第5話 パクったバックル

 高校デビューに懸けていた。小・中とクラスでの立ち位置は酷い物だったので、なんとかして高校生活は華やかなものにしたかった。

 そのためには、小・中学校の同級生がいない学校である必要があった。自分はわざわざ、奈良の家から2時間弱かかる神戸の私立高校へ行くことにした。


 私立高校と言ってもFランで、品の良いところではなかった。そうなると不良も多いと思い、初見でナメられないよう、入学前の春休みに身体を鍛えた。

 加えて、『ガキ帝国』『ビー・バップ・ハイスクール』などの不良映画でヤンキーの所作を身につけ、身も心も不良になりきった。

 そのような苦労もあって、入学式はやたらと緊張した。

 実際にクラス分けされると、とりわけ不良が多いというわけもなく、オタクの生徒も仲良くグループを作っており、中学の頃と何も変わった雰囲気はなかった。

 となると、虐められないかという不安より、友達が出来るかという別の不安が出てきた。少々役作りが過剰だったこともあり、早くも周囲から避けられている気がしたのだ。


 そうした不安の中、最初に話しかけてきたのが金村啓治だった。金村は、背が低く痩せ型で、長目の襟足に金のメッシュをいれており、入学初日に早速、担任に注意を受けていた。

 職員室から戻った金村が独り言のように、

「うぜぇ先公」

 と吐き捨てた。その日、金村は先生のことを先公と呼んでいたのだが、先輩の不良すらも、先公などとという絵に描いたような不良言葉は使っていなかった。そのことに気付いたのか、金村は翌日には「先生」呼びに戻していた。

 同類だと思った。金村も自分の地元と近い場所に住んでおり、わざわざ遠いところから登校していた。自分と同じように中学時代イジメられて、逃げ出すために遠方の高校を選んだのだろうか。

 自分たちは他にあと3人、同じようにイキりたい奴らと連むようになった。


 ある下校時、神戸・元町の高架下のショップで、学ランの改造パンツを物色していると、遠くでこちらを指差す不良学生たちを見つけた。

 胸騒ぎがした。自分は金村に、

「あいつら友達?」

 と近付いてくる彼らを顎で示し、金村に耳打ちした。

 金村はすぐに自分を盾に身を潜め、

「知らへん」

 と言った。明らかに動揺していた。

 まずいことになったと思った。そいつらは多分、中学時代に金村をイジメていた奴らだろう。自分だったら絶対に遭遇したくないシチュエーションだった。

 幸いにも他の奴らには悟られていなかったが、そいつらが自分たちの前で金村をイジり出したら目も当てられない。想像するだけで動悸が収まらなかった。

 すると、金村はトイレに行くと言い、こちらの返事も聞かずに立ち去った。自分は不良学生の方を見た。金村を追っていったのだろうか、いなくなっていた。

 金村は1時間経っても戻ってこなかった。その間、突如として姿を消した金村を、自分以外の友人らは不審に思い捜し回った。いよいよ家に連絡しようかと悩んでいると、金村は平然と姿を現した。

「どうしてん。捜してんけど」

 詰め寄る自分たちに金村は、

「いや、トイレやって」

 と、言い張った。金村がイジメっ子から逃げていたと分かっている自分は、これ以上深掘りして欲しくなかったが、友人たちは、「トイレにしては長過ぎやろ」「どこのトイレまで行っててん」等、長い時間待たされた分、納得できる説明を求めた。

