第7話 未来からの訪問者

 この場所は、県内でもトップクラスとうたわれた丘泉きゅうせん高等学校。


 陽日はるひの両親が通っていた名門校であり、同じく自らが学んでいた出身校でもあった。そんな校舎の屋上から見えるのは、鮮やかで壮大な海や山の景色。また、夕暮れ時ともなれば空は茜色に染まり、とても幻想的な趣ある風情を醸し出していた。


 特に春は、雲ひとつない青空が広がるため、清々しく長閑のどかな日常が過ごせたという。ゆえに、校内に咲いた桜の花は見どころであり、訪れる人の心を穏やかにさせ魅了してくれる。ところが、今日に限っては天候が怪しく、なにやら暗雲が立ち込めていた……。


 すると――、突然にも空から大地へ向けて、勢い良く突き進む光。この微弱な静電気を帯びた輝きは、校舎の屋上めがけて駆け落ちた――。


「ちゅ、いてて! ここは……?」


 転送装置の起動から、どれくらいの時間が経過したのだろう。陽日はるひは恐る恐る目を開けると、視線の先には懐かしい光景が広がっていた。どうやら実験は無事に成功したようだ。と言いたいところだが、何かがおかしい。


「ちゅぅ…………はぁ⁉ これって、どういうことだ!」


 啞然と佇み、思わず言葉を失う陽日はるひ。困惑した面持ちで、いま自分が置かれている状況が理解できずにいた。なぜなら、そこに見えていた光景は、対象人物として選んだ父親ではなくネズミの体。


「ちゅぅ? もしかして、座標が違ったのか。いや、そんな事はない。全てのプログラムを正確に入力したはず……」


 ネズミの体に同化してしまった陽日はるひは、転送前の事を思い出し冷静に状況を分析する。最終調整は問題なく、座標を瞬時に読み取る機能にも異変はなかった。では何故、小動物に取り憑いたのか、問題はそこが最大の謎である。


「ちゅぅ……じゃあ、何がいけなかったんだ? ――って、そんなことよりも、これからどうするかだ」


 けれど、幾ら考えても状況は変わることはない。従って、現状を受け入れる陽日はるひは、ネズミの体に慣れようと試みる。まずは手始めとばかりに、腕を動かしてみることにした。


「ちゅぅ、それにしても、なんて動きづらい体なんだよ。っていうか、どうにかならないのか、このおかしな話し方は?」


 思うように体を動かすことが出来ず、苦戦した様子で何度も取り組む陽日はるひ。まるで、自分の意思とは関係なく体が動いている感覚。加えて、おかしな口調で話す自分に対して、少しばかり苛立ちを覚えてしまう。


「ちゅぅ、まさかネズミの体に憑依するとは、思ってもみなかったよ……。いや待てよ。もしかしたら、逆にこっちの方が好都合じゃないのか?」


 暫くして冷静さを取り戻すと、陽日はるひは現状を打破するべく作戦を立て始める。ネズミの体に転送されたということは、当初の対象者である父親の体は安全が約束される。しかし、そこからが難しい問題であり、如何にして両親に説明するかということ。


 まず、目的を達成するためには、自らの事情を伏せておく必要がある。加えて、人の言葉を話すネズミが現れたら、真っ青な顔で驚くに違いない。その辺を上手く信じさせるにはどうすればいいかだ。


 とはいうものの、こればっかりは直接会ってみないと判断はできないだろう。ゆえに、陽日はるひは両親を探し出すべく屋上を探索することにした…………。

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