第22話主役は誰だ
「ふむ…すると、鉄砲百丁は五日後に港へと到着するという事ですか…」
白い顎髭を撫でながら、光圀はてぃーだからの報告を聞いていた。
「さて、それではどうしますかね…」
この港に届く鉄砲百丁を、絶対に悪代官達には渡す訳にいかない。…まさに『水際』の防衛である。
「ご隠居!それならば、あっしに考えがあります」
そう言い出したのは、代官屋敷での偵察中に屁をこいて、危うく代官達にその正体を露呈しそうになった『風車の弥七』であった。
「調べてみたんですが、その五日後…港では、荷物を運ぶ者の数が足らず越後屋では、臨時の働き手を集めているって話です。ここはひとつ、我々がその中に紛れ込んでみては?」
「なる程、荷を運ぶふりをして様子を
下働きの人夫が、突然『印籠』など見せつけたら、悪代官達はさぞかし驚くに違いない……そんな展開を頭に浮かべながら、光圀はひそかにほくそ笑んでいた。
そして……
あっ!!
という間に五日が過ぎた。
「お前達が今日ここで働きたいという奴らか?」
港で船荷の積み卸しをしている人夫をまとめる頭は、目の前に並ぶ光圀、助さん、格さん、弥七、そしてシチローをまじまじと眺めながら言った。
「どうでもいいが、そこのジジイは何なんだ?ちゃんと荷物運べるのか?」
恐れ多くも水戸の御老公をつかまえて『ジジイ』と宣う頭に、助さんと格さんは湧き上がる怒りをグッと堪える。
「いやいや、そこをなんとか。見かけによらずこの爺さん、なかなか働き者ですから」
すかさずシチローがフォローにまわるが、その口ぶりもやけに癪に障る言い方だ。
「まぁいいや……とにかく今日は荷物が多い。お前達、しっかり働けよ!」
「へ~~い」
一方、その場所より少し離れて、子豚達とお銀が光圀達の様子を伺う。
「やっぱり、肉体労働は男連中に任せないとね」
「ほらっ!そこの!遊んでねぇでさっさと運ばんか!」
現代とは違いフォークリフトなど無いこの時代の荷運び作業は、思いのほか重労働であった。
「うぇ~っ!こんなにたくさん運ぶのかよ……こんな役やるんじゃなかった……」
日頃からこれといった運動もしていないシチローは、早くも音を上げている。
そして、もう一人……
「こんな年寄りをつかまえて、なんて非道い扱いを……」
そう言って溜め息をつく水戸のご隠居。
それはアンタが志願したんだろうが……それにしても、今日は特別荷物が多い日のようだ。整然と並ぶ木箱に入った荷物の数々……鉄砲百丁は、果たしてこの中のどこに入っているのだろうか?
その頃……
「越後屋、本当に鉄砲百丁は手に入ったのだな?」
「はい、お代官様。間違いなくこの越後屋、オランダより仕入れました鉄砲百丁!
本日の船荷に紛れ込ませてございます」
「よしよし、それさえあればまさに百人力。我らの計画も上手く運ぶ事間違いないぞよ」
「しかし越後屋、幕府御禁制の鉄砲を、こんなにいとも簡単に仕入れるとは……そちもなかなかに悪よのぅ~」
「いえいえ、大目付様ほどではありませぬ」
「わぁ~っはっはっはっはぁ~~」
越後屋兵部衛、代官の山中、そして大目付の大隈の『極悪スリートップ』は、そんなお決まりの会話を交わしながら、肩を揺すらせて港に停泊する船の方へ向かって歩いていた。
これで、役者が揃ったという訳だ。船荷を運び始めておよそ1時間が経った。
人夫になりすましたシチロー達は慣れない肉体労働に、早くも音を上げていた……
「いやあ~ご隠居、疲れましたね……ちょっと抜けてひと息つきませんか?」
シチローが光圀の耳元でそんな事を囁くと、光圀は、けしからんと怒るかと思えば……
「そうですな。いや、助さん、格さんもいる事だし少し位は構わないでしょう」
光圀も、慣れない肉体労働でそうとうに参っていたとみえる。
二人は、頭の目を盗んで船を抜け出し、既に荷物を運び終えた荷車の影に隠れた。
シチローは、木箱をひとつ降ろしてその上に座ると、おもむろに袖の中から煙草を取り出し、それをくわえてライターで火を点ける。
「フゥ~~やっぱり労働の後の煙草は美味い」
その様子をまじまじと眺める光圀は、改めて不思議そうに呟いた。
「本当に摩訶不思議じゃ…何故そんな簡単に火を起こせるものかの?」
「あっ、ご隠居もどうですか?一服」
「ふむ…では、ひとつ頂きますか……」
荷車の影に隠れ、木箱に並んで座り煙草を吹かすシチローと光圀。
「フゥ~~~」
お前らは不良高校生か……
♢♢♢
「しかしご隠居、これだけ荷物が多いと、どの箱に鉄砲が入っているのか分かりませんね……」
「確かに……困りましたなぁ、シチロー殿」
「フゥ~~~~」
そんな会話をしながら、二人は新しい煙草に火を点けていた。
一方、悪代官達は……
「それで越後屋、その鉄砲はどこにあるのじゃ?そちを疑う訳では無いが、この目でしかと確認せんとな」
「まあ、そんなに慌てないで。鉄砲はすぐそこ、ほらっ、あの荷車の所ですよ……お?」
そう言って、船のそばにある荷車を笑顔で指差す越後屋だったが……次の瞬間、その越後屋の笑顔が固まった。
