第23話ひかえおろぅ~!
少し不機嫌そうな表情で、光圀はシチローの脇腹を肘で突っついた。
「シチロー殿、あの金さんとかいう男は一体何者なんですか?」
「金さんは北町奉行の遠山様ですよ。御隠居」
「北町奉行があんな入れ墨なんかして、よろしいんですかの?」
「いやいや、御隠居。あれが金さんの売りなんですって」
シチローの説明を受けながらも、依然として納得がいかないといった感じの光圀。
そして、いまいちしらけムードの水戸黄門一派をよそに、遠山の金さんは威勢よくあの名台詞を並べ立てた。
「おう~おう!この金さんの背中に咲いた桜吹雪!散らせるもんなら散らせてみやがれ!」
「キャア~金さん、カッコイイ~」
そんな金さんに、子豚とひろきの黄色い声援が飛んだ。
気前が良くて二枚目で、ちょいとやくざな遠山桜。金さんの登場で、もはや完全に主役は入れ替わってしまった。TVの時代劇であれば、これから金さんが悪人相手に大暴れした後に、奉行所の役人達現れて悪代官達を制圧……そして、いつの間にか姿を消していた金さんが『御しらす』の場で再び桜吹雪を咲かす事となるのだが……
「ええ~い!お前達!そんな得体の知れないやくざ者など、ひっ捕まえて海にでも捨ててしまえ!」
悪人達だって黙ってやられる訳にはいかない。越後屋の号令で、人夫の姿をした屈強な部下達が一斉に金さんに向かって掴みかかっていった。そんな部下達を金さんは身軽に交わし、千切っては投げ、千切っては投げ……
……のはずが……
「ちょっと!……なんか金さん、ピンチなんじゃないの?」
そう子豚がてぃーだに囁くように、実際にはどう見ても逃げ回っているようにしか見えない金さん。
「おいてめぇ!
「うるさいっ!こっちは1人だぞ!お前達大勢で卑怯じゃないか!」
悪人相手に、卑怯も何も無いもんだ……
威勢のいい桜吹雪の入れ墨とべらんめぇ口調とは裏腹に、意外にも腕っぷしはからっきしの金さん。見るに見かねた弥七が、加勢しようと光圀に窺いをたててみる。
「御隠居、我々も助太刀した方がよろしいのでは?」
「まぁ……もう少し様子を見ようではありませんか」
(…出たよ……御隠居の『もう少し様子を見ましょう』が!あの金さんって奴に出番を取られたのがよっぽど気に入らなかったんだな……)
そして、哀れ、金さんは悪代官側の手下数人に担ぎ上げられ、そのまま海に放り投げられてしまった。
「そぉ~れ!そこで大人しくしてな!」
ドボ~~~ン!
波間に浮かぶ桜吹雪が、なんとも痛々しい。
「金さん、弱っ!……何しに来たんだ?あの人は!」
時代劇とは違う、現実の厳しさに溜め息をつく、チャリパイの4人だった。
「かっかっかっ。やはりここは町奉行ではちと役不足だったようですな」
金さんが海に投げられて、急に上機嫌になる水戸の御老公。アンタは本当に正義の味方なのか?
