手の目(3)
空が遠くなってからというものの、というか地面が沈まなかっただけの幸運な特権階級気取りの土地が邪魔をして、沈んだ地区は終日薄暗い雰囲気を醸し出している。
歌舞伎町といえども、夜明け過ぎは比較的さわやかだったのを覚えている。それが肥溜めに落ちてる未開封のサイダーくらいの疑義あるさわやかさだとしても、ほんのわずかな清涼感はあったはずだ。朝は誰にでも平等だった。
今や日照権でさえ理不尽に奪われて。
嫌になるよね全くね。
10年前の大暴動で街はすっかり様変わりして、元々スラム予備軍だった街並みは本物のそれに進化した。どこもかしこもボロボロで、掘立て小屋で、ツギハギだらけ。それでもなんとなくまとまって見えるのは、敗北感と復讐心でムードが統一されているからだろうか。
ゴールデン街から一番街のほうへ。目的地は映画館ビルの裏手にある。
道路のそこかしこで人が座り込んでいる。家がなかったり、お金がなかったり、仕事がなかったり。あそこまで落ちることができれば、と思わないこともない。中途半端が一番、厄介だ。
殴り合いの喧嘩にヤジを飛ばしながら、一帯でも一際古ぼけたビルに入った。ロビーから階段を降りて地下へ。
見張りの黒服がきつい目で睨んできた。
「未成年は帰んな」
「こう見えて21なんだよ」
22歳とか、25歳までサバを読むこともある。胸を張っていれば意外と押し通せるものだ。
「IDは?」今回はダメらしい。「居住許可証、職業証明書、薬物購入許可証。なんでもいい」
黒服の真正面に立った。お互いに首根っこを掴める距離。僕は背が足りなくて、無理かもしれないけど。
「どれもやらないんだ。風来のギャンブラーなんでね」
「ガキは帰んな」
「仕方ない。今日は大人しく帰るよ……ところで、もし僕が無理やり入ろうとしたらどうするつもりだったの?」
「無理やり放り出すな」
「その腕っ節で?」
「腕以外にも、もっと怖いもんでお前を脅したっていい」
「嫌だなぁ」
背中か、腰か。ふっ、と体の力を抜いて黒服に倒れかかる。僕に迫り来る拳を避け、黒服のジャケットの中に手を入れる。自慢の怖いもの、みっけ。
どこに隠していても、見えてれば簡単に取れちゃうよね。
「通して」
黒服の間合いから出て、銃口を向ける。
「……覚えてろよ」
黒服がドアから離れる。間合いはそのまま、僕たちは円を書くように動いて、位置を入れ替えた。
後手でドアを開ける。隙間から、中の歓声が漏れ出てきた。
「これは返すよ」
拳銃を投げ、さっと体を中に滑り込ませた。
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