午後5時 カフェにて
ゆきのともしび
午後5時 カフェにて
週に一回 ぼくは脳みそを洗う
金曜の午後5時 僕たちは駅の裏のカフェの
隅から2番目の席で顔を合わせる
彼女はラズベリーリーフティーを頼み
僕はあたたかいココアを注文する
彼女がぼくの目をみている
特に大きいわけじゃないけど
たぶん その内奥は 僕にもわからない僕のどこかを
覗いているのだろう
彼女はとても ゆっくり ことばを生み出す
それはまるで 文節の勉強をしている小学生みたいに
なにかを踏み間違えないよう
踏み出しすぎないよう
気をつけているかのように
「わたしはね あなたという人間が この世に存在してくれていることそのものに とっても救われているの」
彼女の言葉は
あのイギリスの田舎にあった大聖堂の
ステンドグラスから差し込む光のような
静かで かなしい
澄んだ響きをしている
つめたい光が
膿を少しずつ 溶かしていく
僕は 何が欲しかったんだっけ
愛?
彼女そのもの?
なにかを独占すること?
自分の思うままに 操ること?
ココアの表面に 膜が張っている
スプーンで回すと 膜が溶け合う
「僕は 君が 僕の隣にいてくれることを望んでいるんだ」
ああ ちがう
そうじゃないんだ
どうすれば
きみに対して 他の人とは違う感情を抱いていることが
やさしく 伝わるのだろうか
ココアが空になる
彼女は闇に包まれた硝子戸を 眺めている
「そろそろ 帰りましょうか」
ああ なんだっけ
これはベートーヴェンピアノ協奏曲の
1番の終盤だったかな
「きみのことばは 僕の膿を取り除いてくれるみたいなんだ」
僕がそう言うと
彼女は困った顔で
うつむいた
午後5時 カフェにて ゆきのともしび @yukinokodayo
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