北のむらにて

第12話 むらを訪問する

 それはある日、特にむらからの依頼も無く穏やかな一日になりだろうと予測した瞬間、師匠が口を開きました。


「ロジエ、出掛けるぞ。準備しろ。」

「準備…どのような?」

「薬等は机の上に用意しておいた。滞在するだろうから、簡単に着替えと保存食を持って行け。」


 突然の事でしたので、わたしは首を傾げつつも師匠に言われた通りの荷物を用意し、そして同様の荷物を持った師匠と共に北へと向かいました。その方向に向かった事で、わたしはある事に気付きました。

 師匠は一・二か月に一度、家を空けてどこかへ行く事がありました。その時も今の様な野宿でもするかの様な大きめの荷物を持って行っていました。


「悪いな。『あそこ』にお前も一緒に行くと煩くなると思ってな。しかし、最後に立ち寄った時、かなり衰弱していた様子だったからな。好い加減お前も連れて行こうと思ったんだ。」


 一体何を言ってるのか、その時のわたしには検討が付きませんでした。師匠の様子から、厄介な患者を相手にする様な、そんな雰囲気が読み取れました。


 そうしてただ師匠の後に着いて行き、見えたのは道中と変わらない森の中でした。ですが明らかに他とは違うのだと一目で分かりました。

 木々が覆い茂り、森に棲む動物の気配が近くまで感じられましたが、人為的に立てられたであろう建物が外壁にほとんどが崩れた状態で建っていました。それも一軒や二軒ではありません。

 所々に壊れて倒れた立札や洗濯物を干す為の物干し竿の跡も見られました。見れば見る程、ありらこちらにヒトが住んでいたと思われる痕跡が見られました。

 わたしが質問をする前に、師匠が先に応えました。


「ここにはな、小さくではなったがまちがあったんだよ。ヒトもそれなりに居て、一見すればどこにでもあるまちだった。だが、そのまちの住民には一つ悪い癖があったんだ。

 ソレは、余所者に対しての偏見だった。特に人間以外の他種族を差別、と言うか敵視していると言っても良いな。とにかく住民のほとんどがそういった思想に偏っていたんだよ。」


 聞いていると、なんだかイヤな気分になります。

 勉強でも学んだ戦争時代にも、そういった他種族同士のいがみ合い、領土の奪い合いにより、多くのヒトの心はすさみ、偏見や差別の目は更に悪化していき、戦争も激化していったと聞きました。

 戦争終結後、そういった思想は減っていきましたが、決して無くなったワケではありません。現に里に住む妖精種は里の外との交流を完全に断ち、今も他種族を見下していると言います。

 そして獣人や頭角人、他種族同士が契り生まれた混血は他種族からの差別の対象になる事が多いです。


「まちの住民は決して意見を曲げなかった。そこはどうでも良いんだ。そうして生きていくんだとソイツらが自分で決めたのであるなら、他人である私がとやかく言うつもりはない。

 だが、病気は別だ。」


 それは所謂『流行り病』だったそうです。川の水か風に乗って来たのか、それはどこからともなくやってきて、ヒトの命を簡単に奪っていきます。

 そしてその見えぬコロし屋は、件のまちを襲ったのだそうです。


「原因は恐らく虫だろうな。まちは外との交流をしていなかったから、自給自足の生活をしていた。しかし食べられるものが減り、新たな資源を得る為に土地を開拓しようと森の中へと入り、そして森の奥に生息していたであろう虫から病気が感染、そうして拡大していったんだろう。」


 病気は至る所から感染し広がります。まちのヒト達は移動範囲を広げたばかりに病気の原因と接触し、被害に遭ってのだと師匠は言います。


「…今、その病気の原因である虫はどうなっていますか?」

「とっくの昔に私が駆除したさ。現に私は自分からこの場所に来ているんだから、虫だって生き物だからな。病気だってヒトからヒトへは感染しないし、早めに対処さえしてしまえば大した事は無い。

 だが、まちの住民は結局原因を知らずに別のものを原因だと決めつけ、そして本来の原因である虫を放置した為に、まち中に病気は広まった。」


 聞けば聞くほど恐ろしい話です。原因さえ分かれば病気など怖くは無い、とは聞きますが、しかしその対処方法は知識が無くては分かりはしません。そして知識があったとしても、知ろうとしないのであれば悪化するのは当然です。

 まちのヒトが選んだのは、知ろうとはせずに拒絶する事でした。


「まちの住民は、本当に馬鹿ばっかだった。まぁ当時の私も原因を知らず、虫が原因だと気付いたのも後々の事なんだが、まちのヤツが余所者の話を聞かないヤツらだとは知っていてな。

 厄介な事に巻き込まれる前に私はまちから離れた、まちのヤツらは残った。そして病気でヒトはシに、ヒトの数は減っていき、いつしかまちの規模も縮小していき、そして今がコレだ。」


 師匠が指差した先、そこには伸びた草や木の枝で隠れて見えなかった。この場所の姿が見えた。正しくそこは廃墟だった。ヒトの気配など無く、本当にまちがあったのか疑ってしまう程の荒れ具合だった。


「…もしも正しく病気がまちのヒトに伝わっていたら、こうならなかったでしょうか?」

「さてな。わが身が大事なヤツならサッサとまちを出ていただろうが、私の知る限りではそんな素振りをするヤツは見なかった。

 知ったとしても余所者を信じぬヤツらだ。あれこれ理由を付けて病気など無いと意地を張り、結局はまちに残り続けていたかもな。」


 病気の事を知っていれば、何てこのまちがあった事すら知らなかったわたしには何も言えません。しかし、師匠は冗談も虚言を言いません。

 師匠が何もせずに遠くに逃げたのも、そうする他無かったからでしょう。


「…しかし、この廃墟で一体何を?」


 まちであったその場所は、言ってしまえば何も無いように見えます。草も効能を持たない雑草ばかりで、木もどこにでも生えているものばかりで、特に目新しいものも見当たりません。


「あぁ。私が用があるのは、このまち…いや、このむら唯一の住民さまだ。」

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