第13話 患者を眠らせる

 まちであったその場所の一角、その場所へと歩いて行き師匠は一軒だけまだ家として原型が他の建物と比べて残っているその建物の前に立ちました。


「失礼するぞー。」


 師匠は気軽そうに声を上げつつ扉を開け、中へと入っていきました。わたしも師匠に続き中に入りましたが、中は薄暗くて埃っぽく、とてもヒトが住んでいる様には感じませんでした。

 師匠は構わずに家の奥へと進み、そしてまた扉を開け放ちました。


「おーおー、まだ無事なようだな。」


 先に扉の先に入った師匠は何やら誰かに話し掛けている様子でしたが、わたしも中に入らないとよく見えないので、ゆっくりと失礼しますと挨拶をしつつ入りました。

 扉の先はよくある寝室の様でした。古びていて物が散乱しており、ここも埃っぽくて一度だけわたしは小さく咳をしました。窓が一つありましたが、くもっている為か射しこむ日の光は弱く、部屋の中は薄暗いままです。

 そして師匠の目線の先、そこには寝台とその寝台の上で横になり、薄汚れた毛布を掛けて寝ているであろう男性がいました。

 男性は顔つきからかなりの年配であるのが判り、眠っていると思っていましたが、よく見ると薄目を開けていました。しかし、息の仕方があまり良くありませんでした。

 大きく胸を上下させ、荒く繰り返される呼吸は乱れており、明らかに病を患い呼吸がままならない状態でした。

 師匠に詳細を聞こうとしましたが、先に師匠が動き患者であろう男性の元へと近寄りました。


「…ん、脈は速いな。ロジエ、早く言われた通り調合。」


 簡潔に師匠から指示を受け、事前に渡された調合の手順が書かれた紙を見ながら調合し、出来た薬を手早く師匠へと手渡すと師匠がその薬を横たわる男性に飲ませようとしましたが、男性は口を堅く閉ざし、なかなか薬を口にしようとしません。

 何故でしょう?意識はあるようですが、何故頑なに薬を飲む事を拒絶しているのでしょう。それに何か呟いている様にも聞こえます。そんな風に考えていると、師匠から次の指示が出ました。


「…ロジエ、ちょっとこの男の頭を押さえつけていろ。」

「あっはい…って、えっ!?」


 出された指示がとても不穏で一瞬戸惑いましたが、師匠から再度指示され、ついでに睨まれもしたのですぐさま言われた通りに男性の頭を動かない様両手で頬と顎を同時に持つように押さえこむました。

 突然見知らぬヒトに自分の顔を抑え込まれたからか、男性は弱々しく抵抗しようと体を捩じらせますが、本当に弱くてわたしの手は全く振り解かれません。

 すると師匠が薬を持った手を握ると、男性の口目掛けてその握った手を力一杯突き出し、その手ごと男性の口の中に薬をねじ込みました。

 それも突然の事で、わたしは反応出来ず茫然と見ている事しか出来ませんでした。師匠は直ぐに手を男性の口から吹き抜き、男性は口に異物を詰め込まれた衝撃によって白目を向いて気絶しました。


「良しっちゃんと薬を飲んだな。」

「いや、飲んだと言うか無理矢理突っ込んだ!?」


 あまりにも強引な方法で師匠が男性に薬を飲ませたので、わたしは反論しようとしますが、師匠の表情を見てどうにも怒りづらくなりました。


「…師匠、この男性は。」

「コイツはな、運が良かったのかどうだか、このまちだった場所で流行った病に唯一罹らずに生き残った子どもだったんだ。今じゃこんな痩せ細って縦にだけ伸びた様な容姿だが、本来であればもう少し肉がついても良い暮らしぶりだった。」


 先程の話から、このまちには長くいた経緯があるらしく、男性の事も当時から知っている様子でした。今は荒れ果てていますが、もしきちんと掃除や整備がされていたらこの家はとても大きく、豪勢な建物であったのでしょ。そういった装飾品の残骸が部屋の片隅に転がっています。


