第9話 研修旅行に行こう!
本日は晴天。
結界に覆われた王都は過ごし易い気候に調整されているせいか、ここが地図で最南端の南極だという事を忘れてしまう。
僕は故郷を追われ、行きついた先でモンスターに襲われて絶望という感覚を味わった。
その記憶を忘れる事は出来ないけれど、その後に出会った人々との繋がりや優しさが傷付いた心を癒してくれる。
絶望を感じたからこそ、今の幸せな環境がどんなに恵まれた事なのかを実感できるんだ。
レヴィンに紹介して貰ったセロ商会で作業員として働いて約2ヶ月が経った。
楽しくも慌ただしい日々が、悲しい記憶を過去の出来事に変えていく。
セロ商会は国内外の幅広い商品を扱う輸入・輸出を
食材、衣類、建材、鉱石、宝石、武器防具、魔道具等幅広い取引を行っている。
レヴィンのいう道具屋という呼称は間違っているとは思わないが、取引規模や売上状況を考慮すると不釣り合いというかさ・・・大商人?う~ん、もっと他の言い方があるんじゃないかと・・・。
特に南極大陸と言う寒冷地は、他国に比べ食物に関しては国内生産力が低い。
その為、輸入品に生活大半を頼っているのだ。
逆に鉱石や魔道具等の輸出量は他国に比べ、比率が高いのでバランスが取れていると働いて分かった。
巨大な船を多数持っているセロ商会は、その機動性を活かしタクティカ国の輸入と輸出の80パーセント以上を担っているようだ。
僕の仕事は主に荷物の受付とチェックだ。
品質はもちろん、納品・出荷・在庫数の管理が主要業務となる。
たまに大口の荷物が入ると、荷上げ業務にもまわると言った感じだ。
大手商社だけあって1000名を超える従業員がそれぞれの部署に割り振られ忙しく働いて居る。
そんな環境で働いて居たせいか視線恐怖症も少しずつ回復し、以前のように他者と自然に接する事が出来るようになった。
「お~い!ラルク!いるか?」
倉庫で在庫チェックの作業をしている時に現場の親方に呼ばれる。
現在の上司、役職でいうとマネージャーにあたる人物の希望で親方と呼んでいる。
本人曰く、その方が「威厳がある感じで良き!」と言っていた。
呼称イメージに合わせて、似合わない顎鬚まで生やすお茶目な人だ。
「は~い!少し待ってください!」
急用かと思い急いで検品を済ませ、再度指差し確認を行う。
ミスをなるべく減らすように、どんなに忙しくても必ず2重チェックを行うのは鉄則だ。
仕事を紹介してくれたレヴィンの評価を下げる訳にはいかないしね。
「フフ、彼女が来てるぞ。」
親方はニヤニヤしながら
20代後半というまだ若い分類にはいる癖に、発言の端々に親父臭さを感じる。
親方の発する彼女っていう発言には明らかに「恋人」という意味が作為的に込められているのを感じる。
そもそも恋人ではないと何度も言っているので、分かっていて
で・・・その彼女というのは、ネイの事だ。
彼女は昼前になると毎日お弁当を持って来てくれるのだ。
彼女的には弟か息子の世話をしているような感じなのだろう。
親方もそれを知った上で毎日イジって来るから
彼女は現在王都の隅の小さな空家を借りて住んでいる。
本来は聖域と呼ばれる遺跡付近の集落に常駐していたが、例の獣襲来事件のせいで任務は一時中断されている。
未だ、聖域の集落の調査・検証が終わっていない為、彼女は一時的にフリーな状態になっている。
最近知ったのだが彼女はタクティカ王国に仕える魔導師団の副隊長で、聖域の守護任務に就いていたらしい。
僕はと言うと、少しでも早く仕事を覚える為に住み込みで働いている。
ネイが一緒に暮らそうと言ってくれたけど、これ以上彼女に迷惑は掛けたく無かったのでセロ社長に頼んで住み込みにして貰ったという訳だ。
それでも心配性なのか、毎日バランスの良いお弁当を作ってくれている。
「いつもありがとうございます。いただきます。」
「ん。ラルク疲れて無い?もう慣れた?」
「はい、少し慣れて早く仕事が出来るようになりました。」
