第17話 休暇を満喫しました

◆◇◇◇◇◇



――翌日、研修6日目。


工房前に研修メンバー全員集合してお世話になった従業員の方々に挨拶を済ませる。

研修最終日という事もあり、ルドルフ社長が工房に顔を見せた。

ルドルフ社長は豪快な人で本気で研修生全員を引き抜こうとしていて、シルベール商会に再就職を進めていた。

当然の事ながら従業員全員に物理的に止められていた。


「3人共、またいつでも来いよ。歓迎する。」


レウケ様は僕達が作製した4文字刻みと3文字刻みのファルシオンを渡してくれた。

そしてこれが免許皆伝の証だと笑っていた。


「お前達は才能が有る。筆記試験にさえ受かれば商人労働組合マーチャントギルドで商売許可証が貰える。ルーン技師を本職として商売してみるのも面白いと思うぞ。」


「はい!頑張ります!」

「お世話になりました!」

「ありがとうございました!」


僕達はルーン文字が刻まれたファルシオンを胸に抱え、改めて頭を下げる。

短い期間だったけど学びが多く、すごく充実した気分だった。


自分のお店か・・・。

もし自分のお店を持てたら楽しいだろうな。

僕は故郷の家族を思い出していた。


父と母と妹は元気にしているだろうか?

なんだか実家の小さな雑貨屋で働いていた事が遠い昔の事のような気がする。



その後、僕達は当初より予定していた海岸へと到着した。

雪のように真っ白な砂浜が広がる海岸は大勢の観光客で賑わっていた。

この場所も限定的に結界が張られているらしく、温暖な気候となっており水温も適度に冷たい程度だった。

海岸は開放されている区画が限られており、立入禁止の場所と遊泳禁止区域が仕切られていた。


「先輩、あっちは何で遊泳禁止なんでしょうか?」


「遊泳禁止喰い息は水温が急激に下がるらしいぞ、あっちの立入禁止の先は熱湯が噴き出す間欠泉かんけつせんがあって危険だと聞いたぞ。」


「なるほど・・・でも、先輩顔が入りたそうですね。駄目ですよ?」


「わ、わかっている!こう見えて俺は引率だからな!」


兵器部門で研修を受けていたクレイン先輩とボルク先輩が面白いやりとりをしていた。

クレイン先輩は研修生最年長の22歳で高身長筋肉質、ボルク先輩は細身で色白の 妖精種エルフで穏やかな性格の人だ。

2人の会話を聞いていると、不意に背中に重みを感じた。


「ラルク聞いたぜ!お前凄いルーンソードを造ったんだってな!」


「ジャン先輩、お疲れ様です。まぐれみたいな物ですけどね。」


1番歳の近いジャン先輩が肩を組んで話しかけて来た。

彼は気さくで面倒見の良い性格で、普段からお世話になっている先輩の1人だ。

ジャン先輩は生活品部門で研修を受けていたので会うのは久しぶりとなる。

歳も近くて気さくな先輩なので、セロ商会に入社した時からお世話になっている。



その後、浜辺の近くのお店で水着を選んでいる時にネイが肩を叩いてきた。

彼女は僕の鎖骨をツンツンと人差し指で突いて、少しムッとした表情を浮かべていた。


・・・これは、どういう表情だろう?

