第15話 ヒトを助ける(終)

 時間が流れ、夜が更けていき風と草の音だけが外の世界を占めていく。

 だがそんな静かな空間に、どこか汚らしい吐息が微かに響いて聞こた。その数は一や二ではなく、廃墟となったその空間を取り巻く程の数が音を潜めつつ、すかした腹を満たしたくて仕方ないという雰囲気が肌に感じた。

 今夜、腐肉喰いが襲いに来る。師匠もそれを察知しわたしに伝えた。

 患者が眠る家の前、わたしは既に剣を鞘から抜いた状態で立っていた。相手が来ると分かっているのであれば、悠長にしているつもりはない。

 相手もわたしの存在に気付いたらしい。いや、早い段階で相手はわたしや師匠と言う障害に気付いていたかもしれない。気付かせるためにわたしを外で姿を晒させ、獲物である患者の治療を急ぎらした。


「オラ、こっちはもうお前らに手を出す準備は出来てるんだよ。そっちが動かねぇって言うんなら、こっちが先に動くぞ?」


 下手な挑発を態々声に出した。相手が知能はあっても対話の出来ない生き物なら意味は無いかもしれないが、こっちが今から動くぞと言う合図に受け取るのを信じて待った。

 そして獣同然の相手は牙を剥き出しにして動き出した。

 黒々とした体毛は泥に塗れてか、体にこびりついた血肉が乾いたのか、酷く嫌悪を感じる臭いを発していた。オオカミにしては胴回りは太く大きい。イノシシとも思える形をしていたが、しかしそれら既存の動物共違う、醜悪な獰猛動物を絵にした姿をしていた。

 その醜悪な動物は相当空腹なのだろう、唾液を垂らしながら口を大きく開けてソレはわたしに向かって襲い掛かって来た。わたしは直視せずにソレに向かって剣を縦に、下から上へと向かって薙いだ。一匹片付いた。


「…お前ら、ヒトの墓を荒らすばかりか今度は生きてる人間を食おうとしているんだってなぁ?

 食い意地の張ったお前らの事は師匠からよぉく聞いている。危険動物として討伐対象になっているらしいじゃないか。特にお前らの中の頭と言えるヤツ、ソイツさえ倒せば後はザコ同然だ。

 死臭を纏ったお前らなんぞ、まとめて片しちまうがな!」


 自分勝手な啖呵を切り、わたしは腐肉喰い共の群れの中へと突っ込んだ。以前相手にした密猟者よりも動きが読めず、不規則な獣の動きに少し翻弄されかけたが、わたしの直感で全ていなした。


「テメェらみてぇな意地汚ねぇヤツらにやられる程、落ちぶれちゃいないんだよ!」


 相手にやられてたまるかとわたしも意地になり、剣を思い切り振りまわして群れを何匹も斬りつけて行った。


 師匠と患者はそんな光景を家の中から見ていた。患者は薬が効いてきたのか、意識もだんだんとはっきりしだし、こうして起き上がり窓の外の光景を見れるまでになったが、見えたのは醜悪な獣とその獣と対峙する恐ろしい笑みを浮かべて剣を振り回す剣士の姿だった。


「…なんじゃありゃあ。」


 その光景に恐れをなして男性はかなり引いていた。主に獣にではなく昼間大人しく話をしていたハズの妖精の剣士に対して。


「お前これ位でビビるなんぞ、今までよく生きて来れたと思うよ。まっ初めてアイツの豹変っぷりを見れば誰だってこうなるわな。

 お前も、アイツの刃の餌食になりたくなきゃ、もう反抗的な態度は取らない方が身のためだぞ?」


 目の前の光景と、患者である男性の反応を楽しむかのようにして師匠は注意喚起をしていたが、それが男性の耳に入っていたかは定かでは無い。


「…お前の言う悪種族とやらが本当にいたとしたら、腐肉喰いがいると聞いただけで、皆お前を置いてサッサと逃げていただろうな。それだけアイツらは厄介な討伐対象なワケだしな。

