第4話
「クソッ、クソッ!」
豪奢な内装が施された部屋に散乱する物。部屋の主が目に映るものを次から次へと投げている。
「カトレア様、どうか落ち着いてください」
ヒステリックを起こす彼女を宥めようと、女中がカトレアに触れようとした。
彼女は自分に意見を申す女中を憎たらしげに見ると、髪の毛を乱暴に掴んで引っ張った。
「事が上手くいかないのは何故? お前たちが愚図だからでしょう!? 正妃と王太子の命を奪うのがそんなに難しい事なのかしら。でしたらわたくしがお前を殺して『出来る』事を証明しましょうか」
普段の優しく愛らしい様子は微塵もない。黄色い瞳をぎらぎらと光らせて、髪の毛を掴んでいる女中の顔を覗き込む。あまりの恐怖に震え、涙を浮かべる彼女を汚らわしいものを見るかのようにカトレアは見下す。
強く髪の毛が引っ張られ、ぱらぱらと数本の髪の毛が床に落ちる。カトレアは、激昂してまたも部屋に置かれた家具やドレス、宝石、装飾品を投げつけた。
悲惨な状況になる中、扉がノックされる。カトレアは怒鳴りながら入室を許可すると、年老いた女中が入ってきた。部屋の惨状を見ても動じることなく、冷静に主人と対面する。
「王妃殿下がお会いして話がしたいとおっしゃられています」
カトレアは髪をかきあげると頷き、震えている女中達にすぐに部屋を片付けるよう命じた。
準備が出来たのを確認すると、カトレアはバーバラを出迎えた。先ほどまで鬼のような形相をしていたとは思えない満面の笑みを浮かべて。
「申し訳ございません、王妃殿下。部屋を片付けておりましたので出迎えが遅くなってしまいましたわ」
カトレアの言葉にバーバラは気にする様子もない。彼女の動じない態度にカトレアは内心苛立った。
「今日は貴女と腹を割って話そうと思ってきたの」
「そうですか……。とりあえず、お紅茶でもいかがです?」
カトレアの誘いにバーバラは答えず、部屋を見回した。
「およそ貴族の令嬢らしからぬ部屋ね。観葉植物が好きなの? あの木はトウゴマね」
指をさした先にある植物を見て、カトレアは顔を引きつらせる。
「え、えぇ。令嬢は花を愛でるものなので、珍しいですわよね。わたくし、あの木が好きで」
カトレアの女中が運んだ紅茶をバーバラは手にとり、こくんと喉を潤した。
口角が上がりそうになるのをカトレアは必死に抑える。毒に強いバーバラでも仕留められるよう、特別に高濃度の毒を入れておいたのだ。さすがに耐えられないだろう、とカトレアは目論んだ。
「この紅茶にもトウゴマから採れる毒が入っているものね」
バーバラはカトレアの目の前でカップに入った紅茶を飲み干した。美味しかったというように笑みを浮かべるバーバラに、カトレアは混乱する。確実に死に至る計算のはずなのに、目の前のこの女は何故生きている?
「貴女はトウゴマの種から抽出したリネンを紅茶に混ぜて私を毒殺しようとしているわね。お生憎様、私には毒の耐性があるので効きません。どんな濃度でもね。幼少時代から仕込まれてますから」
勝ち誇ったように笑いながらハンカチで口を拭うバーバラに、カトレアは激昂した。
王妃の目の前であるということも忘れて、紅茶の入ったポッドやカップを床に叩きつける。
ヒステリックを起こすカトレアを見ても、バーバラは動じることが無い。
「リネンといえばリリアナを殺したのも貴方だものね」
口角を上げ、冷たい目でカトレアを見るバーバラに、我に返ったカトレアは呆然とした。
「どういう……ことですの?」
美しく纏め上げられていた髪の毛も暴れたせいでぼさぼさになってしまっている。そんな事もお構いなしにカトレアはバーバラに詰め寄った。
「リリアナの産婆でもある貴女の乳母に聞いたの。リリアナにリネンの入った水を飲ませる事で、お産で亡くなったように見せかけたのよね。本当は生まれてくる子どもも殺せと命じていたのでしょう。全部、産婆に罪を着せて。己は安全圏から邪魔者を排除しようとして卑怯な人。周りを使う事で自分の手は汚さず、目的を達成しようとして……」
宝石のような透き通った紫色の瞳が冷たくカトレアに向けられる。背筋がぞっとするような威圧感。
カトレアは悟った。彼女には勝てないと。
「ご自分の口から説明してくださる?」
膝から崩れ落ちたカトレアの顎を指先で掴み上げ、バーバラは言い放つ。有無を言わさぬ態度にカトレアは、どもりながら白状する。
「第三夫人は陛下のご寵愛を受けていたから……なかなか子どもが出来ないわたくしと違ってすぐに懐妊して、しかも男児も生まれたとなると、王宮内で力を持ってしまいます……わたくしの邪魔になるだろうと判断して殺すよう命じました」
「ちなみに私もいるのに何で先にリリアナを狙ったの?」
「……王妃殿下は陛下に嫌われていますから……大した障害にはならないだろうと思いました」
カトレアの正直な告白にバーバラは喉を鳴らしながら笑う。「狙われない理由が悲しい」と口では言っているが、どこか面白そうだった。
「王太子も殺そうとしましたが、ずっと引きこもっていらしたので機会がありませんでした。でも、最近王妃殿下と王太子が仲が良いみたいようでしたので、この機会に二人纏めて殺そうとしました。王妃殿下が毒にここまで耐性があるなんて思いもしませんでしたが……」
「毒に耐性があるって知っていたなら殺し屋を雇ってさっさと殺せば良かったと思ってる? 殺し屋を雇うのは足がつきやすいから避けてたわけね。という事だそうですが、陛下ちゃんと聞いてました?」
バーバラが背後を振り返りながら告げた。陛下という言葉にカトレアは頭が真っ白になる。
「聞いていなかったならもう一度、最初からやり直しますけど?」
皮肉めいたバーバラの言葉にルシオは鬱陶しそうな顔を浮かべる。
「その必要はない。全て聞いていた」
全て聞いていた、というルシオに言葉にカトレアは全てが終わったことを悟った。
「話は聞かせてもらった。君がリリアナを殺したんだね」
カトレアは嗚咽交じりに泣きじゃくる。
「俺は君も愛していたんだ。そして、信じていたのに……」
彼女は何も答えられなかった。
◆ ◆ ◆
その後、カトレアは投獄され一族に協力者がいないか調査し、詳細が分かったら裁判にかける事となった。
騎士に連れていけと命じ、「待ってくださいルシオ様」と叫ぶカトレアを、泣きそうな顔で見るルシオという、私にとっては茶番を見せられたけど一件落着になりそうなので良しとした。
カトレアが居なくなり、静かになった部屋でルシオが私に向かい合った。
「今まですまない。君を信用してあげられなかった」
「本当ですよ」
「どんな償いもする」
頭を下げるルシオに私はずっと考えていた事を提案する。
「では、離縁してくださる?」
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