第5話 最後にもう一度、幸せな姿が見てみたい……。

 母親の死から数年……。


 この間に、沢山の悲しい現実に直面してきた陽日はるひ。会社を乗っ取られ、父親の自殺未遂、そして医者からの余命宣告。残された時間はあと僅かしかない。これにより、苦渋の決断を智哉ともやに打ち明けるのであった……。


「事情はよく分かりました。それで、坊ちゃまのお願いというのは、一体何なのでしょうか?」

「それは……転送装置についてのことです」


「転送装置?」

「はい。それを今夜、試験的に実施しようと思います」


 この話しを聞いて、智哉ともやは不思議そうな表情を浮かべる。それもそのはず、開発途中である転送装置は未完成品。これにどんな意味があるのかと……。


「実施? といっても、あれはまだ未完の装置ですよ。それに試験的にって、誰を対象にするおつもりですか?」

「それについてなんですが……こんな事、智哉ともやさんにお願いするのは酷なことだと分かっています。ですが、どうしてもプログラムの入力に力を貸して欲しいのです」


 転送装置の試験実施。対象は動物実験では不可能であり、検証を行うには人でなければ裏付けすることが出来ない。それゆえ、この開発は画期的な発明ではあるも、上手く軌道に乗らず難航していた。


「もしかして……坊ちゃまご自身が、とかではありませんよね?」

「いえ、そのもしかしてです」


 智哉ともやの問いかけに、陽日はるひは申し訳なさそうに答える。どうやら、自らの命をかけて実験を行おうとしているようだ。


「なりません、坊ちゃま! 今の状態で意識を転送すれば、脳が破壊されてしまう恐れがあるのですよ」

「ええ、それは重々承知しています。所詮は片道切符、二度と戻ってはこれないでしょうね」


 原理は意識を転送し、過去の対象者へ移し替えるというもの。ただし、この方法には大きな問題点があり、肉体はその場に置き去りになってしまうこと。つまり場合によっては、脳死に繋がる可能性があるかも知れない。こうした危険性を説く智哉ともやに、陽日はるひは覚悟を固めた表情で答える。


「でしたら何故!」

「それは……最後にもう一度、一目だけでも両親の幸せな顔が見てみたいのです。だから、どうか僕の我儘をお許しいただきたい」


 両親の過去を想い馳せ、切なそうに笑みを浮かべる陽日はるひ。決意は固く真剣な眼差しで訴え続けた。


「分かりました、坊ちゃま…………」

「本当ですか、智哉ともやさん」


 必死な姿に智哉ともやは心を打たれたのだろう。溢れんばかりの涙をこらえながら、少しばかりの相槌を打ってみせる。こうして想いを打ち明けた陽日はるひは、装置の入力について大まかな説明を始めた。


 まず必要なことは、転送を行うための下準備。これを行った上で、次に座標や時間軸をプログラムに入力。この二つが安全にクリア出来たことを確認し、カプセルに搭載されたシステムの起動に取り掛かるという。


「ですが……転送先の対象はどのようにするおつもりですか?」

「その件に関しては問題ありません。対象は僕の父親にお願いしようかと思っています」


 陽日はるひが対象を父親に決めていたのには理由があった。それは、肉親であれば適合率が極めて高く定着しやすいのではないか。よって、何事にもリスクはつきものだが、他人よりかは身内の方が安全であるに違いない。このように推測し、意識が同化した際にも負担が少ないと判断する。


「お父様にですか? しかし、それでは座標の特定が難しいのでは?」

「それなら問題ありません。僕には日記がありますからね」


 かばんの中からノートを取り出す陽日はるひは、ページを開きそれとなく智哉ともやに見せる。そこに書かれていたのは過去の日付と時間。つまり、転送先の特定が可能だということ。また、これには父親の思い出や出来事が記されており、状況を掴むには十分な資料となる。


「なるほど、お父様の日記とは、中々の名案ですね」

「はい、他人では意味ありませんからね。といっても、そこからが問題です」


「そこから?」

「いえ、なんでもありませんよ。ただの独り言です」


 確かに座標を特定する上では、時間と場所は必須条件。とはいうものの、転送先を確認するだけなら現場でも十分であろう。ところが、陽日はるひは日記を肌身離さず持ち歩き、何度も何度も真剣に読み返す。そんな表情から窺えたのは、まるで全ての内容を一言一句、暗記しているような素振り。


 この様子に智哉ともやは、不思議そうに眺めながらゆっくりと頷いた…………。

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