第19話 ようやく、役者は揃った。 

 陽向ひなたが通う学校は、勉学に重きを置く進学校。それゆえ、授業の質も高くランク制度により、生徒の自主性を重んじる校風であった。とはいえ、全てが自由という訳ではない。例えば、服装については厳しく定められており、は着用することが出来なかった。


 これは学生としての相応しい身なりをするためで、疎かにすればの対象にもなり得る。また成績不振な場合においては、補習を受けることが義務付けられていた。従って、平均点以下は改めて試験を受けなければならない。


 その中で最も過酷なのが、再試においての赤点。これを3繰り返せば、容赦なく留年が確定。同じく、出席日数が足りなくても、このような処置が下される。よって、こうした環境の中で、日葵ひまりは二位の成績を修めていたというのだ。


 すなわち、学年でもトップクラスの頭脳を持っていることの証明にもなる。けれど、日葵ひまりが学業に励んでいる事情は他にあった。それは陽向ひなたと同じクラスになることを望み、共にいる時間を増やすためのもの。このような理由から、彼女は陰ながら努力をしていたらしい。


 そんな思い出の話を、母親の日葵ひまりから聞かされていた陽日はるひ。二人の秘めた想いは、同じであると知っていた。では何故、気持ちを伝え合うことが出来ないのか。それは幼馴染という間柄でもあり、今まで親友のように過ごしてきたからだろう。


 恋愛に関しては臆病で不器用、お互いの関係を壊したくなかったに違いない。こうした想いもあってか、日葵ひまりは気持ちを悟られないよう、いつも陽向ひなたをからかって遊んでいたという……。



「それは悪かったわね。けど、10点もじゃなくて、10点しかでしょ」

「10点しか? おいおい、どんな屁理屈だよ。普通はな、学年一位と二位の点数差っていったら3点以内だぜ。言ってる意味おかしくないか?」


 陽向ひなたの指摘は、もっともな内容である。しかし、この反応に納得いかないのか、日葵ひまりは少し唇を尖らせ呟いて魅せる。


「やだやだ、ほんと細かい男って嫌よね。順位のことしか頭にないんだから。もっと他のことにも、気持ちを察して欲しいものだわ」

「他のこと? ――っていうか、嫌ならこの手、さっさとどけろよ」


 日葵ひまりは両目を隠したまま、背後から抱き着くような姿勢で問いかけていた。けれど、その感触や温もりを感じる余裕もなく、陽向ひなたは素っ気ない態度で振りほどこうとする。さすが、鈍感・コミュ障・陰キャのトリプルコンボが炸裂し、まったくもって意図を理解していないようだ。


 一方の陽日はるひといえば、二人の仲睦まじいやり取りを傍から眺めながら、懐かしそうに感慨深く佇んでいた。


(ちゅぅ…………母さん、ほんとに母さんなんだね。会いたかった、会いたかったよ、母さん…………)


 二人の姿に、積年の想いが蘇る陽日はるひ。母親を亡くしてから、どれほどの時が流れたのだろう。危険を冒してまで、一目見たかった最愛の人との出会い。この光景に、感動のあまり思わずホロリとしてしまう……。


 けれど、今は感傷に浸っている場合ではない。二人の仲を成就させるためにも、陽向ひなたには言魂ことだまのメッセージを理解してもらう必要がある。そうしなければ、いつまで経っても進展はないままだろう。つまり、この先に待ち受けるものは、明るい暮らしではなく不幸の連鎖。


 だからこそ、別な形で未来を変えなければ、幸せなどやって来るはずもない。ゆえに、陽日はるひは気持ちを切り替え、再び使命感に燃え始める。


(ちゅぅ。とりあえず、役者は揃った。といっても、これからどうするか、改めて策を練らねば……)


 このように、どう読み解かせるか頭を悩ませていた陽日はるひ。すると、またしても二人のいがみ合いが始まった。


「はあ? どけろって、そんな言い方しなくてもいいでしょ。そもそも、私が名前を呼んでも答えない陽向ひなたが悪いじゃないの」

「俺が悪い?」


 日葵ひまりは頬を膨らませながら、少し怒った口調で問いかける。どうやら、何度も呼びかけていたにも拘らず、無視されたことに腹を立てているよう。それもそのはず、陽向ひなた陽日はるひと夢中で会話をしていたため、声が聞こえなかったからだ。


 こうしたやり取りは、まるで夫婦喧嘩のような光景。といっても、未来を知る陽日はるひからしてみれば、あながち間違いではないでのであろう…………。

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🌷わたしが導く幸せな結婚~生と死の境界の中で……🌷 みゆき @--miyuki--

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