第21話お座敷

「むぅ……あの大目付の大隈がそんな大それた謀反を起こそうとしていたとは……」


偵察から戻ってきた弥七から報告を受けた光圀は、そう言って渋い表情で大きな溜め息をついていた。


「御隠居!これは急いで上様にご報告せねばならんでしょう!」


しかし、そんな助さんをなだめる様に光圀は言った。


「いや、助さんや…相手はあの大目付の大隈…かくたる証拠も示さずにそんな進言をすれば、幕府の中が大きく揺らぐ事になりましょう。まずはその鉄砲百丁の在処をつきとめるのが先決です!」


その鉄砲百丁……代官屋敷の天井裏で聞いた話では、越後屋が揃える手筈になっていたようだったが……


「確か、越後屋は『鉄砲百丁の手配はもうすぐ出来る』と言っていたわ!…つまり、近日中にどこかから仕入れるって事よ!」


てぃーだが越後屋の台詞からそんな推理をすると、弥七はある事を思い出した。


「越後屋といえば…あの野郎、芸者遊びがめっぽう好きで年中芸者を呼んで、ドンチャン騒ぎをしてるって噂だぜ」


シチローは、弥七の話を聞いてすぐに弥七が言わんとする事を察した。


「成る程それは使えるな」


弥七とシチローの二人は、互いに顔を見合わせてニヤリと口角を上げる。そしてその視線を、てぃーだ、子豚、ひろき、そしてちょうどそこに居合わせていたお銀の四人へと向けた。


「それじゃあ~諸君は芸者になりすまして、越後屋へと潜入捜査に行ってらっしゃい」



♢♢♢




表向きは江戸きっての呉服屋である越後屋。だが、勿論それは表向きの姿…裏では現在の大手ゼネコンのように、役人との黒い繋がりによってその膨大な利益をもたらしている。そんな越後屋兵部衛は、今夜も行きつけの料亭で宴会をしていた。


「いやあ~今宵も愉快に宴会じゃ。さぁ~芸者、酌をしなさい」


馴染みの高級料亭で、赤い顔をして上機嫌の越後屋のお座敷に、今夜チャリパイとお銀は潜入していた。越後屋には見えないように顔の向きを変えて、

ひろきが子豚に耳打ちする。


「毎晩のように宴会なんて、越後屋って大層な身分なんだね…」

「まったく、世の中をナメてるんじゃない?」


自分達の事は棚に上げて、越後屋の陰口をたたくチャリパイの宴会部隊。


「さぁ、お三方それじゃ行くわよ」


お銀に促されて、芸者姿の四人は明るい笑顔をたずさえて越後屋のもとへと駆け寄った。


「これはこれは~越後屋の旦那『銀やっこ』と申します~今夜は宜しくお願いいたします」


お銀に続いて、チャリパイも笑顔で挨拶。


「『春やっこ』と申します~どうぞお見知りおきを」

「あたしは『夏やっこ』ですヨロシク~」

「私が『冷やっこ』どすえ」


あえて説明しなくとも、読者諸君には誰が何やっこなのかわかるのではないだろうか……


越後屋がどこかから鉄砲百丁を仕入れようとしている事は明白である。問題はその在処をどうやって聞き出すかなのだが…そんな四人の思惑には全く気付いていない越後屋は、鼻の下をのばしてお銀のお酌を受けながら、お銀を口説こうとしていた。


「どうじゃ、銀やっこ。儂の女にならんか?そうすれば金には不自由させんぞ~」


馴れ馴れしく腰に手をまわされ背筋に悪寒を感じながらも、お銀は大げさに喜んでみせる。


「まぁ~嬉しいあたし、お金持ちってだぁ~い好き」

「そうだろう~そうだろう金持ちの嫌いな女なぞ、世の中に居る筈が無いからな。

なぁ、春やっこ。お前もそう思うだろ?」


不意に話を振られたてぃーだは、越後屋の方に笑顔を向けながらも、全面的な肯定はせずにこんな答えを返した。


「ええ、アタシもお金持ちは大好き…でもね越後屋の旦那……アタシが一番好きなのは、宮本武蔵のような、強~いお侍。やっぱり、剣術の達人って良いわぁ~」


そんなてぃーだの言葉にプライドを傷つけられたのか、越後屋は注がれた酒を一気に飲み干し、口を尖らせてこう言い返した。


「ふん!剣術など、所詮わ!」


それを聞いたてぃーだの眉がピクリと上がる。

(よし、うまくかかったわ)


越後屋が思わず口にした鉄砲という言葉。これを突破口としない手はない。


「でも越後屋の旦那。鉄砲といえば、幕府御禁制の品!そんなに簡単には手に入らない筈でしょ?」


てぃーだは、そんな手に入らない鉄砲など“絵に描いた餅”と一緒で何の現実味も無い話だと、越後屋を煽ってみる。


「やっぱり、一番強いのは剣術の腕が立つお侍さん」

「いや!そんなものより鉄砲じゃ!お前は知らんかもしれんが、鉄砲なんぞ簡単に手に入るのだぞ……現に段取りになっておる」


そこまで喋って越後屋はハッと自分の口元を押さえた。

(おっと、これは内密の話だったな……まぁ、芸者ふぜいに話したところで何ら問題も無いと思うが…)

(五日後に港に運ばれて来る訳ね……潜入捜査見事に成功~)


何も知らない越後屋を挟んで、互いに目を合わせてにんまりと頷くお銀とてぃーだだった。



「ところで、そこの二人!」


不意に、越後屋が子豚とひろきを呼びつける。


「え?」


そう言って振り返る子豚の口には、大きな海老の天ぷらが…一方のひろきの右手には、自分の為用の徳利があった。


「さっきから見ておればお前達、飲み食いばかりで何もしとらんではないか!芸者ならば芸のひとつでも披露せんか!」

「芸だって、コブちゃん……芸って、何やればいいの?」


そんなひろきに、越後屋は酒のまわった赤い顔でまくし立てる。


「唄とか踊りとか何か出来んのか!お前達芸者だろっ!」


「う~~ん…………それじゃあ『あいみょん』の……」

「ちょっと、ちょっと待ちなさい!ひろき!」


少しはにかんだ顔で歌の紹介を始めるひろきに、子豚が慌ててその腕を引き、部屋の外へ連れ出した。


「アンタ!ここは江戸時代なのよ!『あいみょん』は無いでしょ、あいみょんは!」

「だって、あたし江戸時代の歌なんて知らないもん」


子豚は、暫く頭を抱えて考えていたが……やがて、ポンと胸を叩いてこう言った。


「わかったわ!ここは私1人でやるから、アンタは隅っこで見てなさい」

「ええ~っ!もしかしてコブちゃん、日本舞踊とか習ってたの?スゴ~イ!」


尊敬の眼差しで子豚を見つめるひろき。


「まぁ~私くらいになるとね……じゃあ、ちょっと準備してくるわね」


そう言って子豚は、部屋の屏風の影へと姿を消した。


「お~い!早くせんか!何をやっておる!」


待ち切れなくなった越後屋が、座敷から声をかけてきた。


「は~~~いただいま」


♪テケテンテンテンテ~ン♪


「え~~毎度バカバカしい小噺こばなしを一席」


「落語かよ……」











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