第2話 喋る黒猫
自分でも何が起きたのか理解出来ない。
成人の儀で犯罪者のような扱いを受けるとは夢にも思わなかった。
大聖堂から手枷をされた状態で街中を連行される。
周囲の住人の視線が鋭く自分に突き刺さる。
それはまるで細い針で全身を何度も突き刺される気分だ。
好奇心に満ちた視線、軽蔑を向ける視線……
数日前に教室で受けた視線とは明らかに分類が異なるモノだ。
それは心にダイレクトに恐怖やトラウマを植え付ける黒い黒いドス黒い視線。
やめてくれ!!見ないでくれ!!
叫ぶ心とは裏腹に僕は口を噤んで俯き。
ただただ、引きずられるように街を歩くしかなかった。
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-アルテナの街 牢獄-
聖騎士3名に連れられて街の西側に建てられた石造りの牢獄に到着する。
主に暴行や窃盗、詐欺等の罪状が付いた一般的な罪人が収監される場所だ。
廊下の両脇に鉄の扉が幾つもの有り、その1つ1つに罪人が収監されているようで格子で仕切られた小窓から僕の様子を伺っているのが見えた。
僕は何も悪い事をしていない。
……新入りを見るような目でコッチを見るな。
聖騎士に連れられるままに一般牢獄のフロアを抜けて更に地下へと降りて行く。
僕が通された部屋は天井から鎖の錠が吊るされているだけの殺風景な場所だった。
聖騎士達は淡々と作業をこなすように無言で錠を付け替える。
僕は天井に吊るされる形で両腕を上げた状態で固定され、更に両足にも巨大な鉄球の付いた枷を付けられ目隠しをされる。
「な、何を……」
視界を完全に奪われた事で急に不安な感情が最高潮に跳ね上がる。
もはや普通の罪人の扱いですら無い。
両手脚の枷に目隠しなんて聞いた事が無い。
これは普通じゃない。
この後僕はどうなるんだ!?
生まれて初めて得体の知れない恐怖という感情が僕の中で溢れていた。
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1時間位だろうか、僕は身動きの取れないままじっと耐える。
立った状態で両腕を固定されているので、座る事すら出来ない。
吊るされた腕の枷がすれて痛い。
重力に身を任せて力を抜くと、全体重が腕と枷に掛かり手首の皮が剥ける。
それを回避する為に、ほんの少しだけ"つま先立ち"をした状態が腕に負担がかからない態勢なのだ。
その為、常につま先立ちの状態を強いられ、それを苦痛に感じていた。
ガチャリ
不意に正面の扉が開く音がした。
何者かが部屋へ入って来た気配がする。
ガシャ、ガシャ。
コツリ……コツリ……
石畳を歩く革靴のような足音と、鎧が軋むような金属音が聞こえた。
恐怖と緊張から思わず喉の渇きを覚え、それを癒す為に唾液を飲み込む。
「あ、あの! 一体なんなのですか? 暴れないので枷を外して頂けませんか?」
僕は目隠しをされ、閉じられた視界の先にいる何者かに勇気を持って話し掛けた。
「…………」
「…………」
言葉は虚しく空を舞い返答は返って来る事はなかった。
その時、聞き慣れない声が牢獄内に響いた。
「ほう、まだ少年ですね。
初老の男性の声が聞こえる。
聞いた事の無い声……いや、どうだろう?
決して特徴が有る声じゃ無いので見知った人物と言われれば、そうかも知れないと思う。
その人物は聖騎士に小声で何かを指示したと思った瞬間にヒュンと言う乾いた音と共に脇腹に痛みが走る。
「うあぁ!?」
細い線のような熱を感じ、遅れてズキズキと肌に激痛が浮かんでくる。
目隠しされて確認出来無いが、何となく感覚で理解する。
僕は今、無抵抗のまま
「な、何をするんです?!」
暗闇と驚きと痛みの中で思わず叫ぶ。
今度はすぐに返答が返って来た。
「黙れ、化物! こちらが質問するまで喋る事は許さん!」
若い男の声がする。
先程僕を連行して来た聖騎士の1人だろう。
化物?何故?