今までに見た事の無い表情に少しだけ困惑する。

微妙に怒っているように見えなくもない。


「隷属の印・・・・。」


意図を解さず首を傾げる僕に溜息をつき、彼女は小声で一言発した。

その言葉に僕はハッとする。

そうか、僕の体には隷属の印が刻まれていたんだった・・・。

いつもスピカが周囲の人間に見られないようにと注意をしてくれていたのを思い出す。

最近スピカを見かけないせいか、すっかり忘れていた。


うーん、仕方が無い。

残念だけど、今回は体調不良という事で泳ぐのは諦める事にしよう。

僕は皆に体調不良を伝え、浜辺の木陰で荷物番をしながら読書をする事にした。

海まで来て泳げないのは残念だけど、ルーン技術に関する書物を読むのは探求心を擽られる感じがして時間が立つのを忘れてしまうくらい楽しい。


「なぁラルク、お前は誰が好みなんだ?」


浜辺に出るとロジェ先輩が唐突に話しかけて来た。

先輩は水着に着替えた女性陣の方を指差し品評するような眼差しを浮かべていた。

ロジェ先輩は金髪のロン毛で、いかにも軽い感じの印象を受ける先輩だ。

しかし見た目とは違い真面目で一途な性格で、生活品部門の研修を受けていたアーシェ先輩と付き合っているらしい。


カルディナ先輩は女性陣の中でも群を抜いて良いスタイルで、リアナ先輩は程良く引き締まった細身。

アーシェ先輩は着痩せするタイプで、セナ先輩は小柄の割に胸が大きい感じだ。

ネイはリアナ先輩に近く細身で引き締まった体型で・・・胸は先輩よりも小ぶりだ。

改めて女性の体型を見ると体型にも個性が出るんだなと、思わず関心する。


なんか、こう見慣れない異性の体に妙な興奮を覚える。

いかにかん、ついつい見入ってしまった。

研修期間中、ネイは僕と行動を共にする事が多かったせいか、カルディナ先輩とリアナ先輩と少しだけ打ち解けていたようだ。

3人で何やら楽し気に話している姿はとても絵になる。

ネイの表情は薄いけど、僕には彼女が楽しそうに見えた。


「ラルクはネイさんでしょ。あんな美人に毎日愛妻弁当作って貰えるなんて羨まし過ぎる!」


ジャン先輩が揶揄からかうような口調で大袈裟に悔しがる。 

ロジェ先輩も「ああ、そうか!」と簡単に納得していた。


う~ん確かにネイは美人だし見た目は完全に20代だ。

しかし僕と彼女の年齢差は50歳差だ、彼女にとって僕は息子的な扱いなんだと思う。

だから、この話題は反応に困るから苦手だ。


そう思っていた矢先、巨大な筋肉の塊が視界に入って思わず2度見してしまった。

黒光りする隆起した肉体美に極細のブーメランパンツを履いたクレイン先輩の姿だった。

そして無理矢理付き合わされたのか、痩せ型で色白のボルク先輩もブーメランパンツを履いて恥ずかしそうにモジモジしていた。

男の僕から見ても、あの際どい水着はヤバイと感じた。


「おーい!こっちこっち!遅いぞー!」


浜辺で話をしていたリアナ先輩がこちらに気付き手を振った。


「うおおぉぉぉ!」「うおおぉぉぉ!」


その時、クレイン先輩とジャン先輩が水着姿の女性陣を見てガッツポーズをしながら同時に叫んだ。

欲望を剥き出しにした反応に、僕は自分の事を棚に上げてちょっと引いてしまった。


「きゃぁぁぁぁ!!」「ぎゃぁぁぁぁ!」

「変態か!!」「キモ!死ね!」

「・・・・」


男性陣の歓喜の叫びが上がってから一呼吸置いて女性陣の叫びと罵倒が響き渡った。

先輩達のセクハラブーメラン水着を目撃した女性陣が悲鳴に近い叫び声を上げて逃げ出していた。

なにも逃げなくても・・・可哀そうに。


「ああっ!アーシェ!待ってくれー!」

「おおい!どこ行くのぉ!?」


ロジェ先輩とジャン先輩は女性陣を追いかけて走って行った。

そしてブーメラン先輩(失礼)達はその場に崩れ、落ち込んでいた。

・・・うん、自業自得だと思う。



「やぁ、君は泳がないのかい?」


遅れて到着したレヴィンが水着に剣という何とも不思議な格好で現れた。

歴戦の戦士を髣髴とさせる鍛え抜かれた細身の体は、男の僕でも目を奪われる程に美しかった。

普段、鎧に包まれた下はこうなっていたのかと感心しながら眺める。

ムチムチ系筋肉のクレイン先輩と違い、脂肪を極限まで落としたしなやかな筋肉が太陽の日差しにさらされて、より美しく見えた。

これはモテるだろうな・・・。

憧れにもにた感情と同性としての嫉妬心が同時に湧く。


「ああ、うん。ちょっとまだ本調子じゃないからね。」


「・・・そうか。それよりも熱心に見入っていたようだけど、海を見ていたのかな?それとも・・・フフッ」


「いやー、うん。海綺麗だなと・・・。」


「フフッ、そうだね。」


僕がネイに見とれていた事に気付いてレヴィンが遠回しに揶揄からかってきた。

先輩達ならいざ知らず、レヴィンのこういうやりとりは珍しい。

ほんの少しだけど距離感が縮まったような気がした。

レヴィンは水着に着替えたにもかかわらず泳ぐ様子は無く、僕の横で海を眺めていた。

護衛という役回り上、常に剣を携帯している必要があるかららしい。

しばらくするとネイも合流し、結局いつもの3人で過ごす形に収まった。


ネイの着用する白い水着に、海水で濡れた素肌が艶めかしい。

普段曝け出す事の無い素肌の彼女が近くにいると、目のやり場に少し困る。

