第10話 天界からの使者

 父親の指摘は当然の反応であり、陽日はるひも事前に想定していた内容。たしかに、目の前に現れた存在は、非現実的というよりも夢でも見ているかの光景。おとぎ話のような設定ではあるも、見るもの全てが紛れもない真実である。


 ゆえに、百聞は一見に如かずとはよく言ったもの。その証拠に、人語を話すネズミが恋の使者を名乗り問いかけている。要は、他に選択肢がなく信じるしかないということだ。


「ちゅぅ、そう思うのも無理はありませんね。なぜならそのイメージは、昔から伝えられてきた恋の物語ですから」

「恋の物語? それって、ローマ神話を指しているのか?」


 父親に事情を説明すること数十分。ようやく耳を傾けてくれる状態まで、どうにか持ち込むことに成功した。


「ちゅぅ、その通りです。神話の物語では、金の矢と鉛の矢。幸福と不幸の矢を持った神が、人間の女性と恋に落ちるお話です。そこからそのようなイメージに繋がったのはないでしょうか」

「なるほど……じゃあ、あの物語は作り話だったということだな?」


 陽日はるひが話した内容に納得したのか、父親は聞き入るように相槌を打つ。


「ちゅぅ、全てがそう言った訳ではなく、一部は神話通りで合っています。というのも、以前までは天界から矢を放ち、恋を成就させておりました。しかし、それだと打ち損じも多く、予期せぬカップルが誕生していたのです」

「打ち損じ? 予期せぬ? おいおい、天界の者達って、本当に大丈夫なのか?」


 この発言に父親は、思わず突っ込みを入れる。それもそのはず、神話の中では必ず命中すると伝えられていた黄金の矢。意図せず二人の男女が結ばれたとなれば、さすがに納得いくはずもないだろう。


「ちゅぅ、今は大丈夫です。何故なら、最近になって代案が出来たからです」

「代案?」


「ちゅぅ、それが密着型と呼ばれた個別による指導です」

「密着型って、そりゃあ大変な指導方法だな」


「ちゅぅ、そうなんです。あの頃は、まだ知らなかったんですよね。父さんが大変な思いで、僕に指導をしてくれていたなんて…………」

「んっ、どうした? やけに感傷的だな。っていうか、最初も言ってたけど、父さんって誰のことなんだ?」


 最愛の人と対面できた喜び、そして気持ちが通じ合えた嬉しさ。これらの感情から、いつものように話しかけていた陽日はるひは、またしても口を滑らせ醜態を演じてしまう。


「ちゅぅ……それはあれですよ、あれ」

「あれ?」


「ちゅぅ、よく言うじゃありませんか。生まれたての動物は、最初に見たものを親だと認識してしまう、ってね」

「親と認識? いや……どう見ても生まれたてには見えないけどなぁ。それに、お前はキューピッドだろ?」


 苦し紛れに話をこじつけ、何とかしてやり過ごそうと試みるが……。さすがの父親も怪しく思ったのか、疑いの眼差しを向けて顔を覗き込む。やはり、これ以上はボロがでると悟ったのだろう。陽日はるひはすぐに話をすり替えることにした。


「ちゅぅ、たしかに仰る通り僕はキューピッドです。といっても、このネズミの体は、人間と会話をするために憑依した器。実際の肉体は天界に存在しており、こちらは精神を共有した依り代に過ぎません。ですから、偶におかしな発言をするのは、仕方のないことなんですよ」

「依り代? なるほど……変な言動は、それが原因だったってことだな」


 陽日はるひが話す内容を信じたのか、父親は何度か頷きながら納得する。どうやら、上手く誤魔化すことが出来たようだ。とはいえ、この説明で全てが解決した訳ではない。


「ちゅぅ。なので、僕がどのように呼ぼうが気にしないで下さい。それよりも、なぜこの場に現れたのか、こちらを先に説明する方が大事なのではないですか」

「まあ、そう……だな」


 一刻も早く本題に入りたいところではあるが、ここで上手く立ち回らなければ全てが水の泡。よって、本来の目的を達成させるために、陽日はるひは冷静に話を進めて行く。


 これに父親は頷きながら返事をすると、真剣な眼差しで耳を傾けた…………。

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