「そう、良かった。」
安心したのか彼女は笑顔でお弁当を手渡し帰って行った。
この短い会話のやり取りでも、彼女の事を知っている人々からしたら驚きだと言う。
確かに出会ったばかりの頃は「・・・そう。」とか「・・・分かった。」とか凄く短い受け答えが中心で、会話のキャッチボールが成立して無かった。
集落で起きた事件以降、彼女は僕を弟のように世話を焼くようになった。
僕もこうして毎日お弁当を頂いて、お弁当箱を洗って返しに行くと言うのが日課になりつつある。
・・・よくよく考えたら交際していると勘違いされてもおかしくないのかも。
たまにレヴィンも訪ねて来て、「調子はどう?」とか「夕食を食べに行かないか?」と誘ってくれる。
僕は姉と兄が出来たみたいで少し嬉しかった。
しかしこの街で有名なA級冒険者の資格を持つ2人が訪ねて来たり、社長が直接雇ったと言う噂が広がっており他の従業員から変な意味で一目を置かれていた。
まぁ、あまり気にしない方が良いな。
「おっ!弁当が来たな!食おうぜっ!」
ちなみにスピカも元気だ。
ちょいちょい行方不明になるが、気が付いたらいつも僕の部屋に帰って来て丸くなっている。
基本働かないでただ飯を食べているのだが、スピカは物知りで色々な事を教えてくれる。
例えば授業で習って無いような、この国の歴史とか文化をさり気無く教えてくれたりする。
意外と便利なヤツだ。
「いよいよ明日!タロス国!楽しみだな!!」
「そうだね。研修とは言え、海外渡航は楽しみだ。」
僕は明日から約10日間、このタクティカ国から南東に位置する火山島のタロス国へ研修の為行く事になっていた。
セロ商会は支店や系列会社を沢山持っており、その内の一つらしい。
仕事なんだけどスピカも絶対付いて行くと聞かないので、小型リュックに詰め込んで行く事になりそうだ。
どちらにせよ、とても楽しみだ。
・
・
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◇◇◆◇◇◇
「よく来たなレヴィン。」
「はっ!お呼びでしょうか陛下。」
僕は国王陛下の呼び出しに応じ、玉座に座る王の前に膝ま付く。
極少数の近衛兵と宰相が周囲に控えている、この呼び出しは最重要案件なのだと察する。
不意に国王が口を開く。
「その後、
国王の言う「
初めて聞いた時は驚いた。
破壊神とは、この世界の創造と破壊を行う事の出来る唯一神だ。
その神の寵愛を受けた人間が、この国に島流しになったと言う書状が国王陛下の元に届いた。
年齢が近く信頼がおける家臣と言う事で、僕は陛下の勅命でその少年に接触し監視を行っている。
「はっ!今の所、特に問題となるような事はありません。友好関係は順調に築いておりますが、自身の加護の事を話してくれる程には至っておりません。」
「うむ、そうか。本日そなたを呼んだのは他でも無い。少年の監視も兼ねてタロス国へと出向して欲しいのじゃ。」
彼は明日からセロ商会の研修でタロス国へと行く事になっている。
この研修は僕がセロ社長に頼んで計画した物だ。
当然、その事は国王陛下や宰相も知らない。
「はっ!御意のままに!国防は副団長に引き継ぎタロス国へと向かいます!」
「国王陛下、宜しいでしょうか?副団長で思い出したのですが魔法師団副団長の件ですが・・・。」
国王の横に控えていた宰相が思い出したように話をする。
魔法師団副団長ネイ。
以前、彼女は聖域の警護任務で島の北端の集落に出向していた。
彼女はかの少年と出会い、その後突如として現れたモンスターの襲撃にあい、集落の人間はほぼ全滅。
そして、2ヶ月前に少年と共に王都に帰還した。
しかし、彼女は国王陛下に少年の詳しい情報を報告しなかった。
彼女が何を考えているのかは分からないが、彼女も同時に監視対象となっている。
「ネイ副団長も休暇届けを出し、タロス島へと付いて行くようです。」
想定内だが彼女も付いてくるのか。
余程ラルクが心配なのか?
