第19話チャリパイ江戸珍道中②

「かっかっかっかっ」


格さんとシチロー達のやり取りを見ていた御老公が、突然大声で笑い出した。


「まぁまぁ、格さんや、そんなに怒る程の事でも無いでしょう。そこの四人も、もう良いから頭を上げなさい」


さすがに人の上に立つ者は、懐が深い。御老公は、さっきまでのシチロー達の無礼を水に流してくれた。それだけではなく、この一風変わった身なりの四人に興味を持ったのか、御老公はシチロー達に自分達の旅に同行しないかと持ち掛けてくれたのである。


「お前さん達は、これからどこか宛てがあるんですか?もし良かったら、私達とご一緒しませんかの?」


シチロー達に宛てなどある訳が無い。右も左も分からないこの江戸時代にいる間、天下の水戸黄門一行と一緒に居られるのなら、これ程心強い事は無かった。


「是非ともご一緒させて下さい!」

「御隠居~!よろしいんですか?あんなどこの者とも解らない輩を一緒にさせて?」


格さんは、口を尖らせて反論するが、御老公は平然と笑って流した。


「なに、問題はありません。この人達は、悪い人間では無いようだ…それより格さん、むやみやたらに印籠を出すものではありませんよ」

「あ…つい頭に血がのぼって…」


格さんの軽率な行動を御老公が注意すると、ひろきがそれに加勢した。


「そうそう!やっぱりじゃないと!」




☆☆☆



シチロー達はそれぞれに自己紹介をした後に、改めて御老公達に深々と頭を下げて挨拶をした。


「それじゃあ~御隠居、参りましょうか」

「そうですな、シチロー殿。かっかっかっ~」


かくして、水戸黄門とチャリパイのコラボ~江戸珍道中は始まった。

そうして歩き出す事……5分も経たないうちに、子豚が御老公に満面の笑顔で話しかける。


「御隠居~そういえばお腹が空きましたね~この辺で腹ごしらえでもしましょうか」


アンタはうっかり八平か・・・


「そうじゃな。それでは、あの店で腹ごしらえとしますか」


そう言って、光圀は一軒の飯処を指差した。


飯処『此処巣』


「ねぇ、あれ何て読むの?」


ひろきがその店の看板の読み方を尋ねると、それには八平が得意気な顔で答えてくれた。

「あの店は、安くて旨いと江戸でも評判の『ここす』という店だよ」

「ハハハ江戸時代にもココスなんてあるんだな」


まるで、どこかのファミレスのような名前に、チャリパイの4人は顔を見合わせて笑ってしまった。


「それじゃあ~私、にしようかしら」


いや…いくら何でも、そこまでは一緒じゃないから……コブちゃん…



♢♢♢



「それじゃあ~いっただきま~す」


川魚の焼き物に漬け物…そして味噌汁といった、シチロー達の時代から見ればあまり豪勢とはいえない料理ではあるものの、あの水戸の御老公一行と食卓を共に出来るなんて、この上ない光栄な事である。しかし、チャリパイがただの食事だけで済む筈が無い。子豚が日本酒を注文するのを皮切りに、お酌合戦が始まり、次第にいつもの宴会が始まる。


