第3話 想い出の場所

 こうして決断を下してから数日後のこと……。


 陽日はるひは黒服に身を包み、ある場所を訪れていた。


 そこは花々や樹木が植えられ、気持ち安らぐ公園のような場所。よって、敷地内は遊歩道などが敷かれ、のんびり散歩をするには丁度よい。中でも、一際目を引くのが長い年月を積み重ねた大きな老木。この土地に住む者達からは、千年樹として親しまれてきた。


 そんな心癒される場所ではあるも、訪れる人は何処か重い空気を醸し出していた。というのも、ここは自然を楽しむのではなく、遺骨が埋葬された死者を供養するための霊園。


 立ち寄っていた理由は、ある人物の命日だったからである。そう……言わずと知れた、亡くなった母親の墓参り。霊園内には、他にも数多くの墓標が立てられており、周囲には同じような人が悲しみに暮れながら佇んでいた。


 この中を感慨深く歩き進めていると、やがて目的の墓石前に辿り着く。そこへおもむろにしゃがみ込みと、陽日はるひは掌を合わせて静かに目を閉じる……。すると――、手に花束を持つ男性が、顔をのぞき込むように突然声をかけてきた。


「おや? 陽日はるひ坊ちゃまじゃないですか。研究室に居ないと思ったら、ここに来ていたのですね」

「えっ……智哉ともやさん?」


 聞きなれた言葉の響きに、声のする方へ耳を傾ける陽日。その視線の先に居たのは、開発を共に手掛けていた西条 智哉さいじょう ともや


「どうしましたか? そんなにも驚いた顔をして」

「ひょっとして……いつも花を供えてくれていたのは、智哉ともやさんだったのですか?」


 墓標に活けられた花束を見つめる陽日はるひは、過去を思い巡らせ智哉ともやに問いかける。


「ええ、そうですよ。もしかして、ご迷惑でしたでしょうか?」

「いえ、そんなことありません、とても嬉しいです。きっと母も、喜んでいるに違いありません」


 ほんのりと瞳をにじませ、笑みを浮かべる陽日はるひ。墓標に向かって再び合掌すると、智哉ともやも同じようにそっと手を合わせた……。



    ✿.。.:*:.。.ꕤ.。.:*:.。.✿【場面転換】✿.。.:*:.。.ꕤ.。.:*:.。.✿



 それから暫くして、霊園の近くにある喫茶店へ移動する二人。窓際にあるテーブル席に腰を下ろすと、智哉ともやは店内を眺めながら辺りを窺う。


「この店、今も変わらず趣きがあって素敵な場所ですね」

「今も……ですか?」


 陽日はるひは問いかけられた言葉に疑問を抱く。というのも、この喫茶店へ訪れたのは初めてだったからだ。すると智哉ともやは、想い馳せるように過去の様子を語り始めた。


「ええ。ずいぶん昔の話になりますがね、ここは坊ちゃまの両親とよく来たことがあるんですよ」

「僕の両親と……?」


 店の中は、木目調のテーブルや椅子が置かれており、落ち着いた雰囲気のレトロな空間。また、カウンター席とボックス席があり、客層も多彩で老若男女問わず利用されていた。


「はい。学生の頃から慣れ親しんだ場所でね、あの頃は本当に楽しかったです……」

「そうだったんですね。親交が深いと聞いてはいましたが、その頃からだとは知りませんでした」


 陽日はるひが両親から伝えられていたのは、仲が良かったということのみ。学生時代からの付き合いと聞いて、驚いた表情を浮かべていた。そんな青春時代の思い出を、智哉ともやは感傷に浸りながら嬉しく話していると――。


 店のマスターが、ふらりと注文を聞きに来る。


「お客様、ご注文は何になさいますか? …………あれ? もしかして、西条さいじょうさんですよね?」

「さすがマスター、私だと良くわかりましたね」


 どうやら二人は顔見知りらしく、マスターは懐かしそうに智哉ともやの名前を呼ぶ。


「そりゃあ、髪の毛は白くなりましたけどね。あの頃の面影は、十分に残っていますよ」

「はは、お互い歳はとりたくないものですな」


 笑い合う二人は、まるで当時の頃に戻ったかのようであった…………。


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