「私も、このまちに病気が流行ってここまで荒れる程ヒトがいなくなるとは思わなかった。しかもこんな状態になってもまだここに残って暮らしているとはな。

 何度か悪戯してやろうと思ったが、あまりにも不景気そうな表情ばかりしていたから、興ざめして眺めるだけに留まった。その結果まちは壊滅し、今じゃ寝たきりの男がいるだけの廃墟だ。」


 当時のまちの様子を知っているからこそ、今の廃墟と言う現状に思う所があるのでしょう。

 師匠は元々流浪で、仲間の妖精と共には暮らさずに住む場所を変えてはまた旅をする、そんな生活をしていたと聞きました。そんな師匠があんな物憂げな表情をするなんて、何か思い入れがあったのでしょう。


「あんな…散々ひとを虫扱いして、私の翅をむしり取ろうとしたクソガキがこんな惨状でもまだ懲りずにここで暮らして、しかも私の薬は拒絶しおって。腹いせにただ薬をねじ込むだけじゃもの足りないなぁ。今度は冷水に無理やり」

「ロクでも無い仕返ししてるだけでした!止めてくださいっ関係が悪化するだけです!」


 誰にでも手に取るように分かってしまう師匠の心情を悟ってしまったわたしは、何とか師匠を押し留めてました。


「えぇと…つまり仕返しでこのヒトに無理やり薬の処方をしている、という事ですか?なんだか自分で言っててよく分かんないですが。」

「あぁ。コイツに最初に会ったのがいつだったかは忘れたが、何をされたかはよぉく覚えているよ。だから再会した時はなんとも得難い感情が胸を占めたよ。」


 師匠は恍惚そうな表情で語り、わたしは自分が何とも言えぬ表情をしているのだと思いました。そんな表情にもなってしまいます。

 そんなわたしを置いて、師匠は更に話します。


「再会した時もコイツは一言目から散々な事を言ってきた。やれ厄病の元凶だ、だの。不幸の塊だの。終いにはサッサとまちから出て行けと、ここがこんな有様でもまだまちだと言っていてな。私は可笑しくなったさ。

 言っているその時には既にコイツは衰弱していてな、流行り病には罹らなかったが全く別の病に罹っていた。だから私は薬師としてコイツに薬を処方しようとした。そしたら」


 貴様ら悪種族なんぞの助けなど借りぬ!それにどうせお前らには治せやしない、俺の両親を誰も助けられなかったんだからな!ざまあみろ!


「一瞬コイツは何を言っているのかと思ったが、どうやらコイツは私が魔法か何かで両親を助けて恩を売ろうとしたヤツか何かと勘違いしているらしくてな、それで次に自分にも恩を売りに来たとでも思ったらしいんだ。

 いやぁ!あまりに滑稽で笑う事も忘れてな、私はコイツの喉元に足を押し付けて、押し倒して言ったんだ。」


 生憎お前の看病をしている暇は無い。…が、丁度薬の試料を探していたんだ。動く事もままならない様だしな、お前には私の治験に付き合ってもらうぞ。

 お前は私ら他種族に対して無力なヤツだ、ざまあみろと言いたい様だが、言うのはお前じゃない。ざまあみろ!


「もう何言っちゃってるんですか!それじゃあ相手が大人しく治療を受けるワケないじゃないですか!むしろもう関係が悪化しちゃってますよ!」

「いやぁ、ムカついたからついな。」


 ついじゃないですよと師匠を叱ってもしかたありません。患者と呼んで良いかかありませんが、もう既に患者との関係は溝が深すぎて這い上がれない状態ではありますが、しかし師匠は治療を続けるつもりらしいです。


「言っただろう。ソイツがどんな暮らし、生き方をするのは勝手だが病気を放って置く気は無い。私は医者では無いが、薬で出来る事は出来得る限りやる。お前にも手伝ってもらうぞ。」

「ハイ!それで、わたしは具体的に何を?」

「あぁ、とりあえず外に出ていろ。」

「ハイ!…えっ?」

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