ルーン技師見習い編
第7話 タクティカ国の王都到着
切り立った岩場を迂回し、僕達は山越えを行っていた。
黒猫のスピカは軽快な足取りで鼻歌を歌いながら、さっさと登って行く。
身軽な黒猫は羨ましいな。
僕は巨大なリュックに5日分程度の食料を詰め込み必死に岩場を登る。
雪の積もった岩場は氷に足を取られるとそのまま急下降する。
その為、足場を確認しながら慎重に進まなければならない。
「ハァハァ……」
気温は低いのに無駄に体温が上昇し、額を汗が流れる。
しかし、戦闘能力の無い僕に出来るのはこれ位しか無いので多少きつくても弱音を吐かない。
「お~い! ラルク。大丈夫か? 頑張れ、男の子!」
最上部の岩場からスピカがやたら明るく叫ぶ。
くそう!こっちはリュックに大量の食材を背負ってるんだ。
そんなに早く登れるかよ!
「ラルク、大丈夫か? ……荷物持とうか?」
少し上の足場からネイが手を差し伸べてくれる。
僕は彼女を手を取り、少し高い段差を一気に登る。
「ありがとう、でも大丈夫だから。荷物持ちくらい任せてよ!」
僕はリュックの持ち手を握り背負い直す。
今の僕に出来ると言ったら荷物持ちくらいしか無いが、自分の非力さに情けない感情で一杯だ。
でもだからこそ、この仕事だけは最後までやり切ると決めた。
モンスターと遭遇した時の戦闘要員はネイだ。
だから常に動き易い状態で居て貰った方が良いとスピカが話す。
何度か小型のモンスターに襲われたがネイが難無く撃退してくれた。
彼女の左手には先端に黄色い魔法石が嵌め込まれた長杖が握られている。
あれは村長が身に着けていた形見の杖だ。
休憩の時に杖を見つめていた横顔は寂しげだった。
「な~に彼女を見てんだよ。発情期か?」
「なっ! んなわけあるか!!」
彼女の顔を見ていると、突然スピカに
不意を突かれた僕は、何故か思わず赤面してしまう。
ネイには……聞かれて無いな、良かった。
そりゃ年上で頼り甲斐の有る綺麗な女性だけど、恋とか愛とかそう言った感情は……
スピカが変な事を言うから無駄に意識してしまった。
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2日、3日、4日……
雪の降りしきる山脈と森を幾つも超える。
食材を詰め込み重かった荷物も、材料を消費していく度に余裕で持てるくらいの重さになった。
雪の積もる山道を重い荷物を背負って登っていたお陰で、足腰が少し鍛えられたような気がする。
道中食事の用意と戦闘はネイが担当し、僕は荷物持ち。
スピカは夜間、焚き木の番と周囲の警戒をしてくれていた。
その為、昼間は容量に余裕の出来たリュックの中で丸くなって寝ているのだ。
僕は不愛想だったネイとも少しは会話のキャッチボールが出来る程度には仲良くなった。
この数日で気付いたのは、彼女は極端な人見知りだと言う事だ。
最近では共感出来る事が有ると、軽く微笑んでくれるようになった。
その笑顔にたまにドキリとさせられる。
切り立った崖の上に着いた時にネイが正面を指さした。
地図で見た時、南極大陸は小さな島国だと思っていた。
しかし目の前に広がる大地を高い場所から見下ろすと、思っていた印象よりもずっと広大だった。
粉雪混じりの冷たい山岳風が頬を掠める、その先には大きな街が見えた。
「ラルク、あれが王都だ」
白い雪に覆われた森の中に浮き上がった、緑に囲まれた美しい風景。
ようやく到着したんだ、あれがタクティカ国の王都……。
巨大な壁の内側は結界のお陰か緑に覆われた大地と発展した街、ここからでも見える大きな城が建っていた。
僕は思わず故郷のアルテナの街を思い出す。
「もう少しだ、行こう」
その後、僕達は長かった道程に想いを馳せ王都まで山道を歩いた。
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-タクティカ国 王都-
高さ7~8メートルは有る強固な防壁に囲まれた街の入口では入国審査の行列が出来ており、僕達も最後尾に並ぶ。
大抵の国は入国の時に個人カードか出国証明を提示しなければならない。
個人カードを持たない未成年は出国証明、成人以降は個人カードかギルドカードが必須となる。
僕は個人カードを発行されないまま国外追放されたので自己証明をする事が出来無い。
う~ん、困ったな……
その事をネイに話すと「……問題無い」とあっさり返される。
何か裏技が有るのだろうか?
