第20話 これって、無理ゲーじゃないのか?

 日葵ひまりの問いかけに対して、少しムッとした表情を浮かべる陽向ひなた。このやり取りを見ていた陽日はるひは、傍観しながら作戦を練る。しかし、一向に答えが出せず、顔つきはどこか浮かない様子。仲を深めなければならないはずが、顔を合わせた二人は言い争いを始めていた。


 想いは同じであるというのに、すぐに正反対なことを口にしてしまう。それはまるで、好きな子に『ブスやゲス』と言っているような子供の喧嘩。どちらも負けず嫌いであるため、仲直りをする気配など全くなかった。


 とはいえ、夫婦喧嘩は犬も食わないだけあって、こうした口論は一時的なもの。暫くすれば、二人の仲は元通りにはなるのだが……。けれど、今の関係では何も変わらず、行く末は決まっていた。というのも、この先に待ち構えるものは、陽日はるひにしか見えない未来。大きな障害を乗り越えなければ、同じことの繰り返しになるであろう。


 だからといって、必要以上に結びつける意図とはなにか。たしかに、回避はできないものの、いずれ結婚するのは分かりきっていた。しかしながら、陽日はるひが思い描く理想の姿からしてみれば、30歳を過ぎてからの交際では遅すぎるのだ。


 なぜなら、高校時代の間柄というのは、幼馴染から進展はなく親友同士のまま。お互い好意は抱いていたが、別々の相手と付き合っていたらしい。よって、陽向ひなた日葵ひまりが再会したのは、三十路みそじを迎えた同窓会の席。ここで偶然にも出くわした二人は、初婚すらしていない独身貴族。


 このような事から、幼馴染ということもあり、すぐに打ち解け意気投合。これにより、酒が入っていたこともあるのか、過去を懐かしむように心の内を明かす。こうして、初めて知り得たお互いの気持ち。二人の距離は徐々に縮まり、めでたくゴールインとなる。


 ゆえに、晩婚ではあったものの、家族三人で幸せな家庭を築いていた。ところが、運命とは皮肉なもので、時に残酷な導きを指示さししめしてしまう。それが陽日はるひに与えられた不幸の連鎖。だからこそ、全ての因果を断ち切り、未来を変える必要があった。


 だが、二人の様子を窺えば、のんきに口喧嘩。まさに、知らぬが仏とは、この事をいっているのであろう……。



「じゃあ、なにか。日葵ひまりは、俺が全部悪いっていうのか?」

「当たり前じゃない! 陽向ひなたが私を無視したから、こんなことになってるんでしょ」


「無視って、 それは日葵ひまりの勘違いだろ」

「はあ? 何が私の勘違いだと言うのよ!」


 陽向ひなたが苛立ちながら反論すると、日葵ひまりはすかさず言い返す。


(ちゅぅ……今の関係を結びつけるのって、無理ゲーじゃないのか?)


 二人のいがみ合いを見ながら、陽日はるひは呆れ顔で溜息を漏らす。そもそも、喧嘩の発端というのは、日葵ひまり陽向ひなたに言った些細な言葉。どうしたら、ここまで話が大きくなるのであろうか。


「いや、だからだなぁ……」

「なに? よく聞こえないわ、ハッキリ言いなさいよ!」


「ハッキリって、言われてもなぁ……日葵ひまりは信じないかも知れないだろ」

「信じるも信じないも、言わなきゃ分からないでしょ!」


 日葵ひまりは苛立った口調で、陽向ひなたに詰め寄る。どうやら、彼女の怒りの沸点は限界を突破しているようだ。


「だったら話すけど。さっきはな、日葵ひまりを無視したんじゃなくて、こいつと喋ってたからなんだよ」

「こいつ?」


(ちゅぅ――⁉ それ言っちゃ駄目だろう)


 日葵ひまりに詳しい事情を説明するため、陽向ひなたは振り返りネズミを指差そうとした。すると、これを聞いていた陽日はるひは、慌ててズボンの裾に忍び込む。


(ちゅぅ……父さん以外の人とは、秘密だって言ったよな。――ったく、どんだけ情けないんだよ)


 ネズミと会話をしていたことは、第三者に知られないように約束を交わしていたはず。にもかかわらず、日葵ひまりの剣幕に圧倒され、あっさり口を滑らせてしまう陽向ひなた。そんな様子に、陽日はるひは身を隠しながら残念そうに呟いた…………。

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