第11話 選ばれたのは、あなたです。

 最初は半信半疑だったものの、次第に興味を示し始めてきた父親。話が進んでいくにつれ、徐々に引き込まれていったのだろう。気づけばすっかり聞き入っており、陽日はるひが恋のキューピッドであると信じて疑わなかった。


(ちゅぅ……父さんがちょろくて良かったよ)

「んっ、ちょろい?」


 安堵のため息を漏らす陽日はるひは、思わず心の声を呟いてしまう。だが、幸いにも父親には聞こえていない様子。


「ちゅぅ、なんでもありません。こちらのことなので、気にしないでください」

「そ、そうか、ならいいんだが。ところで、さっき言っていた代案ってのは、どういう内容のものなんだ」


「ちゅぅ、密着型のことですか?」

「おう、それそれ」


 陽日はるひが尋ねると、父親は腕を組みながら頷き答える。どうやら、途中まで話していた内容が気になっていたようだ。


「ちゅぅ。それはですね、先ほども言いましたように、代案というのは予期せぬカップルを誕生させない為のもの。とはいえ、人間と接触する以上、危険を伴うのは明らかな状況。ですが、この大胆な発想は、安全で確実に心を結びつけることが出来ます」

「つまり……お前のような奴が間に入って、二人の仲を取り持つということだな」


 陽日はるひの話す内容に、父親は自分なりに解釈して答えてみた。この発言は的を得ており、まさしくその通りである。


「ちゅぅ、そうです。要は矢の代わりに人の言葉を使い、僕達が恋を成就させるというもの」

「へえー、それは名案じゃないか」


 陽日はるひは父親の質問に答えると、ネズミの体で胸を張りながら誇らしげに語る。けれど、この方法には大きな欠点があるのも事実。それは、恋を成就させるまでには時間がかかるということ。しかも人ではなくネズミが導くため、一筋縄ではいかないのが明白である。


「ちゅぅ。といっても、そこに至るまでには、大変な道のりがあるんですけどね」

「なるほど。その恋を叶えるために、天界から遣わされたのがお前だな」


 この発言から察するに、多少なりとも理解を示し始めたようだ。といっても、陽日はるひが伝えた内容は、本来の神話から作り出した真実とは異なる偽りの世界。信じ込ませる表向きの顔であり、裏があるのは言うまでもなく全て作戦である。


「ちゅぅ、さすが察しがいいですね」

「そうなると、お前みたいなキューピッドが他にもいるってことだよなぁ?」


「ちゅぅ……あっ、はい」

「ん? どうした、何か問題でも?」


 父親から不意に尋ねられた陽日はるひは、思わず言葉を詰まらせてしまう。理由は言うまでもなく、この世にキューピッドというのは存在しないからだ。


「ちゅぅ、なんでもありません」

「そうか、ならいいんだが。――で、お前が成就させたい人間ってのは、この学校にいる奴らなのか?」


 父親の何気ない問いかけに、陽日はるひは一呼吸おきながら心を落ち着かせる。なぜなら、この質問こそが核心であり、一番重要な部分であるからだ。


「ちゅぅ。この学校というよりも、僕の近くにいます」

「近くに?」


 恋を成就させるための助言。ここからが正念場であり、陽日はるひにとって最大の山場。避けて通れない重要な部分のため、意を決してゆっくりと説明を続ける。


「ちゅぅ。ずばりお答えするなら、東雲 陽向しののめ ひなたさん、あなたが天界から選ばれた対象者です」

「――はぁ⁉ おっ、俺?」


 まさか自分の名前が告げられるとは思ってもいなかったに違いない。父親は驚愕の声を上げると、唖然とした面持ちで陽日はるひを見つめる。


「ちゅぅ、そうです」

「いや、待て待て! なんで俺なんだよ」


 突然にも突き付けられた言葉。いきなり対象者だと言われても、困惑するのも無理はないだろう。こうして動揺しながら陽日はるひに詰め寄ると、父親は確認するように真偽を確かめた…………。

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