 金村は、「もうええやろ」「なんでもないねん」と濁したが、それでもしつこい周囲に、

「じゃあ言うけど、店員から逃げててん」

 と訳の分からないことを言い、自分の胸に何かを押し当てた。

 それはベルトのバックルだった。

「トイレの帰りになイケてるバックルあったから盗ろうとしたらバレてん逃げてたわ絶対周りに言うなよ警察沙汰で大変やってん」

 と、金村は何故か大声で、加えて早口で捲し立てた。

 考えついたはいいものの、ずっと言うか悩んでいた言い訳だったのだろう。この言い訳をかつてのイジメっ子から逃げながら考えていたかと思うと、自分は何も言えなかった。

 金村は皆の分パクってきたというバックルをそれぞれに配った。この言い訳を成立させるために身銭を切ったのだ。

 金村が言った格好良いバックルというのは、中央で剣が交わるようなデザインで、決してセンスが良いとはいえないものだった。

 皆も金村の勢いに圧倒され受け取ったものの、結局、誰も身につける者はいなかった。だが、自分だけは不憫に思い、翌日、学生ズボンに着けて行くことにした。


 金村は、その後、元町には近付かなかったし、自分も遊び場にそこを提案しなかった。

 金村や自分のような奴は、やたらとスクールカーストを気にすると思う。

 2学期には、自分は無口な面白くない奴、金村はお喋りな面白くない奴として、次第にクラスのイジられ役になっていて、お互い不満だった。

 金村は自分に対し、皆の前でギャグをするよう命じたり、自分は自分で金村のオチのない話に「お前、おもんないねん」と面白い奴しか許されない突っ込みをしたりと、自分こそ上にいこうとして、そこから脱するチャンスを窺っていた。


 そこで自分は、学園祭のステージで思いきってコントをすることにした。勝算はなかったが、ここで笑いをかっさらえば、自分は一軍に入れると思っていた。

 相方は一軍トップの谷君にお願いした。イケてる奴が舞台に立つだけで、生徒は笑いやすくなるだろうと思っての人選だった。

 ダメ元でコンビの依頼をしたが、すんなりと了承してくれた。ただ、

「ネタはお前が作れよ。おもんなかったら、ピンでしろよ」

 とのことだった。


 勿論、コントのネタ作りなどしたことがなく苦戦したが、作成したネタを谷君に見せたところ大ウケし、舞台にも二人で立つことができ、観客に大いにウケた。

 谷君を初め、一軍の奴らから自分は面白い奴と認定され、学園祭を機に自分の立ち位置が変わっていくことが実感できた。


 学園祭が終わりしばらくしたある日の放課後、金村がやってきた。

「見てほしいものがあんねん」

 金村は自分をパソコンルームに連れていき、動画サイトでとあるコンビのお笑いライブを見せてきた。

「お前、パクったやろ?」

 それは、当時そこまで売れていなかったトータルテンボスの「転校生の腕が異常に長い」というネタの動画だった。

 自分の書いたネタは「不良転校生のリーゼントが異常に長い」というもので、設定こそ違うが、指摘通りこのネタを見て書いた。パクった。

 冷や汗がどっと出てきた。金村を見た。その目は充血していた。同じ立ち位置にいた自分だけが上に行くのが許せず、なんとかして綻びを見つけようとしているのだろう。

「知らへん。被ったのは偶然やろ」

 と否定し、足早に部屋を出ようとした。

「中学の時、イジメられてたやろ」

 声がして、振り返った。金村は笑っていた。獣のような目つきだった。

「適当なこと言うな」

 笑って流そうとしたが、鼓動は早くなっていた。すると、金村は、中学の頃に自分をイジメていた生徒の名前を言った。どうやら中学時代の同級生に接触したらしく、もう裏付けは取れていると言わんばかりに勝ち誇った顔をしていた。

 自分は金村を殴った。元町での一件は一切周囲に漏らさなかったし、そこに触れないのは暗黙の了解と思っていた。それなのに金村が裏切ったことが許せなかった。

 殴り合いの喧嘩は、ガリガリの金村相手だと自分が一方的になった。

 騒ぎを聞きつけた先生が止めに入り、進路指導室で喧嘩の理由を問われたが、金村も自分も何も言わなかった。

 きっと金村はすぐにでも皆に、ネタをパクったこと、自分がイジメられていたことを言いふらすだろう。他の奴らはどう思うだろう。またイジメられるんじゃないか。そんな心配が頭を巡っていた。


 翌日は学校へ行けず、結局、週明けに登校した。

 始業直前、緊張して席につくと、谷君が自分に声をかけてきた。

「なんで休んどってん。お前おらんかったから暇やったわ」

 谷君の以前までと変わらない態度に安心した。そして、ふと金村の席を見ると空席だった。

「金村ってどうしたんやろ? 休み?」

 すると谷君は、

「知らん。くだらんこと言ってきたから、皆で無視することにしてん」

 と言った。

 結局、金村が二度と学校に来ることはなかった。自分は申し訳なく思い、何度か金村の家を尋ねようと思ったが、なんとなく流れて、行くことはなかった。

 ただ、金村から貰ったベルトのバックルはずっと学生ズボンにつけたままだった。

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