・・・まぁ、特に問題は無いだろう。
「ふむ、ではそちらも頼む。」
「分かりました。彼女も共に監視を致します。」
僕は国王陛下と宰相に再度敬礼をし退出する。
・・・計画通りに事が進んで胸を撫でおろす。
騎士団長と言う地位の僕が出向出来るかどうかは五分五分だった。
事前にネイ副団長に研修の事を伝え、その事が宰相に伝わる用に根回しをした。
僕はラルクの事が知りたい。
最高神の寵愛を受けた彼の事が、彼がどんな人物なのか?
そして彼はこの世界に何をもたらすのか?
◆◇◇◇◇◇
晴れた空、広い海。
海鳥の声が響き、凍てつく潮風が頬を撫でる。
結界外の為、かなり肌寒いが天気が良いのでマシな方だと思う。
船には良い思い出が無い。
でも今回は拘束されて冷たい床で過ごす航海では無い。
自由の許された小旅行に近い船旅だ。
予定では船で2日間の航海、この2日間は休暇扱いだ。
タロス国到着後5日間の研修業務、1日の自由行動。
そして再度2日間掛けてタクティカ国に帰還する。
最後の2日間は研修レポート作成が義務付けられている。
研修7日間(レポートを含む)、休暇3日間の合計10日間の旅だ。
「所で・・・なぜ2人が居るんですか?」
「社長たっての依頼で護衛です。」
国を守る騎士団長自ら護衛って凄く違和感があるんだけど・・・良いのだろうか。
「・・・保護者枠。」
・・・僕の保護者という事なのかな。
色々な意味で同僚の皆には聞いて欲しくないポジション名だな。
セロ社長が護衛を依頼したと言ってたけど騎士団長のレヴィンが直々に来るとは思わなかった。
そしてネイだ、彼女は船が出向してからひょっこりと姿を現した。
そもそも一応、成人の儀を終わらせているから保護者と言う年齢でも無いんだけどな。
そしてこの2人が居る事で、同僚達が距離を取って近付こうとしない。
まぁ船内での仕事は無く、休暇扱いだから支障は無いんだけど・・・何だか釈然としない。
女性好きの男達が勇猛果敢にネイに話しかけるが無口無表情塩対応に間が持たず、撃沈率100パーセントを維持していた。
逆にレヴィンは社交的で男女問わず自分から話しかけて行くスタイル。
しかし彼は高位の貴族で、しかも騎士隊長と言う地位が仇となり逆に遠慮されるという感じになっていて、結局僕と一緒に過ごす時間が長くなっている感じだ。
そんなこんなで・・・こうして3人で固まっている訳だ。
ちなみにもう1匹はというと、僕の船室で船酔いと戦闘中だ。
なんでも「・・・俺様は繊細なんだよ。」と強がっていた。
研修で乗り込んだ従業員は僕を含めて9名。
そして保護者のネイと護衛役にレヴィンと4名の騎士、後は船長・副船長と航海士に船員20名、船医2名、コックが4名だ。
中型の貨物船舶の為、総勢100名以上は乗れる大きさで余裕がある。
僕はデッキでタロス国の事が書かれた本を広げていた。
タロス大陸は600年程前に火山の噴火で出来た島で、200年前に建国された歴史の浅い国だ。
現在、島民の大多数を
産業は主に
今回の研修目的は、会社に流用可能な魔法技術の習得である。
自分では自覚が無いけど、ネイが言うには僕は
もしかしたら破壊神の加護が関係してるかも知れないと話していた。
しかし、
そうだ、今回の研修で色々と学んで会社の役に立てるように頑張ろうと心に誓った。
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