第9話 汚名を返上
師匠が調合を間違えたわたしに対しての師匠の行動は、わたしが知っている通りのものです。
師匠は他人にも自分にも厳しく、特に薬や毒の扱いに関しては過度と思われるほどです。
わたし自身、反省しなくてはいけません。実は以前にも調合を間違えた事があり、その時はあまつさえソレを患者に処方しようとしたのです。その時も師匠に止められ、難を逃れ患者に謝罪した後に師匠にこっ酷く叱られました。
そんな経験を過去にしていながらも、わたしはまた過ちを繰り返してしまいました。何よりも自信があり成功すると思っていたのが更に自身への恥に感じます。
わたしが落ち込んでいると、時間が経っていたらしく師匠が部屋から出て来ました。
「材料が足りない。応急処置はしてこれ以上は熱は上がらないが絶対安静だ。
足りない材料を探してくるから、待っていろ。」
部屋の中にいる患者の両親にそう話し掛け、師匠は一人材料を探しに外に出ようとしていました。わたしはも同行したいと申し出ようとしましたが、直前で師匠に目配せされました。それがわたしには睨まれた様に感じました。
「お前はここで待っていろ。」
また失敗されてはたまらないと暗に言われている様に思い、それ以上動く事も言うことも出来ず、言われた通り家の中に留まり師匠を見送る事しか出来ませんでした。
患者の両親は、目に見えて落ち込んでいる事が分かるであろうわたしに大丈夫ですかと声を掛けて来ました。
「…本当に申し訳ありませんでした。」
「いえ、失敗は誰でもするでしょうし、あなた一人の責任ではありません。」
たった今自分の子どもが毒を盛られて死にかけたと言うのに、優しく話し掛けるご両親にわたしはまた目尻を滲ませ、涙が出そうになったのを無理矢理
そうして落ち着いてきた時、わたしはフと違和感を覚えました。
どうも今日の師匠は苛立って様に感じます。わたしが失敗をする前から落ち着きが無いような、どこか焦っている様な立ち振る舞いをしていた様に思えてきました。
普段であれば患者が出れば率先して師匠が前に出て移動するのに、今回はわたしが前に出て師匠を引き連れて行く様でした。
いえ、それ以前に師匠の動きが若干ではありますが緩慢になってたようにも見えました。例えば棚から落ちた本を片付ける様わたしは言いましたが、結局師匠は片付けずにそのままにしていた時から。
そこまで考え、わたしは背筋を伸ばします。
「すみません!患者さんの事、任せてよろしいですか!?」
「えっ!?えぇ。大丈夫ですが?」
言ってから返事を聞いてわたしは直ぐに師匠の後を追って外に出ました。
わたしは雨が降り続く森の中、師匠が行くであろう場所を目指して走ります。不足していたという薬草が自生している場所はわたしでも知っていますが、その場所が問題です。
わたしは本当にダメな弟子です。怪我人がすぐそばにいたというのに、気付きもせずに放っておいていたなんて、師匠が苛立つのも当然です。理由は別にあったとしても、そうなって当たり前です。
ともかく、今の師匠の状態はとても危ないです。怪我をして恐らく飛行の高度を上手くとれない状態となっているハズです。
雨に濡れた草が足にまとわりつき動き辛い。それでもわたしは構わず足を一生懸命に動かして行く。そして着いたのが切り立った崖の上だった。
目的の薬草は日に当たる為に断崖の高い場所に食い込むようにして生える。普段の師匠なら一っ飛び出来る場所ですが、怪我をしているのであればとても危険です。
「師匠―っ!どこですかぁー!?」
わたしは声を上げて先に着いたであろう師匠を呼びましたが、反応がありませんでした。
「…ーい。」
一体どこにいるのか、雨のせいで視界も悪くとても見つかりそうにありません。
「おー…い。」
雨音も先ほどよりも大きく、ヒドくなってきました。ここにいるのは確かなハズなのですが、まさか別の採取場所があるのでしょうか?