子豚は…


「ねぇ~格さん、印籠見せてよ。記念に写メ撮るんだから」

「ん~そうだな。ちょっとだけだぞ!ちょっとだけ」


そして、ひろきは…


「そうそう!あたしビール持って来てたんだ。御隠居も飲む?」

「びいる?はて…初めて聞く名前じゃが…せっかくだから、頂戴しようかの」


ひろきが注ぐ、生まれて初めて見る泡の立った黄色い液体に恐る恐る手をつける光圀。それをひとくち喉に流し込むと、光圀は歓喜の声を上げた。


「う、旨い!」


喉にぐっとくる程良い刺激、そして爽快感は、光圀が生まれてから一度も味わった事の無い感覚であった。


「世の中は広い…こんなに旨い飲み物が江戸にあったとは!」


格さんは、大事な印籠を子豚に触らせてるわ、光圀はひろきとビール飲み始めるわ…

その時だった。


「あぁ…この場所は食い辛ぇな…」


その声が聞こえて来たのは、チャリパイと御老公達の上方…店の天井からである。


「むっ…その声は、弥七やしちか?」


助さんが片方の眉を上げて、声のする天井を見上げると、その天井を塞いでいる板がスルリと開き、『風車の弥七』が顔を覗かせた。


「ここは暗くて、何食ってんだかわからねぇや…」


「ってか、そんな所で飯食ってんじゃね~よ!…それで、何か判ったのか?」


どうやらこの弥七、光圀の命を受けて、何か情報を収集していたらしい。

天井裏から、軽やかに床へ降り立った弥七は、神妙な顔付きで話し始めた。


「やっぱり御老公のにらんだ通りでした…『越後屋』と代官の山中、そして大目付の大隈…この三人で何か良からぬ事を企てているようです」

「なに!それはただ事じゃないな…」


弥七の報告に、格さんも顔色を変えて話に加わってきた。


助さんと格さんは互いに顔を見合わせて頷くと、光圀の方へと見やった。


「これは、大事になる前に我々でなんとかしなければ!…いかが致しましょう?御隠居!」


「びいる~おかわりぃ~」

「話聞いてんのかっ!アンタはっ!」


さすがの光圀も、あのひろきと一緒にビール飲んでいては、酔いもまわるに違いない。

越後屋に代官、そして大目付けの良からぬ企み…そんな弥七の話を聞いて、シチローの探偵の血が騒いだ。


「まるで時代劇そのまんまの展開だな…大目付けが関わってるとなると、事によっちゃあ幕府に対する謀反に発展する可能性大って訳か…」


そんな推理をして、シチローはポケットから煙草を取り出しておもむろに火を点けた。


「うわっ!!シチロー殿!今、何をなさった!」

「えっ?…何が?」


突然大声を出し、目を丸くして驚愕の表情でシチローを見る助さん、格さん、そして弥七。シチローは最初その意味が分からなかったが、この時代が江戸時代だと気付き、すぐにその訳を理解した。


「ああ、『ライター』の事か。これはね…何というか…魔法の一種でして」


何と説明すれば良いのか…シチローは、とっさにそんな言い方をしてその場をしのいだ。普通、江戸時代で火を起こすとなれば、それはもう大変な労力を必要とする。

それを涼しい顔で一瞬にして煙草に火を点けてしまったのだから、魔法と言う他は無いだろう。


「素晴らしい術であるな!」


助さん達は顔を見合わせて感心していた。



♢♢♢



「ちょっとお~!食べ物これしか無いのぉ?」


江戸時代の質素な料理に物足りなさを訴える子豚は、ごそごそと自分のバッグを漁り始めていた。


「仕方ないわね…おじさ~ん!熱いお湯頂戴!お湯~!」


その子豚の手にあるのは、2024年から持ってきたカップラーメンであった。


「何じゃ、それは?」


興味深そうに問い掛ける光圀に、子豚は当たり前のように答える。


「何って、ラーメンよ…御隠居も食べる?」


そう言って、バッグからカップラーメンをもう1つ出して、光圀に差し出した。


「お湯を注いで食べるのよ!」


子豚は自分の分と光圀の分のカップを開封し、店の主人から貰ったお湯を注いだ。

そして、その様子をまるで子供のように目を輝かせて見つめる光圀。


「では、いただき…」

「ああ~!ダメダメ!3分間待たなくちゃ!」


お湯を注ぐなり、いきなり箸を付けようとする光圀に向かって、子供を叱るような口調で制止する子豚。


「まだかの?」


「まだまだ、あと1分!」


「……まだかの?」


「あと30秒よ!」


光圀……子供かっ!


「はい、3分経ったわ御隠居ど~ぞ」


おあずけを解かれた犬のように、急いでカップのフタを取る光圀。なんとも良い匂いのしょうゆ風味の湯気が光圀の顎髭を伝って鼻腔を刺激する。味噌汁とも雑炊とも違う、今まで味わった事の無い感覚である。


「では…いただきますぞ!」


ズルズル~ッ


「う!旨い!なんという旨さじゃ!」


2024年のスーパーの特売品だったカップラーメンは、見事に光圀の舌を唸らせた。

先程から、その様子をずっと見ていたてぃーだは、思い出したように呟いた。


「そう言えばある文献によると…『日本人で最初にラーメンを食したのは水戸光圀公である』って書いてあったけれど、どうやらそれってコブちゃんのおかげみたいね……」


ホントかよ……



♢♢♢



「それにしてもシチロー殿…お主達は一体、何者なんじゃ?」


ラーメンをすすりながら、光圀がそんな素朴な疑問を投げかける。4人共に江戸時代では決して見かける事の無い衣服を身に纏い、シチローは火を自在に作り出し、ひろきや子豚は、ビールやラーメンといった見たことも無い代物を平然と飲み食いしている。光圀が不思議に思うのも無理のない事だろう。シチローがその質問に何と答えようかと悩んでいると、弥七がその間に割り込んでこんな事を言い出した。


「御隠居!あっしには解りますよ…この四人はきっと、どこぞのに違えねぇ!」


弥七は、先程のシチローがライターで煙草に火を点けた様子や、ラーメンやビールといった食糧をバッグに蓄えている事などから、この四人の事をずっと忍者ではないかとにらんでいた。


「なっ、そうだろ?シチロー殿!」

「ハハハ…まぁその…そんなようなものです」


シチローは、何と答えて良いか解らず、あえて否定もせずに笑ってそう答えた。


「それは心強いならば弥七と一緒に、是非とも今夜の偵察に力を貸して頂きたい!」

「え・・・?」


助さんも格さんも、そう言って、身を乗り出して満面の笑顔でシチローの肩に手を置いた。


「は…はぁ…」

(もっと違う言い訳をしておけば良かったな…)














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