西のむらにて

第5話 急患を診る

 その急患の依頼が来たのは日が昇ってから少し経った朝の事だった。家の中からでも分かるほどの大きな足音が扉の外から聞こえてきた。何事かとわたしが扉を開ける前に、先に音の出所の方から扉を開けて入って来ました。


「賢者さま!いますか!?」

やかましい!埃が立つ!」

「あばっ!」


 勢いよく扉を開けて入ってきた来客に対して、師匠は遠慮なく腹に鋭い足技を繰り出した。来客は突然に蹴りに対応出来ず家の外まで吹き飛ばされてしまった。


「師匠ー!?お客さん蹴ったらダメですよ!」

うるさい。ノックもせずに調合中の所をバタバタと揺らされたら失敗するわ、そもそも薬がダメになるわで迷惑千万だ!」


 知ってはいますが、師匠は薬に関わる事は特に厳しく、一度失敗をするだけでも直ぐに不機嫌になってしまいます。

 倒れた来客の方を支えつつ、わたしは師匠に代わって来客の方に謝罪をします。一方の師匠は一応の来客という事で調合の道具やらを片付けています。


「来て下さったのに、突然痛い思いをさせてしまい申し訳ございません。師匠に代わってわたしが深くお詫び申し上げます。」

「…あぁいや、こちらも薬の調合の邪魔をしてしまい申し訳ない。」


 明らかに師匠の方に非があるハズなのに、お客さんはこちらに非があったと謝罪をしてくれた。何て律儀で謙虚な方なんでしょう。

 しかし、今はお客さんを褒めたり謝っている場合ではありません。お客さんは急患を報せに来たのです。急いで支度をして向かわねばいけません。見れば師匠は片付けの他に出かける支度も済ませていました。


「何をしてるんだ。サッサと支度しろよ。」


 師匠の言い方に引っ掛かるものを感じましたが、わたしも支度を済ませ、患者のいるという西のむらへと向かいます。


 西のむらには大きな川が流れており、むらのヒトは川の水を生活水として利用しています。しかし今回、その生活水として使っている川の水に異常が起こったとの事です。

 むらに到着し、案内された小屋には多くの住民が腹を押さえて呻き声を出して横になっておりました。


「…ヒドイな。」


 様々な症状を見てきた師匠さえも苦悶の表情を見せていました。見ただけでも十名以上が中毒による症状を訴え、無事だったむらのヒトからの証言で倒れた者達は皆休憩中に飲み物を飲んだ直後にこの様な状態になってしまったと言います。


「私達は畑に残って片づけをしていて、休憩するのを後回しにしていたんです。でも、戻って先に休憩している皆の所に行くと。」

「こうなっていたと。…ったく、後回しにせず休憩は小まめにしろと言ったろ…と言いたいが、しなかったおかげで助かったのだと言うなら皮肉だな。」


 畑仕事をした後は皆が決まって先のんでおいた川の水を使いお茶を入れて飲むらしく、今朝も汲んだばかりの水を皆に配っていたらしいです。

 まさかお茶が古くなったのかと最初むらの住民も疑ったが、袋は開けたばかりの物でそのハズは無いと言います。次に疑ったのが水そのものでした。


「水だって今朝汲んだばかりで、いつも汲んでいる場所で汲んだ水なのですが、さっき水の臭いを嗅いでみたんですが、何やら少し臭った…ような?」


 お茶は香りが特徴の物で心を安らがせる効果のあるもの故、お茶の方の臭いを噛んでも気付かなかった。なので汲み上げた水の方の臭いを嗅ぎ、気付いたとの事です。

 むらのヒトの話を聞き、聞き耳を立てながら先に診察をしていた師匠は眉間にシワを寄せて何かを考え込むと、持って来た薬草で手早く薬を煎じるとむらのヒト達に渡します。


「…直ぐに出るぞ。

 薬は人数分ある。飲み方は知っているな?飲ませたら安静にし、お前らも絶対に川の水にも汲んだ水にも触れるなよ!っと言うか汲んだ水は捨てろ!土にでも撒いて消毒薬を上からかけとけ!」


 言いながら指をさし、颯爽と飛んで外へと飛び出してしまいました。

 わたしは何かに気付いたであろう師匠に話を聞こうとしましたが、師匠は勢い良く飛んで行ってしまい、そのまま川の上流の方へと行ってしまいました。

 突然の事でわたしもむらのヒト達も動揺しましたが、わたしは急ぎ師匠の後を追います。そして残されたむらのヒト達は茫然とわたし達を見送るだけしか出来ませんでした。

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