南のむらにて

第8話 二の舞を踏む

 無知は恐ろしい。誰が言ったか忘れましたが、確かに覚えている言葉です。そして南のむらでの出来事で、わたしはその言葉を痛感するのです。


 その日は不幸続きでした。雨が降り、予定していた山への薬草採取が出来なくなり、わたしと師匠は久々に家の中の掃除をしておりました。提案したのはわたしです。


「師匠、薬草を摘んだり調合して新薬の研究をするのは良いです。でもその度に部屋を散らかして、しかも片づけをしないのはダメです!ですので、好い加減部屋を片したいので師匠にも動いてもらいます!」


 えぇーっ!と師匠は不満や文句を言いますが、今回はわたしに軍配が上がりました。棚も机の上も取っ散らかっていて、昨日書いた資料はどこへやったかと探し出した時点で師匠は逃れられません。

 こうして今日一日中掃除をするつもりでしたが、その掃除の最中にちょっとした事故が起きてしまいます。


「んげっ!」


 師匠の声で短い悲鳴が上がると共に、いくつもの物が落ちる音が聞こえ、わたしは片付けていた手を途中で止めて急ぎ音のする方へと駆け寄りました。


「師匠!どうしました!?」

「あーロジエ。一先ずコレをどかしてくれぇー。」


 声の出所に着て見れば師匠の姿は無く、代わりに棚の前にいくつもの本が乱雑に小さな山を築き上げ、その下の方から師匠の声がしました。師匠の声を聞いた瞬間、わたしは即座に山となった本をどかしていき、下敷きとなっていた師匠を救出しました。


「大丈夫ですか!?どこか痛む所は!?」

「あー…うん、大丈夫だ。しっかし、本棚を新調した方が良いな。もしくは増やすか。」


 聞けば、棚の中に並べられた本の整理をしようかと本を一冊取り出そうとしましたが、隣の本と密着していた為か隣り合うと本がくっついてきてそのままいっぺんに何冊もの本が雪崩の様に棚から出て来て、そのまま本に押し潰されてしまったとか。

 そうなってしまったのも、結局は師匠のせいでした。何冊も新しい本を仕入れては既に本が何冊も収まっている所に無理やり本をつめていった為に起きた事故でした。


「掃除、始めて正解でしたね。」

「ヤレヤレ…弟子のお前にそんな事を言われては」


 言い掛けて師匠は突如動きを止めて黙ったまま立ち尽くし出しました。一体どうしたのかと思い、話し掛けようとしたところを扉を叩く音に遮られてしまいました。


「すみません!賢者さまをおりますか!?」


 声の感じから、急用なのが直ぐに分かりました。わたしは師匠に本の片づけを任せて、扉を開けてお客さんの対応をしました。

 扉の先には年若い獣人男性が立っておりました。走って来たのか汗だくで、息を切らし肩を上下に動かして今にも貧血で倒れてしまいそうに見えました。

 わたしは男のヒトに椅子に座るよううながし、水の入った小さな容器を渡しました。そして男のヒトの呼吸が落ち着いてから、話を聞きだします。


「一体どのようなご用件で?」

「実は昨日から息子が熱を出して、なかなか熱が下がらなくて!」


 落ち着いていた所を男のヒトは再び荒げ出し、とても忙しなく言葉を続けました。


「むらの店で買った薬でも下がらなくて、一体どうしようかと思って!」

「ハイ、分かりました。急ぎ薬を調合してそちらの家に伺いましよう。」


 お客さんから依頼を聞き、直ぐに調合用の薬草をいくつかを見つくろい、片付けをしているハズの師匠の元へと駆けます。しかし師匠は片づけをしておらず、黙って何かを考え込んでいる様子でした。


「どうしましたか?師匠。」

「…いや、なんでもない。それよりも依頼だろう?サッサと支度しろよ。」


 師匠は言ってから立ち上がり、自身の支度を始めました。不安を抱きつつもわたしも支度をし、調合道具を纏めたカバンを持ちました。普段なら師匠が持ちますが、外が雨という事で代わりに持つ事になりました。おかげでわたし一人大荷物となり大変ですが、そこは仕方ありません。


 雨は変わらず周囲の草木を打ち付けて、地面を泥濘へと変えていき外の風景を見ているだけで鬱屈とした気分にさせられます。

 そんな気分の中で師匠を引き連れて行く形でむらに到着し、息子さんを看病していた母親に迎えられ、件の子どものいる家へと入りました。

 家に入り早速師匠と共に子どもの診察をしました。角を持った父親と比べて息子さんには角らしいものはまだ生えておらず、息苦しそうに呼吸をしており、汗をかいておりました。

 師匠が診た様子では命に係わる病気ではありませんでしたが、厄介な熱病なので薬の投与が必要だと師匠も判断しました。


「でしたら薬草もありますし、わたしが調合しますね。」


 まだ勉強中の身とは言え、この容体はわたしでも治せそうと思い、師匠が動く前にわたしは持って来ていた薬草を自分の荷物から出して、師匠の鞄に入れられていた道具を用意し別室で調合しようとすると、師匠に声を掛けられました。


「オイ。間違えるなよ?」

「大丈夫です!薬草も事前に揃えて入れておきましたし、手順も確認しました。」


 最近薬の調合はほとんど師匠ばかりがしていた事もあり、わたしも好い加減実践して経験を積みたいという気持ちが急いて駆け足で部屋を出ました。

 その時、師匠が眉を顰めてどこかいぶかしげな表情だったのをわたしは気付きませんでした。


 そして無事に薬を調合をし終え、わたしは患者が眠る部屋へと戻りました。


「薬が出来ました。粉ですので、飲みやすいように水に溶かして」


 言い掛け、水の入った容器に手を掛けた瞬間、師匠がわたしの方へと近寄り、わたしが持つ薬を一瞥しそしてわたしの頬を師匠がはたきました。

 師匠に叩かれ、そのまま床に膝をつきましたが作ったばかりの薬は床にばら撒かれました。

 突然の衝撃と光景に、わたしと患者の両親は驚いて体を強張らせました。


「っんの…バカもんが!何が確認しただ!貴様は患者を死なせる気か!?」


 言われてわたしはやっと思い出しました。

 わたしが調合した薬、その材料には熱冷ましである薬草を入れましたが、それがあくまで『人間に対して』の効果である事。そして他種族、特に獣人には毒として扱われていた事を。

 しかも相手は病気で弱った子どもです。そんな状態で少量でも口にしていたら、どうなっていたか想像するだけでも血の気が引いて行くのが自覚出来ました。

 出来上がった状態で粉状になっていてもさすがは師匠でした。直ぐにわたしが何を使ったかを瞬時に把握し止めに入る判断をしたのはさすがの目利きと言ったところでしょうか。


「随分と自信満々だったから、今回は任せられるかと思ったが…ハァ。お前は部屋を出て反省していろ。」


 そう言われ、わたしは叩かれた頬を押さえ俯いたまま部屋を出ました。師匠は患者の両親に失礼したと詫びをしてから調合に取り掛かりました。

 あぁ、わたしもご両親に詫びを入れてから部屋を出れば良かったです。しかし、とても戻ってそうしようとは思えず、わたしは頬の痛みとは違う別の痛みで静かに涙を流しました。

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