fruit
あの夢を毎晩見るようになった。
時に手を差し伸べるのが〝幻〟だったりした。
必ず二人は私の目の前に現れていた。
そんな時、会社で憧れていた先輩が退社すると言う噂を聞いた。
どうやら実家の農園を引継ぐと言う話だった。
周りの女子達はザワザワしてショックを隠せない様子だったが、私は悲しいとか淋しいとかは思わず冷静に仕事をしていた。あんなに好きでたまらなかったのに自分でも不思議なくらいだった。
「ちょっと、聞きたい事があるんだけど…
今日、予定あるかな?」
昼休み中庭にいると先輩がさり気なくやって来た。
私は先輩と会社の近くの喫茶店で待合せる事になり、何か変な感じで少し困っていた。
喫茶店で待っていた先輩は言葉を探しながら話は始めた。
「君を…こんな所に呼びだすなんて出来たギリじゃないのは分かっているけど…実は僕は今月で退社するんだ。」
「噂、聞いています。」
冷静に答える私を見て、先輩は少し動揺しながらコーヒーを飲んだ。
「そうか、噂は早いな…
で、君に聞きたい事があるんだけど…」
先輩はとても言いにくそうな感じで言葉を詰まらせながら考えていた。
「私に何を聞きたいんですか?」
私が言うと
「君は、何人も彼氏がいるって聞いたんだ…
それで…」
私は先輩が何を言い出すのかと呆れてしまった。憧れて好きになった人が、そんなクダラナイ噂に惑わされ信じて、そんな目で私を見ていたんだと思うと遣る瀬ない気持ちになっていた。
「誰がそう言ったか知らないですけど、あの時は先輩しか想ってませんでしたし、誰ともお付き合いはありませんでした。
そして今はただ先輩の幸せを願っています。
お元気で頑張って下さい。」
私は頭を下げて喫茶店を後にした。
〝先輩はそんな事が聞きたかったのか?〟
私の中で綺麗な先輩の記憶が粉々に崩れ去って行った。
気がつくと〝幻〟のお店の前に来ていた。
中に入ると、カウンターには既にカクテルが用意されて、〝幻〟がこちらを優しく見ていた。
置かれたカクテルは薄い茶色をして、上から見るとグルグルと螺旋をかいてるみたいだった。
一口飲むと、苦い様な甘い様な不思議な味がした。
「人は…
嘘もつくし、周りに流されてしまうモノだね。
常に自分を守るのに必死になっている。」
〝幻〟は私の心を見抜いているかの様に言った。
「君は、そんなモノにはならないで、そのままいれば良いんだよ。
そうすれば全てが繋がるから…」
〝幻〟の言ってる事は良く分からなかったけど、カクテルを飲む度、私の気持ちは落ち着いていった。
お店を出ると、前に会った、緑の髪の青年が立っていた。
「この店に来ない方が良いよ。
いつか弱い君は、彼に呑まれてしまうからね。」
青年は意味不明の言葉を残し、笑いながら去って行った。
毎夜、夢で見ているせいか、青年が手を差し伸べてくるんじゃないかと少し期待してしまって私は自分が恥ずかしくなった。
ぼやけた気持ちで帰宅した私は、ベッドの横に置いたビンの中の実を1つ取り出して口にした。
その実は甘くも無く苦くも無く、すぐに溶けてなくなってしまった。
その夜の夢には紫の髪の〝幻〟だけが優しく微笑んで現れて、一緒に草原で雲を眺めながら過ごすほのぼのとした夢を見た。
私は何故かかポツンと心に穴が空いた気分を感じていた。
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