冷静さの薄れた僕に疑問符の付いた表情を浮かべるネイと、それを見て苦笑するレヴィン。

そんな普段とは少し違う雰囲気の中で時間は過ぎていった。


昼過ぎになると先輩達が戻って来て昼食のバーベキューを食べる。

豪快に切り分けられた野性味あふれる肉や海鮮具材を思いのままに焼いて、皆で立ち食いをする。

話した事の無い先輩達とも話ができて、とても充実した時間を過ごす事ができた。


午後は浜辺を散歩したり、砂細工選手権を開催したりと盛り上がった。

ジャン先輩とロジェ先輩とアーシェ先輩が立入禁止区域にこっそり入って、レヴィンの部下の人が捜索に出向くという事件もあったが大事には至らなかった。


・・・こうして僕達は研修旅行最終日を満喫した。



――翌日の早朝


港で出向の準備をしているとボロボロになったスピカがぐったりとして背中に乗り掛かって来た。

綺麗だった毛並みは乱れ、野良猫のボスのような不機嫌で目付きの悪い表情をしていた。


「そんな疲れ切って、お前この島にいる間何をしてたんだ?」

「馬鹿と鬼ごっこしてたんだ。鬼はボコしたから、3日は起きれないだろうがな。」

「・・・それ鬼ごっこか?なんか違くない?」


鬼ごっこって鬼から逃げる遊びだったような・・・。

6日間真面に姿を見なかったけど、はしゃいで街中を走りまくっていたんだろうか?

僕の想像の中では焼き魚を咥えて、屋台の店主に追いかけられるスピカの姿が浮かんでいた。

あーでもお金は持っていたから盗む事はないか。


その後、出向前に従業員の方々が作業の手を止めて見送りに来てくれた。

最年長のクレイン先輩が代表で挨拶を行い、ルドルフ社長から書状を受け取っていた。

短い間だったけど充実した研修が出来たと思う。

船に乗り込み甲板から見下ろすと、従業員の中にレウケ様の姿を見かけた。


「教官!お世話になりました!」


僕はレウケ様に聞こえるようにお礼の言葉を叫んだ。

レウケ様は涼し気な笑顔で軽く手を振り見送ってくれた。


こうして長いようで短かった7日間の実地研修の全工程を終え、船は港を出航した。



今後の予定では、行きと同じく約2日間掛けてタクティカ国へと帰還する。

その間に研修で培った技術や仕事への活用方法を報告書に纏めて、帰国後提出しなければならない。

実は皆が1番頭を悩ませている課題のようだった。


船内の食堂に集まり、皆で自分達が学んだ事を話しながら報告書の作成を開始した。

唐突にボルク先輩が「皆はどんな研修だったんだ?」と言う問い掛けから、各部門の発表会が自然に始まった。


「私達は生活をより快適にする商品の作成を習いましたよ。」

「やっぱり自分で商品を造れるようになるって良いよな。」


生活品部門は結界に頼らない空調設備や冷温水設備に関する技術研修が主な内容だったらしい。

何でも熱気と冷気を別ける事が出来て、室内の温度を上げたり下げたりと調節出来るアイテムらしい。

それは確かに便利だな。

"機械"と呼ばれるモノは今は失われた古代の技法で、それの再現をするのが目的だとか。

機械技術は北西のガルダイン大陸の中央に位置するギュノス国に残る古代技術だと話していた。


「兵器部門は手甲に身体強化の魔法スペルを付与した魔石を合成しました!」

「凄かったぜ!ボルグの細腕でも石壁を殴って壊したんだからな!」


兵器部門では武術を主とする前衛職が拳を保護する武具「手甲」に魔石を組み込むことで、魔力マナを使用する事無く常に身体能力が向上するという内容らしい。

魔力マナの操作のバランス調整が難しかったようで、研修5日目にしてようやく1個成功したと話していた。

文系で運動が苦手なボルク先輩が成功品を装備して、厚さ10センチの岩壁を素手で破壊できる威力を誇っていたらしい。

当然、その話を聞いた皆はたいそう驚いていた。


「えーと、私達3人は共感から免許皆伝を頂きましたの。」


カルディナ先輩がルーン文字が4文字刻まれたファルシオンを天高く翳す。

その後、リアナ先輩が僕達の研修内容を皆に報告していた。

比較的、魔力マナの扱いが得意なセナ先輩がルーン文字を発動させて皆が口々に「凄い!!」と絶賛していた。

少し前に剣を貸してくれと言ってたのは、皆に自慢する為だったのかと少し苦笑する。


こうして研修の反省会で盛り上がる。

当然、報告書の方は皆進んで無い様子だった。

船上の1日目はそんな感じで過ぎて行った。


帰国の船旅2日目は皆自室で真面目に報告書を書いているようで、食事の時間以外は休憩室や廊下ですれ違う事すら無かった。


僕は報告書を書きながら改めて思い返す。

時間を掛ければ、今の僕でもルーン文字を5文字まで刻める。

しかし、その効果を最大限に発揮した場合、耐えれる強度の武器って中々手に入らないんじゃないだろうか?

少なくともミスリル鉱石よりも強度の高い商品が素体として必要となるはず。

鉱物資源の豊富なタクティカ国なら、そういったものも手に入るんだろうか・・・。

折角なので、帰国した際にはセロ商会でこの技術を活かしたいものだ。


かくしてタロス国での技術研修は終了し、僕達はタクティカ国へと帰還したのだった。

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