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 僕の祖母は、てんかんがあって自分で料理を作れない。いざ調理に臨んでも、まともな料理は作れなかった。


 秋田県民のお年寄りが買い物先で購入する鮭は、とっても塩辛い。しかし高血圧対策として、同居中の家族が食事の塩を抜くよう医者から促されることもある。我が家では、祖父母の高血圧対策を下の世代の家族が調理のたびに徹底した。

 結果として、秋田県名物のぼだっこから塩が抜かれる。その日の昼食の塩抜きは、土日で学校が休みな僕の番だった。


 祖母は、アイデンティティが喪失した塩抜きぼだっことあきたこまちの白飯を勢いよく咀嚼してから、白だしの味噌汁をズズズッと豪勢に音を立てながら啜る。

 味噌汁の具材として入れる蕗は、春から梅雨の時期だと祖父が近場で採ってきたものを使っているので材料費はあまりかかっていない。大根とじゃがいもなどの具材も畑で採れたものが使われていた。


「あいやぁ、味薄いじゃあ……!これじゃ食ってる気にならね!」


 てんかんの影響で他者を配慮するほど頭が回らない祖母にとって、喋りながら唾を飛ばすのは日常茶飯事だ。

 僕は、祖母が飛ばしてきた唾を傍らのティッシュで拭きながら会話に応じた。食べながらくっちゃべるたび祖母のお気に入りらしい花柄の服に、ぽろぽろと魚の骨や米粒が落ちてくっついてしまっていたので、それも拭いてあげる。

 孫に構われる嬉しさからか、普段よりも血色良く朱色にいろづく頬が可愛らしい。ヤングケアラーをやっていると深く実感するが、ご老人は一定の精神面の劣化を遂げると赤ん坊に戻ったかのような幼稚さが言動の節々に宿る。

 こちらの心が荒んでいなければ和むものだ。


「医者からの指示さえなければ塩抜きの必要もないのにね」

「塩っけ欲しいなあ……」

「ばんばが味付けしたら塩っけ通り越して激辛じゃん」

「それでもうめがらええなや」

「早死にするよ」

「……あいやぁ……とじぇねえ飯だあ……」


 徒然とした食事の有り様に、僕もなぜだか物寂しい。漠然とした寂寥感に襲われながら調理器具を洗いに台所まで戻る。

 祖母は、今後死ぬまでずっとあんな物足りない食生活を送ることになるのだろうか。何もできない自分が無力に思えた。


 その日の夕飯に、僕は、塩抜きではない普通のぼだっこを試しにひとくち食べてみた。

 しかし薄味が好みな僕には、地元の味の良さが元々わからないようで、これを食べられないことで寂しさに苛まれた祖母の気持ちには共感できない。

 それでも僕は、祖母が料理を食べたときの感想から確かに寂しくなったはずなんだ。この寂しさの内訳を具体的に言語化する術が、今の僕にも見当たらない。


 人のために飯を作るのは難しい。

 特に、他人の健康面や感情面に配慮した飯を作るのは大変だ。


 少子高齢化による過疎化が進んだ地域に住んでいたので、小学生の頃から高齢者との会話が多かった。

 大人の世話について日頃考えていた僕は、同級生の子供たちとまったく話が合わなかった。その影響もあって同い年の子たちと仲良くなれず不登校になったことで、人から食事を許されるための態度も、保つのが難しいと知る。

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