎の全てを併設した建物を造るので、実際に作業し易い環境を現場目線で構築したいらしい。


経営の基本的な内容は、セロ商会の提携している鍛冶職人の作製した武具にルーン文字を刻みオリジナルブランドとして国内販売・輸出商品として扱いたいという。

なるほど・・・セロ商会は鉱物を採掘する企業とも提携していたし、生産・加工・流通・販売を一手に担う事でコストの削減を行う訳だ。


1時産業(生産)×2時生産(加工)×3次産業(流通・加工)=6次産業化


いわゆる6次産業化って手法だな。

資金力のある大手商業総社"ならでは"って感じで凄いな。


その他にも考えているサービスとしては・・・

●お客様の持ち込んだ武具・家庭用品に要求されたルーンを刻む

●ルーン技術の講習

・・・この2点を考えていると話す。


今までの話を聞いていて、僕はセロ商会がこの国で大手企業になれた理由が分かった気がした。

新規事業に対する社長の素早いフットワークと先見の明、そして思い切った決断力が今のこの会社を成り立たせているんだ。

僕は改めて社長に対して尊敬の念を抱いた。


「おめでとう、ラルク。僕も何かあったら相談に乗るから遠慮なく言ってくれ。」

「うん、ありがとう。頼りにしてる。」


僕はレヴィンに手を差し出されたので、何の気なく握手をする。

頼れる兄のような存在の彼は、本当に心の支えだなと思った。


「なんか、あの2人"てぇてぇ"よね。」

「うん、ネイさんとも良いけど・・・あのカップリングもアリだね。」


・・・と、先輩達が何か良からぬ言葉を呟いていたけど気にしないようにしよう。



翌日から僕達は通常業務から外れ、それぞれの役割に回る事となった。

カルディナ先輩は社長の指導を受け、経営者の心構えや開店に際しての必要な手続きを始めていた。

僕とリアナ先輩は工房の内装デザインや工房のレイアウトを図面に起こす作業に参加していた。

おまけで暇を持て余しているスピカも付いて来た。


刻む文字数が増えれば長時間拘束される作業なので、なるべく快適に作業が出来る環境にする必要が有る。

販売店舗部分は色々なお店に出向き、店内の内装や商品配置、オシャレなレイアウトを視察し図面に取り入れる。

予算に関しては国から補助金が出ると社長が話していたので今は気にしなくても良いらしい。


「それにしても自分達の店ができるってスゲーよな!」

「うん、少し現実離れしてる感じ。」


僕は何故かテンションの1番高いスピカに苦笑する。


「スピカもマスコットとして手伝ってよ?」

「おう、いいぜ!俺様の愛らしさで大繁盛間違い無しだぜ!」


リアナ先輩の腕に抱かれながらスピカがフフンと鼻を鳴らす。

最近よく一緒に行動していたせいか、先輩と仲良くなったみたいだ。

約1週間、あーでもない、こーでもないと試案を繰り返し、なんとか基本的な内部設備の計画を終了した。

既に外観と基礎工事は始まっていたのでセロ社長の立ち合いの元、現場監督と内部工事の細かな調整を行った。

こうして建物の建設は業者に一任し、僕とカルディナ先輩は別の業務へと移行した。


工房が完成するまでの残り3週間を利用して、僕達は店舗で販売するルーン武器の作成を始める。

基本的に他の従業員の邪魔にならないように倉庫の隅に簡易テントのような物を設置してもらい、そこでルーン武器を作成する事となった。


セロ社長の計らいで比較的上質なロングソード、ファルシオン、グラディウスを用意して貰った。

そして、リアナ先輩は2週間かけて3文字刻みを完全にマスターした。

僕はその間に1文字、2文字刻みを短時間で複数量産していた。


社長の指示で、それぞれの冒険者ランクに合わせたプライスラインを用意しなさいと言う事だ。

セロ社長曰く「"値頃感"が最も重要です!」と言う。

更に一般的な相場よりも価格が少し安い・・・というのは悪手だと語る。

それよりは付加価値を付けて、一般的な相場と同じかほんの少し高くするのが正解だと話していた。

売上や利益は、どれだけお客様の期待値を超えられたかで決まると豪語していた。

なるほど、故郷で商売を作業としてこなしていた自分には目から鱗が出る思いだった。

商売の基本的な部分は父から学んだが、セロ社長の話はとても勉強になる。


あとタロス国で5文字刻みを成功させたせいか知らないが、1文字あたり30分かかっていた所が今では20分で完成させる事が出来るようになっていた。

当然2文字や3文字も製作時間が各段に短くなっていた。


「ラルク君、凄いよ!めっちゃ早いジャン!」

「うん、なんだろう?よく分かんないけど早くなった。」


リアナ先輩も上達して早く造れるようになっていたけど、僕の異常な作成速度に感激していた。

原因は自分でもよく分からないんだけどね・・・慣れなのかな。


魔力マナを放出する出入り口が少し広がったんだろうな。」


僕の頭の上で寝そべっていたスピカが尻尾で後頭部をペシペシと叩きながら話す。

ただ、問題が有るとすれば4文字刻みに安定して耐えれる武器が少ないと言う事が分かった。

ファルシオンも物によっては4文字刻みに耐えれなかった事が幾度かあった。


何本か失敗も有ったが必要経費として計上するとカルディナ先輩が話して

いた。

オーナー資格を取得した彼女も、空いた時間にルーン文字刻みの練習に参加していた。

セロ社長が依頼によっては物量が必要になるかも知れないと話していたからだ。



黒い獣の被害にあった集落の調査・検証が終わり、聖域の警護業務が再開された。

集落の警護宿舎の再建も完了したので、魔法師団副団長のネイは再び聖域へと赴任した。

その為、彼女と会えるのは2週間に1回程度となった。


2週間に1度、国に対して状況報告をするらしく、交代要員がワイバーンで行き来すると言う。

その時に休暇を合わせて会いに来てくれた。

ほぼ、毎日のように顔を合わせていたのでやっぱり少しだけ寂しいと感じる。


こうして、あっと言う間に1ヶ月が過ぎ。


僕達が中心となって経営する、タクティカ国で最初のセロ商会ルーン工房1号店が完成した。

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