第6話 犯人を考える
師匠の後を追い、わたしは川沿いを走って師匠の後ろを着いて行きます。
「師匠!川に何かが混入したというのは分かりますが、一体何があるんですか!?」
師匠は診察をして何かに気付いたのは確かです。わたしは診察をする前に動き出した師匠を追いかける優先した為に、異変を調べる事が出来なかった。
「むらのヤツは臭いがすると言った。少なくとも自分らが生活する上で使う大事に水に今更ゴミなんか捨てる様なヤツはいないだろう。
この川の上流にだって毒になる様な草も生えていない。もしそうだったらとっくの昔に被害が出ている。」
「では、川の上流で何者かが意図的に毒物の混入を?何を目的にそんな事を?」
「ソレを確かめに行く。」
師匠はわたしの方へ向く事も無く話をしました。早く動いたのも原因を早く断って、これ以上の被害を防ぐ為なのでしょう。どうやら行き先は決まっており、何か目途がついている様子でした。わたしにはまだ何も判らない状態でしたので、師匠に従う他ありません。
そうして師匠と共に森の奥へと進んで行くと、開けて日が当たる場所に出ました。草が生えているだけで何も無いように見えましたが、よく見れば何かがこの場所で活動していた痕跡がありました。
「ココは一体何ですか?」
聞きますが師匠はわたしに何の返事もせずに、その森の中の開けた場所に向かって息を吸い込み、吐きます。
「出てこい!出て来ねぇと尻尾切って売り飛ばすぞ!」
森の中で響く師匠の怒号に、わたしは驚愕により体を震わせ棒立ちになりました。そうしてわたしが驚いている中、草むらから何かが出て来る音が聞こえてきました。
「わーわー!止めてください!しっぽを切るのだけはかんべんしてくださいよー!」
草むらから聞こえた声と共に出てきたのは見たことの無い動物だった。目に下に
「師匠、この方々は?」
「あぁ、お前には挨拶する様言っておくのを忘れていたな。
先週からこの森に引っ越してきたタヌキの親子だ。」
狸!聞いた事のある名前でした。確か東北の土地に生息する犬の仲間だったハズです。その狸が何故この森にいるのでしょうか。師匠の方は忘れていたようですが、何やらその事情を知っている様子ですが。その前に挨拶をしておかねばいけません。
「どうも初めまして。こちらの弟子をさせてもらっています、ロジエを申します。」
「あっ!失礼、私、もうご存知ですが狸です。名前はありませんので、お好きな様に呼んでください。」
挨拶はそこそこに済ませ、師匠が本題に入ります。
「オイごるぁお前、正直に言え!しらばっくれたりウソついたら尻尾裂くぞ。」
「ひぃい!切られると言われるよりも表現が恐ろしい!」
そんなに変わらないと思いましたが、何やら師匠がお怒りの様子なので、事情の分かっていないわたしは少しでも師匠を宥めようと後ろから落ち着いて声を掛けました。全然聞いてはくれませんでしたが。
「お前ら、キチンと掃除をしてるな?」
「はっはい!言われた通り、糞もきちんと決まった場所に臭いが漂わない様土を深く掘って埋めております!」
「…本当だな?」
「はいっ!息子や娘らにもきちんと守らせております!」
親であろう大きな狸の言葉に後ろで控えている小さな狸達も声を出して反応しました。どうやら親子揃って師匠の言いつけとやらを守っている様子です。
「…だよなぁ!しかし、確かに
師匠はただ確認をとっただけで、狸の親子を疑っていたワケでは無い様でした。しかし実際に被害が出て患者もいます。確かにそれでは川に糞が混じったと思うでしょう。それは師匠が確認を取りに来るワケです。
「そっそんな!確かに糞はちゃんと埋めています!私ども狸の糞は皆様には臭いが強いとは来ていますから、賢者様に言われる以前から糞の後始末は入念にしております!」
必死に
師匠は狸にその糞を始末している場所に案内する言い、狸は
案内された場所は更に森の奥、長く伸びた草や木の葉に隠れるようにしてその場所はありました。地面を見れば狸の足跡が残っており、ここで用を足している事が見て判ります。
「とてもヒト様に見せれる場所ではありませんが、この辺りなら他の動物の臭いもしませんし、ヒトもここまでは歩いて来る事も無いので、子どもらにもしっかりと覚えさせました。」
他人に自分が手洗いする場所を案内するのは、とても自慢出来ない事なのは互いに重々理解しており、これも今回の事も会っての事だという事も分かっていますが、矢張り気乗りはしません。
そんな風にわたしが考えている間にも、師匠は何やら更に奥側の方の草むらを漁っていました。そして何かを見つけたらしく、立ち上がり何かを考え込んでいる様子でした。
「オイ、タヌキ。ここに来る前に『尾行』されたか?」
「えっそんな事…無いと思いますが。」
一瞬妙な間が開きました。その微少な違和感が師匠が疑うには十分なものでした。師匠は大きく溜息を吐きます。
「どうやら、コイツらは『そういう』収集家へと献上品として目を付けられたらしいな。」
