第21話 あなた頭は大丈夫?

 日葵ひまり陽向ひなたの言葉に首を傾げながら、彼の背後に視線を移す。けれど、周囲は特に変わった様子もなく、いつもと変わりない屋上の風景。これを不思議に思う彼女は、辺りを見回しながら呟いてみせる。



「何も…………いないわよ?」

「あれ? どこに行った、あの野郎」


(ちゅぅ……どこに行ったじゃないよ、話が違うじゃないか)


 秘密であると念を押していたにも拘らず、陽向ひなたはいとも簡単に約束を反故ほごしてしまう。だからといって、この件がバレてしまっても、二人の関係は今まで通りかも知れない。しかし、今後の事ともなれば話は別。接触は最低限に抑えなければ、未来は大きく変化するに違いない。


 よって、本人同士が自然に意識し合わない限り、陽日はるひの思惑は失敗に終わってしまうだろう。ゆえに、慎重な計画が必要とされ、内密に物事を進めていたというわけだ。


「おかしいなぁ……? ついさっきまで、ここにいたんだぜ」

「ここにいた?」


「ああ、これぐらいの小さなネズミがな」

「あのさぁ、陽向ひなた。もしかしてだけど、ネズミと喋っていたんじゃないわよね?」


 身振り手振りで状況を説明し、ネズミの大きさを表現してみせる陽向ひなた。この言葉に、日葵ひまりは頬を引き攣らせながら、哀れみの表情を浮かべ問いかける。


「んっ、そうだけど?」

「えっと……確かにね、学年トップを維持するのは大変だと思うわ。でもね、偶には頭も休めないと駄目よ」


 日葵ひまりは優しく諭すように、陽向ひなたに語りかける。どうやら、ネズミと会話をしていた奇行きこうに対して、頭がおかしくなったと勘違いしているようだ。


「それって、どういう意味だ?」

「どういう意味って…………つまり、あれよ、あれ」


「あれ?」

「ほら、陽向ひなたって、いつも勉強ばかりしてるでしょ。だから気分転換に、何処かへ行ってみたらどう?」


 いまいち場の雰囲気を理解していないのだろう。陽向ひなたはオウム返しのように呟くと、日葵は心配そうに問いかける。


「気分転換って言ってもなぁ……俺のいくとこっていったら、最近見つけた喫茶店しかないぞ」

「喫茶店…………?」


「なんだ、知ってるのか?」

「いっ、いいえ、何も知らないわ」


(ちゅぅ? どうしたんだ母さんは、なんか動揺してるみたいだけど)


 問いかけられた言葉に対して、日葵ひまりは慌てた素振りで否定してみせた。ところが、その落ち着きのなさは不自然であり、明らかに取り繕っている様子。これには、さすがの陽向ひなたも訝しげな表情を浮かべていた。


 というのも、二人が通う学校の近くに喫茶店はなく、わざわざ遠出をしなければ辿り着くことは出来なかった。加えて、場所が霊園前というだけあって、知っている者は限られていたからだ。


(ちゅぅ……これは何か隠しているな)


「そっ、その話はもういいから、喫茶店以外に行きたいところはないの? 海とか山とか、少し遠出をすればあるでしょ」

「う…………ん。特にないかな?」


(ちゅぅ、ないのかよ! 父さんのことは話で聞いていたけど、どんだけ陰キャラなんだ? なんか、だんだん母さんが気の毒に思えきたよ……)


 陽向ひなたは腕を組み、深く考え込んだ末の答えが残念なひと言。せっかく日葵ひまりが選択肢を与えてみても、当の本人は喫茶店以外に行きたい場所がないらしい。


「じゃあさぁ、陽向ひなたさえ良ければ、この夏休みは一緒に海水浴でも行ってみない?」

「海水浴かぁ? まあ、どうしてもって言うなら、俺は別にいいけど。ただ、日に焼けるのがなぁ……」


(ちゅぅ。何だよ、日に焼けるのが嫌って? せっかく母さんが誘ってくれてるというのに、まるで妄想好きの女子だな)


 裾から少しばかり頭を覗かせた陽日はるひは、イラッとしながら思わずツッコミを入れてしまう。


「そのことだったら、心配しなくても大丈夫よ」

「大丈夫? っていうか、今やってるバイトはどうすんだ?」


「今のバイトはね、夏休みの期間だけ休みをもらうつもり。だって、海水浴の方が高いんだもん」

「高い?」


「ふふっ、何でもないわ。到着してからのお楽しみよ」

「そっ、そうかぁ…………」


 日葵ひまりは意味深な言葉を呟きながら、唇に人差し指を押し当て微笑んで魅せる。その素振りは何かを企む子供のようでもあり、色気を漂わせ誘惑している風にも窺えた。そんな姿に思わず見惚れてしまったのか、陽向ひなたは頬を赤らめ言葉を詰まらせた…………。

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