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 同じ高校の在学生で2歳上の女子高生と交際が始まってから、彼女の気遣いをきっかけに、先輩に当たる彼女との同棲が始まった。

 実家の家族とあまり親しくなかった僕は、行き帰りの交通時間で父親から小言をずっと聞かされ続けていたので、そこから逃げることに助力してくれたのだ。


 実際に、誰からも責められない時間が1日のなかで必ず確保できるのは非常にありがたい。


 彼女は、家庭での生活力が残念で、家事に充てる時間の確保も下手だったので僕が家事をやらされている。しかし僕はどうしても、料理を作るのだけは苦手だった。


 学校をズル休みした日と休日は、自分のために料理を作らない。先輩の分だけ用意する。

 実家と親戚の人びとから与えられたルールに縛られているせいだ。何もしなかった日に食事を摂取すると、罪悪感が湧いてしまうから。


 彼女は、そんな僕を見るたび、悲しそうな顔をする。自分が食事をとっているのに、何も食べない僕のことが気がかりで仕方ないのだろう。


「気にしなくてもいいの、──にッ?!」


 僕が口を開いて喋る途中で、串刺しの焼き鳥が口内に突っ込まれた。端的に言うなら、このときの感情は(なんなんだ、この女……)でしかない。

 食べない理由を先に打ち明けていたのもあって、食べることを強要されるのが非常に不快だったのも確かだ。意地でも焼き鳥を咀嚼しないよう心がける。


「この場にいない人たちの言葉には罪悪感を覚えるくせに、あんたが何も食べなくて目の前で悲しむ私のことはどうでもいいの?」


 苛立った声とムッとした顔で、彼女がそう言うので黙って首を横に振る。その間も、焼き鳥は絶対に噛まないよう気を付けていた。

 彼女は、そんな僕の様子を見ると、僕の奥歯に焼き鳥の肉を押しつける。暫く、その状態で困惑していると、「噛めよ……」と悔しそうな声が聞こえてきた。彼女の目に涙が溜まりつつあるのを見て、僕は焦りだす。


「私のことが好きなら、私のために噛んで飲みこむぐらいできるでしょ」


 ああ、この人は悔し涙を流しているのか。

 僕に対して酷い扱いを平然としてきた実家や親戚の人びとの言葉に僕が従うから、僕に何も危害を加えておらず信頼に足る恋人であるはずの自分の価値がそんな人たちよりも低いのではないかと不安で嫌で悔しがっているのだろう。


 人間の脳が行う、感情面での損得計算は不思議な仕組みをしている、と僕は思った。

 実家や親戚にいる人のほうが人数は多いのに、目の前にいるただひとりの女性による不満の声ひとつで、自分のなかにある掟を破りたくなってしまうのだから。


 僕は、無言で焼き鳥を咀嚼しだした。


「どう?学校行かずに食べる飯でも美味しいでしょ?」

「……美味しいし、ぜんっぜん、罪悪感も感じない」


 彼女は、誇らしげに口角を上げながら、串刺しの焼き鳥を僕の手に残して自分の食事に戻る。

 ぼだっこほどではない程好い塩っけが美味しくて、5本ほどおかわりしながらあきたこまちの白飯を2杯たいらげる。もち米のような柔らかい食感のあきたこまちと焼いた硬い肉の組み合わせは最高だった。


 僕の手に残されたのは塩で味付けしたものだが、彼女は、甘いタレに漬け込んであったほうの焼き鳥と塩キャベツを一緒に食べている。ジェラピケのパジャマを着た茶髪ポニーテールの女の子が食べるものにしては可愛げがない。

 とても美味しそうに笑顔で食べるものだから、その表情をじっと見つめてしまう。


「食べる?」

 箸で掴んだ塩キャベツが、僕の口元に寄せられた。


 彼女から食べさせられたキャベツは冷たいのに、僕の胸のどこかで暖かみを感じる。

 調子に乗った彼女が、冷蔵庫からスーパーで買った生牡蠣とレモンサワーの缶を取り出してきたので、僕もそれを少しいただいた。

 僕らはお互いに、未成年なのに酔った家族から酒を飲まされた経験があるので、家族に渡された酒だけは普通に飲んでいる。自宅なら飲酒しても怒る人はどこにもいない。


 牡蠣を食べるのは初で、僕はそのとき自分がヌルヌルとしていたり火が通っていなかったりする要素の強い食べ物を噛んだり飲みこんだりするのが苦手だと気づく。


 彼女と過ごした賃貸住宅は、秋田市内でも景観に優れた千秋公園がよく見えたので、窓からの眺めを楽しみながら酒浸りするひとときは気に入っている。

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