🐭二章 奇妙な珍道中、奇想天外な作戦が幕を開ける。

第18話 天国と地獄

 こうして、メッセージをゆっくりと伝え終わる陽日はるひ。再び話の内容は本題へと戻される。まず初めに、恋を成就させるには時間が必要であるということ。それは二人の関係を深める為に欠かせないものであり、簡単に進展するものではない。


 ところが、こうした内容を傍で聞いていた陽向ひなただが、どうやら余り状況を理解していないようだ。その証拠に、チンプンカンプンな答えが返ってきた。


「ちょっと、いいか。さっきの言魂ことだまって、何かのおまじないだったのか?」

(ちゅぅ……噓だろ? 父さんって、本当に頭が良かったのか。確かに言ったよな、メッセージの言葉だって。にしても、どれだけ鈍いんだよ。普通は分かるってもんだろ)


 さすが、鈍感・コミュ障・陰キャ、この三原則を全て兼ね備えた存在。なんとも予想を遥かに上回る、がっかりした答えが返ってきた。これでは、陽日はるひがそれとなく伝えても何の意味もない。からといって、具体的な事実を言ってしまえば、さらに未来を悪化させてしまう恐れがある。


 そもそも、言魂ことだまほのめかせたのには事情があって、詳しい内容を明確にすることが出来ないからだ。もう1つは、互いを意識させ結びつけるという意図。しかし、陽日はるひの作戦はことごとく打ち砕かれ、啞然とするしかなかった……。


「んっ、どうした? 顔色が悪そうだけど、大丈夫か?」

「ちゅぅ。僕のことでしたら、どうぞお構いなく。至って健康なので、大・丈・夫!!」


「んっ、なに怒ってんだ? やっぱり俺、気に障るようなことでも言ったのか?」

(ちゅぅ……ダメだこりゃ。父さんだったら、意味を読み解けると思ったんだけど……。もしかしたら、これは長期戦になるかも知れないな)


 陽日はるひは心の中で大きな溜息をつくと、気を取り直して他の作戦を考えることにした。これにより、恋を成就させるために相棒となった二人。この先に待ち構えているのは、穏やかな日常ではなく世にも奇妙な珍道中。ネズミと人間が繰り広げる不思議な物語であった……。



 こうして二人がやり取りをしている最中さなか。不意にも屋上へ繋がる扉から、何者かが物音を立てずに忍び寄る。それはまるで、獲物を狩る肉食獣のような行動。背後にそっと佇むと、声を張り上げ陽向ひなたの両目を掌で覆う――。


「――さて、私は誰でしょう!」

「はぁ……またお前かよ」


 その人物というのは、肩まで伸びた綺麗な黒髪の女子高生。身長は155センチと小柄ではあるも、スタイルは良く可愛いらしい顔立ちをしていた。


「お前じゃないでしょ。私は誰でしょうか、って聞いてんの」

「――ったく。こんな事するのって、アホの日葵ひまりしかいないだろ」


 陽向ひなたは呆れた表情を浮かべながら、背面に立つ人物の質問に答える。その正体とは言うまでもなく、幼馴染の日葵ひまりであった。


「アホって失礼よね。これでも私は、学年の順位は2番目なのよ」

「2番目って、自慢することじゃないだろ。トップの俺とは、10点も離れてるんだぜ」


 この学校での順位というのは、1位から最下位までの得点が張り出される仕組みになっていた。しかし、こうした制度に問題がないかといえば嘘になる。というのも、これには学年全ての生徒が対象とされ、クラス等級・総合点・名前といった事細かな内容が掲載されるからだ。


 けれども、学生にとっては重要な情報であり、自分の状態を知ることで目標を立てやすくなる。加えて、個々の能力を高めるために、ランクアップ制度というのが存在した。このシステムを簡単に説明するならば、上位40名までを区切ったAからEまでの選別。


 等級ごとの扱い方も様々で、上位のクラスには手厚い待遇が約束された。しかも、トップともなれば、徽章きしょうのバッジが手渡されることになる。といっても、これはただの飾りではなく、学費や学食なども免除された優秀者の証。凡人が簡単に手にできるような代物ではなかった。


 一方で、最下位であるE判定を受ければ、休憩はおろか夏休みまでも無いという事実。天国と地獄とはよく言ったものだ。ゆえに、このランク者に与えられたものは、青春という文字ではなく勉学という二文字であった…………。

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