第15話 素直じゃないんだから……。

 未来の世情を知っていた陽日はるひにとっては、陽向ひなたのような考え方が煩わしくもあった。なぜなら、相手の素性を知ることなど、SNSを駆使すれば容易いこと。しかも、必死になって調べなくとも、アプリにさえ登録すれば簡単に見つけられてしまう。


 これにより、気にいった相手がいれば、いいねをするだけで双方のやり取りは成立。余計な手間が省けるだけでなく、自分に合った理想の恋人が探し出せる。従って、新たな恋を求める者達にとっては、最高のツールであるに違いない。


 この便利なものを開発したのが、言わずと知れた東雲 陽日しののめ はるひ。ソフトウェアの名は、マッチングアプリという。まるでそれは、恋を成就させるかのようなキューピッド。ゆえに、過去における想定外の出来事にも、冷静に対処できたのだろう。


 こうした状況の中、呆然と佇む陽日はるひに対して、陽向ひなたは照れながら声を裏返す。


「う、うるさい。こっちは恋愛初心者なんだぞ!」

「ちゅぅ、はいはい。そんなに怒鳴らなくても、見ていれば分かりますよ」


 陽向ひなたは焦りながら反論するも、陽日はるひはどこ吹く風といった様子で軽くあしらう。しかし、その表情はなぜか寂しげで、辛そうにも思えた。


(ちゅぅ、だからこそ……だからこそ、未来を変えなくちゃいけないんだ)


 陽向ひなたの言葉を受け、思い悩むように唇を嚙みしめる陽日はるひ。遠くの空を感慨深く見つめると、そっと心の内を囁いてみせる……。


「――で、どうなんだ! 決まってるのか、決まってないのか!」

「ちゅぅ、だから大きな声をしないでくださいよ。小さい耳ですが、ちゃんと聞こえてはいますから」


「おっ、おう、そうだったな。つい興奮してしまって、悪い悪い」

「ちゅぅ、では改めて言いますね。陽向ひなたさんのお相手ですが…………」


 陽日はるひは気を取り直したように咳払いすると、改めて対象の存在について説明をし始める。


「俺の、相手は……」

「ちゅぅ――、パンパカパーン! 喜んで下さい、すでにお相手は決まっています」


「えっ、噓だろう…………」

「ちゅぅ? おや、どうしました。あまり嬉しくないようですが?」


 喜びを分かち合おうと、盛り上げるよう高らかに宣言してみせる陽日はるひ。けれど、その思いとは裏腹に、陽向ひなたの表情は何故か曇って見えた。


「当たり前だ! 日葵ひまりじゃない奴と付き合っても、全然嬉しくないだろ」

「ちゅぅ……日葵ひまり?」


 思わず心の声が漏れ出てしまう陽向ひなたに対して、陽日はるひは呆気にとられ目が点になってしまう。


「いや、今のはなんでもない。こっちの話だから気にするな」

「ちゅ、ちゅ、ちゅ。なるほど、そういうことでしたか」


 小さな掌を口元にあて、クスッと可愛らしく微笑んで魅せるネズミ。つぶらな瞳で笑う表情は、なんとも愛らしく抱きしめたくなるような素振り。けれど、ここで忘れてはならないのが、中身はれっきとした人間。精神のみ転送された、未来の陽日はるひである。


「はあ? なにがおかしいんだよ!」

「ちゅぅ、そうじゃありません。おかしいのではなく、嬉しいのです。だって、かあ――じゃなくて、陽向ひなたさんに好きな人がいたんですよ。晩婚と聞いていたから、僕はずっとあっち系なのかと思ってました」


 陽日はるひは驚きを隠せない様子で、思わず本音を口にしてしまう。というのも、陽向ひなたの発言は未来を知る者にとって、信じられない事実。好意を寄せていたのならば、どうして結婚したのが30歳を過ぎてからなのか。このように疑問を感じていたからである。


「晩婚? あっち系? さっきから、なに言ってんだお前」

(ちゅぅ、ヤバ! あまりにも嬉しくて、また余計なことを言っちゃったよ)


「ていうか、好きな奴はいないって、さっきも言っただろ。まあ……気になる奴なら、いないわけでもないが……」

「ちゅぅ、それが日葵ひまりという女性ですよね。つまり、僕が言ったことを早とちりしたから、がっかりしていた。って、こういう意味合いで合っていますか?」


 どうやら、陽向ひなたは先ほどの失言をあまりよく理解していないようだ。よって、これを好都合と思った陽日はるひは、話題を変え本質を問いかけてみる。


「ちが――、あいつはただの幼馴染。すっ、好きとか、そんなんじゃない」

「ちゅぅ、でしたら安心してください。相手が決まっているといったのは冗談。なので、あくまでも好意を抱いていなければ、二人の恋は実りません。それを離れないように、確固たる絆として結びつけるのが僕の役目です」


「そっ、そっかぁ。なっ、なら良かったよ……」


 陽日はるひは優しく諭すように語りかけると、陽向ひなたは安堵した様子で胸を撫で下ろした…………。

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