「
初老の男性の声が聞こえる。
パシャリ!
不意に顔面に無臭の液体を掛けられる。
……冷たい。
水をかけられたのか?
頭部から体を伝って流れ落ち、先程受けた傷口に刺激を与える。
痛い……。
「聖水は効果無し。鞭の傷も自然回復しないようですね。では、次は……」
・
・
・
――――長い長い悪夢の時間だった。
僕は約3時間の間、初老の男性と聖騎士2人に様々な拷問を受けた。
殴る蹴るは生温く感じる程の
最終的に3本の剣で心臓を貫かれて、そこで僕の意識は途切れた。
◇◆◇◇◇◇
「遅いね、お兄ちゃん」
「そうね、ビクトリアと寄り道でもしてるのかしら?」
日も完全に暮れて、いつもなら家族で夕飯を囲んで居る時間となっているのにお兄ちゃんはまだ帰って来てなかった。
事件に巻き込まれたんじゃないかと、少しだけ不安な気持ちになる。
優しいお兄ちゃんは時々面倒事に巻き込まれ怪我を負う事があった。
去年もビクトリアお姉ちゃんにしつこく付きまとっていた上級生と喧嘩になり傷だらけになっていた。
最終的にビクトリアお姉ちゃんが相手を倒すと言う本末転倒な事になっていた。
良い意味では正義感が強く、悪い意味では他人に対してお節介な所が有る。
でも私は、そんなお兄ちゃんが大好きだった。
多分、ビクトリアお姉ちゃんも……。
お兄ちゃんは誰よりも優しくて自分を犠牲にしてでも他人を助けに行く事の出来る人だ。
私にとって英雄や勇者はお兄ちゃんのような人物だと思っている。
でも、だからこそ何か悪い事に巻き込まれたんじゃないかと不安になる。
……ドンドンドン!
「何だ? こんな時間に」
家の勝手口の方が大きい音で叩かれお父さんが確認しに向かった。
この時間、雑貨屋は閉店しているので裏口に訪ねて来たんだと思う。
しかし、こんな遅い時間に誰かが訪ねて来るのは珍しい。
「おう、ビクトリアじゃねぇか! ………何ぃ!?」
「…………」
勝手口の方からお父さんの驚いた声が聞こえた。
お母さんと私も勝手口に向かうと顔面蒼白のビクトリアお姉ちゃんが息を切らせて佇んでいた。
「ビクトリアお姉ちゃん、何かあったの?」
えも言われぬ不安が私の心の中に広がる。
息を切らせたビクトリアお姉ちゃんは普段見る事の無いような取り乱した表情で叫んだ。
「……ラルクが! ラルクが捕まった!!」
お兄ちゃんが捕まった!?
捕まるってどういう意味?悪い人に連れていかれたって事?
それともお兄ちゃんが悪い事をして……そんなこと絶対に無い!
「どう言う事なの!? ビクトリア詳しく教えて頂戴!」
私が問いかける前に、お母さんがビクトリアお姉ちゃんの肩を掴み声を張り上げる。
荒く乱れた息を整え、お姉ちゃんは今しがた起きた事を話し始めた。
お姉ちゃんの話ではお兄ちゃんが大聖堂で何らかのトラブルに巻き込まれ、聖騎士に連行されたと言う話だった。
しかし、幼い私には詳しい話の内容や言葉の意味が良く分からなかった。
お兄ちゃんが悪い事をした訳でも無いのに捕まって、牢に入れられたと言う事しか理解出来なかった。
「ワシが迎えに行って来る」
「私も行きます!」
話を聞いたお父さんはビクトリアお姉ちゃんと共にお兄ちゃんが収監されたと言う西の牢獄へと向かって行った。
お母さんは目に涙を薄っすら浮かべ不安な表情で2人を見送った。
それを見た私も何だか悲しい気分になり目から涙が溢れた。
「お母さん……」
「大丈夫、きっとお父さんが連れて戻って来るわ」
そう言って母は私を優しく抱きしめる。
母の優しい言葉に不安な心が少しだけ軽くなる。
しかしその日の夜、お兄ちゃんとお父さんが家に帰ってくる事は無かった。
◆◇◇◇◇◇
――地面が揺れる、そして肌に纏わり付く磯の匂い。
気が付くと多くの荷物に囲まれた場所に寝そべっていた。
両手は後ろで枷に固定されて動かす事が出来ない。
ここは……どこだ?