「それ!格さん、今度こそあの悪代官共にアレを見せてやりなさい」
再び巡って来たチャンスを逃すまいと、光圀は格さんに印籠の提示を促す。それを受け、光圀の両脇にぴったりと付いた助さんと格さんは、大声を上げて悪人共を威嚇した。
「ええ~い!静まれ~!静まれ~い!」
その号令に、辺りは水を打ったように静まり返り、悪代官達は何事かといった顔で光圀達に注目していた。その前で、まるで歌舞伎役者のごとく大きく右肩を張り出した格さんは、懐に手を突っ込んであの名台詞を導き出す。
「皆の者、頭が高い!ひかえおろう~~!この紋所が目に……この紋所……………………あ…あれ…?」
「どうした、格さん?」
「……いけねぇ……宿に印籠忘れてきちまった!」
「なんですとおおぉぉぉぉぉ~~~っ!」
現実は、なかなか時代劇のようにはいかないものである。格さんがいつも肌身離さず持っていたはずの印籠だが、今日はあいにく着ている物がいつもと違う。悪代官達を欺く為に人夫の格好へと着替えた時に、印籠をいつもの着物に入れたまま、うっかり宿に忘れて来てしまったのだ。光圀を挟んで反対側に立つ助さんは、呆れた様に愚痴をこぼす。
「なんてこった、これでは話にならん!印籠が無くて、どうやって悪人共をひれ伏す事が出来よう……印籠が無きゃあ~御隠居なんて只のクソ爺ぃだぞ……」
それを傍で聞いていたてぃーだが、驚いた様に呟いた。
「助さん、何かスゴイ事言ってますけど……」
「…ど~せ儂は只のクソ爺ぃじゃよ……」
そう言ってその場にしゃがみ込み、足下の土にぐるぐると輪を描き始める光圀。
「あ…いやご隠居、今のは言葉の“あや”でして……決して本心では……」
慌てて光圀をなだめる助さんと、その一方で頭を抱えオロオロする格さん。
そんな三人を眺めながら、シチローは呟いた。
「なんだか面倒臭えなぁ……この人達……」
「おぅ~おぅ!さっきから聞いてりゃあ、一体何の騒ぎだ?…っていうか、お前達一体何者だ?」
越後屋がそう言うのも、もっともである。突然現れて、静まれだのひかえおろうだのと言っても、悪代官達には何のことやらさっぱり意味がわからなかった。
「いや…信じられないかもしれませんが、ここにおわすこの御方、実は先の副将軍の『水戸光圀公』なんですよ」
印籠が無いもんだから、格さんの口調もいまいち迫力に欠ける。
なぜか敬語だし。そんな格さんの言葉を、悪代官達が信じる故も無い。
「はっはっはっそこのクソ爺ぃが水戸の御老公だと?馬鹿も休み休み言え!そんな戯言誰が信じられるかっ!」
「…いいもん。どうせ儂はクソ爺ぃなんだもん……」
「ああっ!それは禁句だっ!…せっかく宥めたばかりなのにっ!」
再び、地面をぐるぐるといじり始める光圀。
「あ~っ!ホントに面倒臭えっ!」
ほぼ同時に声を揃えてそう嘆く、チャリパイの4人だった。
♢♢♢
印籠を持たない水戸黄門一行は、悪代官達を前にして最大のピンチを迎えていた。光圀達の事などまったく信用していない悪代官側からは、容赦ない追及の言葉が発せられる。
「おい!そこのクソ爺ぃ!本当に水戸の御老公だというのなら、早く印籠を見せてみろ!ほれ!ほれ!」
しかし、見せろと言われても、無いものは無いのだ。すると、ほとほと困り果てている格さんのもとへ、子豚が近寄って来て何かを手渡した。
「仕方ないわね~これ貸してあげるから、使いなさいよ!」
「こ…これは・・・」
それを受け取った格さんの表情も、なんとも微妙だ。
「ちょっとコブちゃん、格さんに何渡したの?」
戻って来た子豚にシチローが尋ねてみると……
「ああ~あれ?この間『此処州』で食事した時に、格さんに撮らせてもらった印籠の写メよ」
「…いくら何でも……そんなの通用する訳無いだろ、コブちゃん……」
そんな呆れ顔のシチロー達の傍らで、子豚のピンク色のスマートフォン片手に格さんのあの台詞が再び発せられた。
「ええ~い!ひかえおろう~!この紋所が目に入らぬかあぁぁ~!
皆の者、頭が高ぁ~い!」
現代であれば、スマホの画面を出したところでそれが本物などと思う者などいる筈は無いのだが、これが江戸時代となると状況は違った。そもそも写真という物が発明されていない江戸時代では本物そっくりの画像は、遠目に見れば本物の印籠としての効力を持った。
「はっ!あの家紋はまさしく!水戸の御老公様!」
「ははぁぁぁ~~っ!」
それを横で見ていたシチローが呆れたように呟いた。
「ひでぇインチキ……」
何でも、やってみるものである。
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