第6話 幸せだった頃の記憶

 こうして転送手順を打ち明けたあと、暫くして喫茶店を後にする二人。タクシーを手配して、研究施設に向かうこと一時間。ようやく目的の場所へたどり着くと、陽日はるひの案内で建物内へ足を踏み入れる智哉ともや。そこには最新鋭の設備が整っており、所狭しと機器が並ぶ光景が広がっていた。


 中でも一際ひときわ目を引くものが、楕円の構造をしたカプセル型の物体。その室内はといえば、一人用の座席が取り付けられた個室のような空間。また、部屋の奥にはパソコンやモニターが複数設置してあり、画面上にデータが表示される仕組みになっていた。


 そして今回の実験に使われる機械というのが、先ほどから際立った雰囲気の転送装置。これに軽く触れながら、切なそうな面持ちで眺める智哉ともや陽日はるひの傍にそっと近づくと、声を震わせ問いかける。


「坊ちゃま、今ならまだ間に合います。どうかもう一度だけ、お考え頂けないでしょうか」

智哉ともやさんのお気持ちはありがたいです。けれど、喫茶店でも言いましたが、これは僕が望む最後のお願い。どうせ……あと数ヶ月もすれば、消えてなくなる命。だったら、この転送装置に賭けてみたいんです」


 智哉ともやの説得に、真剣な眼差しで答える陽日はるひ。それでも諦めきれず、必死に食い下がる。


「賭け? 喫茶店での言葉もそうでしたが、坊ちゃまは何をしようとしているのですか? この転送は、両親に会うためのもの。そう仰ったから、私は仕方なく受け止めたのですよ。一体、賭けとはなんのことですか!」

「申し訳ありません。それは智哉ともやさんであろうと、お答えすることは出来ません」


 智哉ともやの問い詰めに、陽日はるひは断固として口を割ろうとしない。この様子から察するに、余程の理由があるのだろう。


「出来ないとは、どうしてですか?」

「これは、僕にとっての願掛がんかけです。もし誰かに話してしまえば、願いは叶わないかも知れない。だから……どうかこの想い、分かってもらえないでしょうか」


 この陽日はるひから発せられた想いに、智哉ともやは大きく溜息をつき観念した様子を見せる。


「分かりました。話せないということは、なにか深い事情があるのでしょう。ですが、私も馬鹿ではありませんからね。坊ちゃまが考えていることは、ある程度の察しはついています」

「もしかして、いまの内容からですか?」


「ええ、それ以上は言わなくても結構ですよ。願いが消えてしまっては、元も子もありませんからね。ただ、私から一つ言えるのは、必ず生きて帰って来て欲しいということです」

智哉ともやさん…………分かりました、必ず生きて帰ると誓います」


 智哉ともやの想いに、陽日はるひは感謝の気持ちを込めて深々と頭を下げる。こうして二人は、転送装置の試験実施を決行することに……。


「坊ちゃま、そちらの状況はどうですか?」

「はい、こちらは問題ありません」


 室内でのやり取りはせわしなくあるも、二人の表情は真剣そのもの。それもそのはず、失敗すれば命の保証はおろか、目的も果たせなくなるからだ。ゆえに、二人は綿密な打ち合わせを行った上で、プログラムの入力に着手していた。


 そして、開始から数時間が経過した頃。最終調整は残りわずかとなり、いよいよ試験実施の時を迎えることになる。


「よし、OK! これで全てのプログラミングは完了しました。あとは、坊ちゃまが座標を入力するだけですよ」

「ありがとう、智哉ともやさん。えっと、確か座標は……経度:36.5613 緯度:136.6562。これで、大丈夫だと思うんだけど……」


《ピピッ》


 パソコンから電子音が鳴り響き、画面には座標軸が表示される。どうやら無事にプログラムの入力が終了したようだ。


「では、坊ちゃま。ご武運をお祈りしています」

智哉ともやさん、今まで本当にありがとうございました。この御恩は必ず返しますので、それまでは元気でいてくださいね」


「ええ、楽しみに待たせてもらいます」


 二人は互いの手を取りながら、別れを惜しみ挨拶を交わす。この後、陽日はるひ躊躇ためらうことなく転送装置へ向かうと、カプセル内に身を寄せゆっくり腰を掛けた。


「では、準備はいいですか! システムの起動に移りますよ」

「はい、お願いします」


 智哉ともやの問いかけに覚悟を決めた陽日はるひは、ゆっくり頷き静かに目を閉じる。


「父さん……母さん……」


 小さな声で切なそうに両親の名前を口ずさむ陽日はるひ。脳裏に浮かぶ映像には、幸せだった頃の記憶が走馬灯のように甦っているのだろう。それは、何気ない日常から旅行や誕生日など、様々な場面が映し出されているに違いない。


こうして眠るように横たわる陽日はるひの瞳からは、頬を伝う涙がこぼれ落ちていた…………。

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