 だが、それでもアイツは絶対にここに残って戦った。私の指示が無くたって、アイツはそうしていたハズだ。アイツにとって余所者ってのは、そういうものなのさ。」


 次に発せられた師匠の言葉が、男性の耳に届いたかも分からないが、確かに何かが男性の中に残ったと師匠は感じ取った。


 夜が明けた。

 廃墟の中は腐肉喰いであろう動物が大量に転がっていた。それらはあくまで生きたままで、腐肉喰いの頭であろう一頭は丈夫な縄でキツク縛り上げられ捕らえられていました。

 討伐対象は命を奪う事が唯一許された存在ではありますが、それでも血の流さないようにしました。それはわたしと師匠の二人が血を苦手とする妖精種である事と、患者が直ぐ傍にいるからです。そんな人物であっても、患者の故郷を汚すのはダメだと思いました。

 その件の患者である男性は、わたしを見るなり思い切り距離をとって一向に目を合わせようとしません。またやってしまったとわたしは悲しくなりました。

 しかし、薬による治療が効いたのか、もうすっかり顔色も良くなり、立ち上がれる様になっていました。どれでもまだ万全ではないので師匠から安静を言い渡されていました。


「用事は済んだのだろう。だったらここから早く出て行け!」


 変わらない男性の態度を見て、わたしはある事を思い出し、思わず吹き出してしまいました。そんなわたしに男性は訝しそうに見ましたので、理由を説明しました。


「いえっわたしもあなたと変わらないのだと改めて思ったのです。

 わたしは最初、あなたのわたしと師匠に対する発言に怒ってはいたのですが、わたしも同じだったのです。実はわたし、ネコが苦手で、よくネコを見かけては『毛むくじゃら』と言って避けていたんです。

 やっている事が変わらないなんて、種族がちがってもわたしもあなたも『一緒』なんですね。」


 わたしの言葉を聞き、男性は一瞬だけ感情が抜け落ちた様な顔をしました。しかし直ぐに立ち直り、小さな声でそんなものと一緒にするな、という声が聞こえました。

 わたしはその男性の言葉を聞いても、最初に感じた様な怒りは湧いてきませんでした。


「ふっ…はっはっはっ!やっぱりヒトってのは皆変わらんな!」


 吹き出し、大声で笑い出した師匠にわたしは賛同します。


「そうですね、きっと変わらないんですね。受け止め方が違うだけで。」

「そうだな…よしっ。アンタのお望み通り、とっととこっから出てってやるか。飯くらいはキチンと食えよ。」


 男性は師匠に言われて、鼻で大きく息を吹き出してそっぽを向きました。わたしは男性のその反抗的な態度が、まるで師匠への了承の返事の様に思いました。


 男性に返事の返ってこない挨拶をし、まち、とはもう呼べないその場所を離れて帰る道すがら、師匠と話をしました。


「あの男性は、これからどうなるでしょうか。」


 最早住民は男性一人であり、生活していくにしても備蓄もほとんど残っておらず、師匠が薬の他に食糧をいくつか残していきましたが、それは一時的なものであり、何の意味も無い事はわたしにも、師匠にも分かっているのでしょう。


「それはアイツ自身が決める事だ。残って短い余生を送るか、他所へ移るかはアイツ自身、考える時間はある。

 それに、とびきりの薬も処方されたワケだしな。」

「薬?師匠、何か強い薬を煎じたのですか?」


 わたしが言うと、師匠は溜息を吐いてわたしの方を見ます。


「薬ってのは、薬草や毒といった目に見えるものだけではない。体ではなく心に効くのも、立派な薬だ。」


 師匠の言っている事が理解出来ず、わたしは首を傾げました。


「あーあ、相変わらず弟子は半人前だなぁ。こりゃ、一人前になるのはまだ遠そうだな。私も含めてな。」

「えっと…よく分かりませんが、確かに師匠もキチンと修行をして、約束を果たさなければいけませんからね、一緒に精進していきましょう!」


 師匠は呆れつつも、笑ってわたしの言葉に賛同してくれました。

 そうしてまた一人治療をしたわたしと師匠は、次の患者の為の薬作りに戻り、精を尽くします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

どこかの薬師の師弟譚 humiya。 @yukimanjuu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画