溺愛ヒロインの彼女は、脇役の僕を主人公に仕立て上げたくて仕方がないらしい。

こばなし

脇役モブ少年、和気躍太の憂鬱。

「ああ、信号無視のトラックが!」


 道行く人の声に振り向くと、青信号をわたる女子高生が今にも跳ねられそうになっていた。

 当の本人は通話しながら歩いていて気付く様子は無い。

 まずい、このままでは人命が失われてしまう。

 迷っている場合ではない。今すぐに駆け出して、おばあさんを助けなきゃ。


 ……なんて、普通の主人公なら跳び出していくのだろう。


 けれども僕、和気躍太わきやくたはそんなことはしない。

 僕が歩むのは絶対的脇役道。演劇部としての活動に人生をかけている僕は、主人公を際立たせる役として私生活でも徹底した脇役に徹するという鉄の掟を自らに架している。


 そんな僕が今ここで跳び出したらどうなるか。聡明なライトノベル読者でなくても自明の理のはずだ。


 この状況を構成するもの。

 1、信号無視のトラック。

 2、女子高生。

 これだけでもうこの後どうなるか予想がつく。


 異世界に転生するか、ラブコメ展開に発展するかのどちらかだ。そんなこと主人公を引き立てるための存在でしかないこの僕に許されるはずがない。


 やれることはただひとつ。大声を上げて注意をうながす通行人Bとして役割を果たすこと。


「危ないぞ、誰か!」


 こう叫びでもすれば主人公がどこからか颯爽と現れ彼女を救ってくれるだろう。

 しかし見回しても誰も動く気配がない。

 代わりに感じるのは嫌味な視線。まるで「お前が行けよ」と言わんばかりの。


「……くっそ、」


 もう時間はない。トラックは無慈悲にも女子高生を跳ね飛ばそうとしている。とりあえずここは僕が行くしかない。


 脇役を演じるために磨きぬいた肉体がうなりを上げる。蹴った衝撃でアスファルトの地面がぼこりと砕け、人混みを縫うように音速で移動し、またたく間に横断歩道を駆け抜けた。


 すたっ、と横断歩道の向こうに着地し、両腕で感じる人肌の温もりに安堵する。どうやら無事らしい。しかし何というか、やけに柔らかい感触――


「……!」


 きょとんとした表情の女子高生に視線を落とす。刹那、焦燥感が僕の全身を駆け巡った。


 音速で駆け抜けた衝撃からか、彼女の衣服はやぶけ、あられもない姿となっていた。僕の手は彼女の肌に直に触れてしまっている。左手は豊かな胸に、右手はほどよくむっちりとした太ももに。


 これはもう「どうしてそうなる!?」が読者ニーズによって正当化される典型的なラブコメ展開としか言いようがない。


 ここで残された選択肢は限られる。

 1、上着を脱いで彼女の身体を隠す。

 2、再び高速で動き人気のない裏路地へ連れていく。

 ちっ。どちらにせよ主人公ルートじゃないか。僕の脇役人生はこれで終わりなのか――


 ……いや、まだだ。

 これまでに主人公らしき人物は現れていない。

 だとすれば僕の腕に抱かれるこの女子高生こそが物語の主人公という可能性が高い。


 そう、彼女こそがこの物語の主人公ヒロインだったのだ。


「やっと見つけたよ。君だね? 女神さまに選ばれし者は」


 そして僕は女神の使い。異世界の女神から派遣され、勇者たりえる人物を現世から連れ出すための。これならまだモブにとどまれる。このまま女神の元へ連れて行って役割終了。そうだ、そうに違いない。女神のとことか行き方知らんけど。