「オイごるあぁ!好い加減気付けこの鈍感!」
声に驚き肩を跳ね上げ、わたしはすぐさま声のする方へと駆け出しました。声はやはり断崖の先、崖下の方からしました。恐る恐る、間違って手を滑らせぬ様に崖下を覗き込みました。そしてそこには、探し求めていたヒトの姿がありました。
「師匠!怪我は…していますよね。」
「あぁ、家でした怪我以外は無いよ。」
師匠は思っていた通り、怪我をしていた為に上手く飛べず、崖から落ちてしまった様でした。ただ崖の途中に出っ張った岩があり、その岩の上に落ちた為に打ちつけはしたもののそれ程損傷はしていない様でした。
わたしは急いで師匠を引き上げようとしましたが、患者の家から何も持たずそのまま出てきてしまった為に紐も何も持っていない事に気付きました。師匠もその事に気付いたらしく大きな溜息を吐いて呆れた様子を見せました。
「ったく、だから準備はしておけといつも言っているだろうが。」
そもそも師匠が怪我をした事も、崖から落ちている事も想定外の事であったというのは言い訳になります。なので言い返せずわたしが再び項垂れていると、どこからかイヤな音が聞こえてきました。
何か重いものに少しずつ亀裂が入っていく音、ソレが師匠の方から聞こえて、わたしは焦りました。
こんな雨の中、いくら師匠が小柄であっても脆くなって岩が崩れ落ちても可笑しくない状況です。このままでは師匠はこの高い崖の下に真っ逆さまに落ちてしまいます!
師匠も気付き、焦りを表情に浮かべたのを目にしてわたしは咄嗟に動き出しました。
わたしはその場を跳び、崖の下へと落ちます。そして曲げた足を伸ばして崖に付け、そのまま勢いよく足で崖の岩壁を蹴り、もう片方の足で再び岩壁を蹴って横向きの状態で崖の側面を走りました。
わたしが自分から崖を落ちる姿を見た師匠は驚き、何かを言う前にわたしは師匠がいる出っ張った岩の所に着き、通り過ぎる瞬間に師匠を両手で捕まえ、勢いのままにそのまま崖下まで岩陰を走り、落ちていきます。
崖は完全な絶壁では無く、少しだけ
「吹き荒れ、盾となり、牙を遮り断つ!」
詠唱を唱えた瞬間、わたしの周囲に風が坂巻き、目の前に分厚い空気の壁にぶつかった衝撃と共に、地面へと激突しました。しかし、風が落下の衝撃を吸収した為、痛みはあまりありませんでした。
「たっ…助かっ」
「んの…馬鹿ものがぁ!」
助かった喜びが湧き上がる前に、師匠の手刀がわたしの顔面に落とされました。地面に落ちた衝撃よりも遥かに強力な一撃にわたしは手で痛む箇所を押さえて
「なんつー無茶をしてんだこのイノシシ!いや、イノシシだってもうちょっと賢いわ!」
散々言って来るのは師匠のいつも通りの姿なので、わたしはまた違う痛みで顔を歪めました。
「…ごめんなさい。」
今の自分の無茶な行動に対してか、それとも患者に対して誤った薬を処方した事なのか自分でも判断出来ません。ですが師匠はわたしにどちらかと確認せず、ただ黙ってわたしを見ていました。
「しかし、本当に無茶をしおって。崖を走るわ滑り落ちるわ、下手すれば足の骨折っていたぞ?」
「大丈夫ですよ!その為に魔法で強化もしておきましたし、落下の衝撃だって…あっ。」
わたしは自分の言った台詞で思い出し、直後に言い知れぬ恥ずかしさに身を
「やっと思い出したか。ったく、剣術はともかく、誰がお前に魔法の手解きをしたと思っているんだ。」
そうでした。わたしが使う魔法は全て師匠から教わったものでした。そしてわたしが使えるのであれば当然師匠にだって使えます。つまり、わたしが助けに自ら崖から落ちずとも師匠自らの手でどうにか出来たと言う事です。
今更その事に気付き、わたしは更に恥じて両手で自分の顔を覆い、師匠の顔を見れなくなりました。
「ったく…本当にお前は馬鹿者だよ…本当に。」
その時の師匠の顔がどんなものだったかは、終ぞ知る事はないのでしょう。
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