「えっ…ソレって、『密猟』ってことですか!?」
師匠が言いたいのは恐らく、狸と言うこの辺りでは見ない動物の毛皮目当てで違法で狩りをするヒトがいるかもしれない、という事らしいです。
しかし、それが今回の川の水の件と何か関係があるのでしょうか?そう疑問に思ったらわたしへ、師匠が仮説を立てました。
「確かに無暗に動物を狩ったり、無害且つ希少な動物に手を掛けるのも違法の内だ。だが、ヒトに害を与えた動物に対してはいくつか例外がある。
つまり、害獣退治と称してこいつらは嵌められた可能性がある、という事だ。」
そう言い、狸親子に指をさして言いました。何という事でしょう。密猟者は無害な動物の親子に川への異物混入の罪を擦り付けて、害獣とされてしまった狸達を狩ろうとしていると言うのです。
「ソレは本当ですか!?」
「あくまで仮説だ。だが、草むらを掻き分けてよっく見ても素人じゃ気付かない、足跡が消された跡が残ってた。動物に気配を悟られぬ様かなり訓練を積んだ猟師がここに来たのは確かだ。
そんな猟師が西のむらにくる予定なんぞ聞いた事無い。むらのヤツらにもこの親子が事は伝えてあるし、無害な事も知っているハズだから、むらの誰かが害獣と勘違い、何て事も考えられん。」
そこまで聞くと、最早師匠の仮説は仮説ではなくほぼ確定と言えます。そうなれば、それはとても卑怯で許されません。
ただ狩りをする為にあらゆる手段を用いるのは猟師であっても限度がありますし、何よりもここに来たとされる猟師がしたのは、関係の無いむらのヒトへ危害を加えると言う事です。
「狸の生息地とされる東の方じゃ、狩りに関しては厳しく規制されているからな。狸自身も土地に生き辛さを感じて余所に移り棲むヤツもいるらしいが、その外に逃げたヤツを追って、狩りの規制が緩いこの場所に目をつけたんだろうな。」
狸やその周囲の事情を知る師匠は、思ったことをそのまま口にしますが、それを聞いて狸の親子は気まずい表情になりました。
「すみません。私たちが余所からここに来たせいで、こんな事になってしまって。」
「アナタ達は悪くありません!」
わたしは力強く、狸に向かって怒鳴る様にして言って聞ませます。狸はわたしの大声に驚き、体を跳ね上げますが、わたしは声を出す事を続けます。
「あなた達がここに棲むという事に何の罪もありません!それもあなた達がより良い生活を送るためというなら、ソレを罪と言ったら大半のヒトがソレに該当してしまいます!
むしろ、そう思う事こそ相手の思うつぼです!何も悪い事をしていないと言うなら、もっと堂々としているべきです!わたしと師匠が居ます!誰かに何かを言われても気にせず、どうぞわたし達に頼ってください!」
わたしの言葉を聞いた狸は、まだ驚きの余韻が残っていましたが、しかし言葉が届いたのでしょう。狸はゆっくりと頷き、わたし達に視線を送ります。その目には先ほど感じた弱々しさ、たどたどしさは感じられません。
「ありがとうございます。そうですね、悪い事をしていないのに何か言って来るなんて、そっちの方がおかしいです。これからもここで子ども二匹、先立った妻の為ににも、頑張っていこうと思います!」
元気が良くなり、狸の親子は一先ず大丈夫だと思っていると、頭に強い衝撃を喰らいました。その衝撃を喰らわせてきたのは、言わずもがな師匠でした。
「自分から説教をしておいて、私の名を勝手に使うとは良い度胸じゃないか?しかも私の力を勝手に助力させようとまでして?」
「勝手な発言をしてしまい、誠に申し訳ございませんでした。」
条件反射でわたしは深々と師匠に対して詫びをしました。こういう時の師匠はとても扱いが難しいので、丁重に謝罪をしなければ後が怖いのです。
「…まぁ、あのヘタレ狸には丁度良い喝になっただろうさ。
それよりも、さっきの話はまだ仮説のままだ。本当に狸の親子を狙っている猟師自体いるか分からない。」
「そこなんですよね。師匠の見つけた痕跡だってわたしにも見て判りませんでしたし、むらのヒトにはどう説明いたしましょうか?」
そもそもむらの住民からは『倒れたむらの住民の治療をしてほしい』と頼まれただけなので、川の水に異物を入れてむらの住民に害を及ぼした犯人という存在はそもそもむらの住民は求めていないし、報せる必要は無い。
むらの住民を安心させたいと言うなら原因を断ち、コレ以上の被害を防いで二度と被害が及ばぬ事を報せればそれで終わる。
しかし、そんなワケにはいかないし、そういう問題ではない。師匠も同じ気持ちだろう。
「そういうワケだ。ロジエ、『今晩』ここで張るぞ。」
「ハイ!…えっ夜、ですか?」
「当たり前だろう?」
当たり前だと師匠はあっけらかんにわたしに言った。
それは当然だろう。しかし、夜ですか。…不安で緊張してきました。
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