やがて自分達の入国審査の番が回って来た。
最初にネイがカードを提示し、被っていたフードを下ろすと門番をしていた衛兵が「あっ!」っと驚いた表情をしたのが見えた。
「ネイ様、生きておられたのですね!」
門の脇に併設されている衛兵の詰所から多数の衛兵が集まって来た。
彼等は親し気に彼女に話しかけ、ネイは少し困ったような表情で対応していた。
どうやら入口の衛兵は皆ネイの事を知っているようだ。
「ところでネイ様、こちらの少年は?」
1人の衛兵がネイに僕の事を訪ねた。
「この少年は私の連れです。船の事故でこの島に流れ着き身分を証明する物が有りません。ですが、私が保証しますので仮の入国許可証明を造って貰えないでしょうか」
ネイが今までに聞いた事の無い長さの台詞を喋った事に驚いたのは僕だけじゃ無かった。
入国審査を受け持つ衛兵達も皆一様に驚いているようだった。
彼女のお陰で入国証明(仮)の発行が許され、僕はネイと共にタクティカ国の王都へと足を踏み入れた。
衛兵達の態度や入国証明が簡単に発行された事から、ネイはこの都市で非常に地位が高い事が伺えた。
金属で出来たカードには僕の名前と性別と年齢が刻まれ、保護者の所にネイの名前が記されていた。
彼女のカードの裏面には冒険者ランク:A、
これは冒険者のランクを証明する物かな。
確か冒険者ランクは6段階で最上位がSS、その下がS、そしてAと続く。
A級は上位3番目で最低がDランクとなる。
彼女は序列3位のソーサラーと言う訳だ。
A級ともなれば世に言う英雄に近い能力を持っている証明になる。
彼女は国が認める中位~上位の冒険者と言う事だ。
僕は改めて彼女が凄い人なんだと思った。
関所を抜けて防壁の内側に入ると気候が一気に温暖な物に変化する。
集落と同じような、気候を温暖にする結界が張ってあるようだ。
「みゅにゃぁ、着いたにょか?」
寝惚けた声のスピカが僕の背負っているリュックからピョコッと顔出す。
だらしなく僕の肩にしな垂れ掛かり「あ”~~~~」と大あくびをする。
寝惚けて肩から落ちるんじゃないかと不安になるが、スピカは器用にしがみ付き一定の位置に留まって揺られていた。
僕達はネイの案内で街の大通りを歩く。
この街の人々は金髪の
その為、黒猫を抱えている黒髪の僕は珍しいモノを見たと言うような視線を浴びせられる。
視線恐怖症とでも言うのだろうか、故郷での一件からどうも他者の関心の視線が不快な眼差しへと変換されて僕に刺さる。
集落に比べて人通りが多く、その分視線を感じる感覚も高まっていると思う。
大通りの片隅に有る小さめの宿屋に入り、ネイが部屋を借りる手続きを済ませる。
2階に上がり部屋に入ると、2台のベッドとテーブルの有る小さな部屋だった。
えーと、同室なんだ。
僕はお金を持っていない為、意見を言う筋合いは無いが20歳くらいの女性と15歳の男が同室の宿を取るのは世間的に微妙な感じがするんだけど……。
よくよく考えたらここまでの道中も2人で寄り添って寝ていた事を思い出す。
多分、気にしているのは僕だけなんだろうと妙な邪念を振り払う。
「私はお城に出向くのでラルク達はゆっくり休んでて」
「う、うん分かった。」
そう言い残すと、彼女は荷物をベッドに置き部屋を出て行った。
僕は窓際に移動し、大通りを進む彼女の後姿を見送った。
「なぁ! 街を見て回らないか?」
窓際に飛び乗りスピカが興味深々な眼差しを僕に向ける。
人生で初めて約5日間の歩き旅をした疲れよりも街の人々の視線の痛みの方が苦痛で、スピカの提案にあまり乗り気になれない。
しかし、スピカにそんな理由は通用しない。
「なぁ~なぁ~行こうぜ! ラ~ル~ク~!」
スピカは僕の肩に飛び移り、左頬を両手の肉球でフミフミと押してくる。
正直気乗りはしないが、余りにもしつこくせがんで来るので僕は重い腰を上げた。
「……分かったよ」
いつまでもこの宿で暮らす訳にもいかないし、この街で暮らすなら仕事を見つけないといけない。
個人カードが無い状態で出来る定職が有るかは分からないが、日雇いとかの仕事なら発見出来るかも知れない。