「な!なんだ!あれは!」
百丁の鉄砲、そしてその弾丸である火薬が置かれている筈の荷車の上から、何やら煙が出ているではないか。
「何という事!」
血の気のひいた顔でお互いを見合わせた越後屋、悪代官、そして大目付は慌てて荷車の方へと走って行った。
「くおぉぉらぁぁ~~!おまえらあぁぁ~!そこで何やっとるかあぁぁ~!」
ふと気が付くと、シチローと光圀の目の前には、ものすごい形相の悪代官達が立っていた。
「あ。ヤベ…サボってるのがバレた……」
「いや…私達はちょっと休憩をですな……」
三人を前にして、ちょっぴりおどけた様子で弁解をするシチロー達だったが、悪代官達が怒っているのは無論そんな事ではない。
「そんなこたぁ~どうでもいいから早く火を消さんか~!爆発したらどうするつもりだ!」
「ん…?爆発?」
シチローと光圀は、きょとんとした顔でお互いを見合わせた。そして、数秒ほど思案したのちにその顔は不敵な笑みに変わる。
(ハハ~ンなるほど。要するに、この箱の中には、そういう物が入ってるって訳だ)
♢♢♢
「煙草の火で爆発なんて、こりゃあ穏やかじゃありませんね…越後屋さん、一体この箱の中には何が入っているんですか?」
箱の中身など、およその見当はついてしまったシチローだが、敢えてその中身を越後屋に訊いてみる。
「そ、そんな事などどうでも良い!お前達には関係の無い事だ!」
慌ててごまかそうとする越後屋だが、そんな越後屋の態度は余計にシチロー達の予想を確実なものにするというものだ。
「いやあ~そんな風に言われると、ますます中身が気になるってもんですよ」
「私も気になりますな~シチロー殿、ちょっと開けてみましょう」
「はいでは、ご開帳~~」
「ああ~っ!こら馬鹿っ!勝手に開け……」
悪ノリする光圀とシチローは、越後屋の制止を無視する様に箱の蓋を一斉に開けてしまった。その箱の中には勿論、シチロー達の予想通り鉄砲と弾薬がびっしり詰まっていた。
「なんと!!これはもしや、幕府御禁制の品、鉄砲ではないですか!」
「これは大変だあ~!どうしてこんな物が箱の中に!」
舞台役者が本業のてぃーだが聞いたら、すぐにでもダメ出しを食らいそうな程にわざとらしく、大げさに騒ぎ立てるシチローと光圀の二人。
「ええいうるさいっ!黙れ!黙らんかお前達!」
「わあぁぁ~っ!鉄砲だあ~~~!」
「鉄砲ですよ~~!皆さ~~~ん!」
そんなシチロー達の声は、船に乗っている助さん達にも聞こえた。
「むっ…ご隠居達、どうやら鉄砲を見つけた様だな……我々も援護に向かわねば!」
そして、港で様子を見ていたチャリパイの三人とお銀達も当然のごとく動きを開始した。
「面白くなって来たわね。いよいよ、リアル水戸黄門が見れそうだわ」
船着き場の荷車の周りには、チャリパイ、水戸の御一行……そして越後屋、悪代官、大目付の大隈、さらには事情を知る部下達十数名が鉄砲の入った木箱を挟んで向かい合っていた。元々、強面の悪代官が更に怖い顔で脅しをかける。
「お前達はどうやら、見てはならぬものを見てしまったらしい。かくなる上は、全員死んでもらうより他は無いな」
相手は、たかが日雇いの荷運び。口封じに殺してしまっても何も問題は無かろうと代官は思っていた。しかし……代官の言葉に震え上がるだろうと思っていた目の前のこの連中は、震え上がるどころか楽しそうに目をキラキラと輝かせているではないか。
「お前達!何が可笑しい!お代官様の言っている意味がわかっておるのか!」
越後屋が強い口調でそう言うと、シチローがにこやかに答えた。
「なるほど。見てはならぬものですか……それならば、こちらも
あなた達に見てもらいたいものがあるんですがね」
「見てもらいたいものだと?」
越後屋、悪代官、そして大目付は訳が解らないという風に首を傾げる。
「さあ~御隠居、出番ですよ」
そういうとシチローは、光圀の方を向いてニッコリと微笑んだ。
「うむ。では格さん、そろそろ良いでしょう」
謀反の証拠である鉄砲も出揃い、この先は水戸の御一行の独壇場となるに違いない。
上機嫌の光圀に促されて、印籠提示役の格さんが自分の懐に手を入れながら声を上げた。
「ええ~い!皆の者!静まれ~静まれ~!」
いよいよ水戸黄門、最大の見せ場!
と、その時だった。
「おう~おう~おう~!とうとう尻尾を出しやがったな!てめぇら!」
格さんが、懐からいざ印籠を出そうとしたその瞬間に、人夫の間を掻き分けて、突然1人の男が乱入して来た。
「やい!越後屋!てめぇらの悪事、この金さんの桜吹雪がしっかりと見届けたぜ!」
そう言って諸肌を脱ぐ男の背中には、見事な桜吹雪の入れ墨が……
「ええ~っ!もしかして遠山の金さん!」
驚きであんぐりと口を開ける、チャリパイの面々。
そして
「チッ…」
自分達の最大の見せ場を邪魔され、苦虫を噛み潰したような顔で舌打ちをする光圀だった。
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