第10話 過去を告白する

 崖下まで落ちたわたし達でしたが、何とか無事で済みました。一息ついてから患者を治す為に薬草の事を思い出し、師匠に確認をしました。すると、師匠は手に持っていたものをわたしに見せました。それは見紛うことなき、今わたし達が求めていた薬草でした。


「ちょうどさっき引っ掛かっていた岩の所に生えていてな。お前が来たら浮遊魔法でお前に渡すつもりでいたんだよ。」

「えっ…わたしが来ると分かっていたんですか?」


 師匠が薬草を採りに家を出る時、確かに師匠はわたしに待つように言っていたハズです。


「お前の事だ。絶対に言いつけを破って私の後を追いかけて来ると思っていただけだ。」


 図星でした。

 わたしは確かに師匠に手ヒドく叱られ、心が折れたと言っても間違いありませんでした。しかし、そんなわたしの心に即座に湧いて出たのは、師匠の事でした。

 師匠は間違っていない。だからこそ怒るのも恨むのもお門違いで、そんな師匠にもしもの事があれば、それこそ何もしないでいたわたしの責任になります。


「…それに師匠がいなくなるのは、やっぱりイヤです。」

「…そうかい。」


 失敗して落ち込むのは当然であっても、ソレを引き摺って更に失敗を重ねれば、今回の二の舞となってしまいます。だからこそ、足が震えていても、涙で目が開けられなくても前に進みました。おかげで師匠を助ける事が出来、薬草も手に入りました。


「ともかく、師匠の治療を」

「馬鹿者が!私は良いから患者優先で動け!」

「いいえ!患者ももちろん、怪我人を放って置くわけにはいきません!師匠の事はわたしが運びます!」


 そう言い、抱えた師匠を両手で抱え直し、師匠が怪我をしているであろう背中に注意しつつ崖の上へと戻れる道へと出来得る限り速く、そしてゆっくりと歩きました。

 師匠を抱え歩く最中、わたしは自分が今日してしまった失敗が頭の中でぶり返す様に、何度も自分の行いと師匠の怒号が繰り返し響いてくる感じがしました。


「でも、今回は本当に失態でした。調合する薬草を誤り、あまつさえそれを気付かずに患者に飲ませようとしたなんて。」


 何度も自分の失敗が頭の中で鮮明に浮かび、分かっていてもソレを口にしてしまい、これでは師匠にくどいと叱られると思いましたが、それでも口から自然と漏れ出てしまいました。


「…寸前で止めて、事無き終えただろう。」

「でも。」


 珍しく師匠から慰めてもらうとは思いませんでした。しかし止めてのは師匠によるもので、わたしの意思ではありません。そうして自分自身を責めていると、師匠が言葉を続けました。


「良いじゃないか。…私の時はヒトを一人シなせた。いや、コロしてしまった。」


 突然の告白にわたしは歩みは止めませんでしたが、開いた口は塞がらず、何も言えませんでした。


「相手は有翼人の女でな。とても利発的でその頃の私の悪戯にも怖気づく事無く笑って対処する様なヒトだった。

 だがそんな彼女の唯一の欠点が病弱である事だった。

 ある日彼女は出産をしてな、随分と弱っていた所をわたしはただ元気づけようとして、妖精内で知られる強い魔法の力を宿した薬草を彼女に煎じて飲ませてやったんだ。

 その薬草が妖精以外の他種族には、強過ぎるあまり毒になると知らずにな。」


 淡々とした声色で話すその師匠は今まで見たことの無い表情をしており、わたしはそんな師匠をただ見て、時折足元を気にしつつ動く事しか出来ません。


「当時の私は酷く傲慢だった。他の妖精よりも永く生き、魔法の力も他よりも長け、自分には劣る所など無いと思いあがっていた。その結果、助けようとして逆に命を奪う結果となった。

 しかも、わたしは罪に問われる事や彼女の親族に罵倒される事を恐れてその場から逃げてしまった。彼女を検死した医者がヤブで、死因を衰弱死と決めつけたと聞いた時、私は憤りと同時に安堵を覚えてしまった。」


 淡々とした声色から、どこか堪える様な震える声と変わり、師匠は声を出すのを少し休むと、再び口を開きました。


「お前にあれだけ叱っておきながら、私が先に大きな失態を犯していたなど、とんだ師匠がいたものだな。…すまない。」


 最後は弱々しく言葉をしめて罪の告白を終え、師匠は大きく溜息を吐いて黙ってしまった。しかし怪我が痛むのか表情は未だ歪んでいた。

 思えば師匠が自分の話をするのは初めての事でした。そして初めてした話がまさかの内容でわたしはまだ驚きによる緊張で胸がドキドキしています。

 そんな話を聞き終えたわたしには、もう言いたい事が決まっていました。


「謝りましょう。」


 いきなり声を上げたわたしに師匠は体を跳ね上げて驚き、わたしを見ました。


「師匠は確かに悪い事をして、そこから逃げ出すと言う事をしてしまいました。そして師匠はその事を非常に悔いています。ずっとその意識を抱えて苦しんで来たでしょう。なら、もう十分です。

 後はし損ねた謝罪をすれば良いです!関係無いわたしが言えた事では無いですが、きっとその彼女のご家族だって、師匠の事を知らずとも、師匠が来るのを待っていると思います。」


 言いたいと思いましたが、上手く言葉にできた自信はありません。でも、今言っておかなくてはいけないと思った事は全て言えたと思います。


「…あぁ…そうだな。」


 師匠は静かに、わたしに聞こえるかどうかという程の声量で返事をしました。師匠は私の言葉を聞いてから、考え込みました。そしてまだ怪我が痛むのか、眉を強くひそめて何かを堪えている様子でした。


「さぁ、そうと決まれば早く治療をしなくては!あっでも先に患者が待っていますね。雨も弱まって来ましたし、少し速度を上げますよ?」


 師匠の返事を聞く前にわたしは歩く速度を速め、むらへと馳せ参じました。

 その最中、師匠が何かを呟いていたのに気付いていましたが、何を言ったのか聞かずにただ前を見て進みました。

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