拷問を受けた部屋じゃない。
倉庫のような場所だ。
気のせいかと思ったが地面が確かに揺れはている。
海の上?なのか……?
……そこは潮風の匂いの染み付いた古びた船の倉庫だった。
意識を失う前の記憶が少しだけ蘇る。
「国外追放で本当に宜しいのですか? 教皇様」
「仕方あるまい。何をしても殺す事が出来ぬのだ」
教皇……?
この国の聖職者の最高位の人物。
……名前は確かネディロ教皇。
式典か何かで何度か見かけた事のある、とても穏やかで優しそうな笑顔をした人物だ。
同一人物なのだろうか?あれだけの
自分の中に存在する笑顔の教皇と、酷い仕打ちをした人物とのギャップが埋まらずに混乱する。
そして、確認しようにも目隠しをされているので姿を見る事は出来ない。
ズキリッ!
一瞬心臓に針を刺されたような痛みを覚え血の味のする歯を食いしばる。
「……これで良いだろう。仮にこの者がこの国に戻ってこようと無力化出来る。後の処理はお任せいたします」
教皇と呼ばれていた人物が退出した後、3人の聖騎士に更なる拷問を受け最終的に心臓を剣で貫かれた……と、思う。
訳が分からなかった。
今まで平和に暮らし育って来た街の暗部と言うか、ドス黒い何かを垣間見た気がする。
恐怖と苦痛をこれでもかと言う程、心と体に刻まれ文字通り動く事すらままならない。
破壊神の加護とはそんなにまでも罪深い物なのだろうか?
国外追放。
僕は船に揺られて何処に運ばれているのだろうか。
薄汚れた床を見つめながら無力な自分の悔しさと、無抵抗なまま他者から受けた不条理な暴力に涙が溢れた。
国民の義務として受けた成人の儀で生まれつき持っていた運命のようなモノで、殺されるような拷問を受けるなんてあまりにも理不尽じゃないか?
僕が……悪いのか?
生まれた事が問題なのか?
誰も答えを教えてくれる事は無い、そんな自問自答を繰り返す。
それは感覚的に体の痛みを減らし、心の痛みを増大させる。
「……おっ! 目が覚めたようだな」
不意に薄暗い倉庫内に声が響く。
人の気配は無い。
しかし何者かがこの部屋に居るのは確かだ。
女性?
声変わり前の男の子?
少しだけ幼く感じる声だ。
「……密航者?」
喋った瞬間、口の中に鉄分の味が広がった。
僕は殴られて腫れた瞼をゆっくり開き、声の主を探す。
「……まぁ、間違って無いな」
――ストッ!
僕の目の前に黒い物体が降り立った。
それは見た目はごく普通の毛並みの良い黒猫だった。
「回復魔法を掛けたから外的裂傷は治ったはずだぞ」
クリクリとした黄金色の目が薄闇に浮かびはっきりと見える。
心なしかドヤ顔をしているように見えるのは気のせいだろう。
「あ、ありがとうございます。ええっ!……猫が喋った!?」
喋った事もそうだが回復魔法を使ったというのも驚きだ。
目の前の人間の言葉を喋る黒猫がフフンと鼻を鳴らし僕を見下ろしていた。
この猫特有のツンツンとした目付きと態度はとても愛らしい。
「俺様の名前はスピカ! よろしくな人間!」
これが人語を喋る黒猫スピカと僕の最初の出会いだった。
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