「……ちがうよ?」


 やっぱ違うかあ。というか、なんだこの女子高生。トラックにひかれかけ、さらには全裸同然のあられもない姿であるにもかかわらずほとんど表情が変わらない。


 対して僕はもうどうしていいのか分からずに頭が真っ白だ。もうどんな表情をすればいいのかも分からない。冷や汗が止まらない。


 脇役、失格だ。


 そんな僕をくすくすと笑う声。その主は他でもない、僕の腕に抱かれたままの女子高生だった。


「女神さまは選ばない。選ぶのは私。選ばれたのは、あ・な・た」


 彼女は言うや口の端を上げ、不敵に微笑んだ。

 同時に後ろからパアアアアというクラクションが聞こえる。


「なっ――――」


 次の瞬間、僕の身体は女子高生もろとも吹き飛ばされた。


 うすれゆく意識の中、最後に沸いて出たのは”驚き”という感情。


「二台目の暴走トラック、だ……と……」







「ファッ!?」


 被っていた布団をがばあっと押しのける。はあはあと乱れた息を整え、周囲を見渡した。


「なんだ、夢か……」


 ずいぶんと懐かしい夢だった。

 そして今目の前に広がるのは、夢みたいではあるが、今やすっかり見慣れてしまった光景である。


 中世ヨーロッパを彷彿させる室内。立てかけられた聖剣。立派な鎧。それから――


「おはよう。ずいぶんうなされていたわね」


 扉を開けて入ってくる例の女子高生、もとい、聖女ユリナ。


「……おはよう、ユリナ」


「あら。なんだか不機嫌そうね?」


「君にうなされていたようなものだからな」


 夢の内容がフラッシュバックする。

 あの日、トラックにはねとばされてこの世界に転生した。


 それからというもの一緒に転生してきた彼女にそそのかされ、パーティを作り、魔王軍と激闘を繰り広げ……つい先日、魔王を撃破したのだ。


 さらに現在はユリナとは結婚し、新婚スローライフを満喫中である。


「ふうん。私の夢でも見た? 昨日はちょっと激しすぎたかな? なんてね」


 言うや彼女は僕のとなりに寝そべり、いたずらな笑みを浮かべる。僕は大きく空いた胸元から目をそらしつつ、昨夜の夢の内容を説明した。


「――へえ。それはまだずいぶんと懐かしい」


「だろう。でもまあ、なんで君はそこまでして僕を追っかけてきたんだい?」


「えへへ。やっくんが私のヒーローだったからだよ」


 言いながら彼女は僕の胸板にとびつき、顔をうずめた。


 彼女の正体は、昔一緒に暮らしていた猫だった。彼女はもともとこの世界で聖女として活躍していた。が、追放されなんやかんやで僕の元居た世界へ猫として転生したのである。


「あの時、行く当てもなかった私を助けてくれて、たくさんお世話してくれた」


 僕は猫だった彼女を拾い、家で育てた。家族同然に同じ時間を過ごしたのだ。猫としての天寿を全うするまで。


「その間にやっくんが努力する姿も、人知れず誰かを助けてしまう姿もたくさん見てきたの。私は、そんなやっくんに主人公になって欲しかったの!」


「だからって女子高生の姿に転生して、無理やり異世界に連れて来るなんて飛んだもの好きだと思うが」


 猫としての天寿を全うした後、彼女は聖女の力で女子高生としてよみがえり、僕をこの世界へ招き入れた。


「そうかなあ。でも、そういう物語があったっていいじゃないっ。ふだんは目立たないけどその人のお陰で助かってる人がたくさんいて。そういう人にスポットライトが当たるような物語がね」


「過大評価だよ」


 彼女はそう言ってくれているが、僕としては脇役を演じ切りたかっただけ。だから隠れた努力も人助けも、我欲と切り離された祈りでもなんでもなかった。ただ仕方なくやっていただけなのだ。


「やっくんはいっつもそう言う」


 ユリナは僕を叱るようにして強く抱きしめてくる。いろいろなものの重みが僕にのしかかる……。


「誰だって、自分の人生の主人公という役割からは逃れられないんだし」


「でも、僕は脇役を――」


「ああ、もううるさい!」


 彼女はやけになって僕の口を無理やりに塞いできた。くちびるで。


「誰かがやっくんのことを脇役って言ったって、私にとってやっくんは主人公で勇者様で旦那様なんだから!」


 スイッチが入ってしまったユリナは止められない。僕はまたたく間に身ぐるみを剝がされていく。


「な、なあ、まだ朝」


「昨日よりも激しくいくよ」


 抵抗虚しくベッドに押し倒され、僕は再び彼女に貪られる羽目になってしまった。


「やっくん、だーいしゅき♡」


 主人公も悪くない。


 彼女の勢いに押し負けながらも、そう思ってしまう僕なのであった。


<了>

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溺愛ヒロインの彼女は、脇役の僕を主人公に仕立て上げたくて仕方がないらしい。 こばなし @anima369

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