僕は諦めて街を歩く準備を済ませる。
取り敢えず髪はフードで隠すしか無いか。
フード付きのマントを深々と被った僕はスピカと共に街の大通りに繰り出す。
道の端には露店や屋台が立ち並び、物珍しい商品や美味しそうな食べ物が売られていた。
しかし無一文の僕らはただただ眺めるしか無かった。
「うまそうだな。人の造る食い物は見た目も良いよな。おい、見ろよ! あの滴る肉汁!」
「スピカ、食べ物は見るのを止めよう。虚しくなる」
故郷と同程度の広さの大通りは、街の人々でそこそこ賑わっていた。
氷に閉ざされている大陸とは思えない程、結界により気候が安定していて街を歩く人々の中には薄着で歩く人も多く見受けられた。
凄いな結界って……だれか専属の
大通りの露天街を抜けると右手に冒険者ギルドが見えて来た。
故郷にも有った沢山の冒険者が集う施設だ。
主に冒険者向けの仕事の紹介や依頼、情報交換の場所として重宝されている。
公共施設では有るけれど、軍事には関与しないと言う決まりが有ると授業で学んだ。
僕が生まれる前は国家間戦争の依頼等も有ったらしいけど、今は不文律と言うか暗黙の了解的なモノが一般的に広まっていると聞いた。
冒険者ギルドはどの国でも大抵酒場と併設されており、それぞれランクに見合った冒険者同士でパーティーを組み易い工夫がされている。
少し興味を持って建物を見つめていた事に気付いたのか、スピカが「入ってみようぜ!」と言う。
興味本位も有り、僕は冒険者ギルドに入ってみる事にした。
施設の中は凄く広い造りになっており、沢山の冒険者で賑わっていた。
巨大な掲示板には沢山のモンスター討伐依頼や物品の収集、護衛依頼等が張り出されていた。
受付カウンターには4人の受付嬢が冒険者達の依頼受付をしており、酒場ではパーティーで食事をしている冒険者で溢れていた。
これが冒険者ギルドか、初めて足を踏み入れたけど凄く活気が有って明るい印象を受けた。
自分の中のイメージでは、荒くれ者達が暴れ殴り合いをしている印象だった。
「1000万ゴールドの討伐依頼とか有るんだ。凄いな」
S級冒険者専用の超高額の依頼書を見つけて驚く。
「俺様が冒険者だったらこんな依頼楽勝だぜ。あっと言う間に億万長者だな」
僕の肩の上でスピカが鼻をフフンと鳴らしながら自慢げに話す。
随分と自信過剰な猫だなと思っていたら、不意に後ろから声を掛けられる。
「おいおいボウズ! お前冒険者を舐めてんのか!?」
突然ガタイの良い男2人組が僕に対して絡んで来た。
戦士職の冒険者だろうか?
短髪に筋骨隆々で鎧を着た男達だ。
1人の男が僕の胸倉を掴み引き上げられる。
え!?
今のは僕じゃないんだけど。
この黒猫の独り言なんですけど!?
「え、いや。違います!」
咄嗟に返す言葉が思い浮かばず焦ってしまう。
持ち上げられた時に被っていたフードがズレ黒髪が露わになる。
「見ねぇ顔だな。余所者か? ここはガキの来る所じゃねぇ!」
僕は部屋の隅の壁に勢い良く叩きつけられる。
スピカはピョンっと颯爽と飛び跳ね人混みの中に紛れた。
……あいつ、逃げやがった!
「お前みたいに大口叩くいきがったガキには教育が必要だな」
もう1人の男が指をボキボキと鳴らしながら威圧するように、にじり寄って来る。
騒ぎを聞き付けた周囲の冒険者達が男達と僕を取り囲むように集まって来る。
騒めきと人々の視線が一斉に集まり、突発的に恐怖心が湧き上がる。
これは大勢の前でボコボコにされる感じなのか?
口答えや言い訳をしたくても恐くて声が出ない。
ああ、あの日を境に僕の人生は変わってしまった。
破壊神の加護……これは不幸を与える印なのか?
そういえば、あの成人の儀以来死ぬような思いばかり……。
「このガキ、ビビってるぜ!」
「ギャハハハハ!」
僕は再び胸倉を掴まれて、軽々と持ち上げられる。
駄目だ、僕は殴られる事を覚悟して目を瞑り思う。
もしかしたら世界一不幸な人間なんじゃ無いだろうか……と。
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