第18話チャリパイ江戸珍道中①

しばらくするとシチロー達の眼前には、一際輝く光の塊が見え始めた。


「ああ~~やっと着いたぞ、懐かしの2024年」


しかし、当然の事ながらその光の先は2024年などでは無い。


「あれ…?」


タイムトンネルから一歩足を踏み出したシチローは、思っていた風景とはあまりにかけ離れた佇まいに首を傾げた。


何処どこだ、ここ?…歌舞伎町じゃないよね…」


どう見ても現代建築とは思えない古びた建物が並び、丁髷ちょんまげに着物姿の人々が歩く…TVの時代劇でお馴染みの町並みである。後から出て来た3人も、口をあんぐりと開けて呆然としていた。


「これは……」


「何の撮影かしら…水戸黄門?それとも、暴れん坊将軍かしら?」


どうやらこの場所を、太秦撮影所うずまささうていじょか何かだと思っているらしい…まさか自分達が江戸時代へ飛ばされていたとは、全く気付かない4人だった。


「…って事は、ここは京都か?…ったくメルモさんまた間違えてるよ!だっつぅ~のに!」


それ位の間違いならば、かわいいものだが、シチロー達がこの場所から新幹線で事務所へと帰る事は、残念ながら叶えられそうに無い。それにしても、さっきから町を歩く人々の、シチロー達を見る視線が痛い。江戸時代の風景には、あまりにも似つかわしくない姿の4人は、周りの人間から物珍しそうな目で見られていた。


「なんかオイラ達、撮影の邪魔みたいだな…少し歩けば売店か何かあるだろ……ちょっとそこで、ジュースでも飲んでひと息つけよう」

「賛成~」


そんなシチローの提案を受け入れ、チャリパイは、あるはずもないジュースを求めてフラフラと歩き出した。普段は見る事などない、珍しい建物や着物姿の人を興味深そうにキョロキョロと見回しながら歩く4人


「いやあ~良く出来てるなぁ~まるでホントに江戸時代に居るみたいだ」


ホントに江戸時代に居るのである。そんな、余所見よそみをしながら歩いていたからだろう…


「アイテッ!」


子豚が、向かい側から歩いて来た1人の男とぶつかってしまった。


「ちょっとアンタ!痛いじゃないのよ!どこ見て歩いてんの!」

「ひっ、ひえ!すいません!」


余所見よそみをしていたくせに、子豚はぶつかった相手にいきなり怒鳴りつける。

男も男で、子豚の勢いに押されて怯えたように謝っていた。丸顔で少し頼りなさそうな風貌の、そんな男に同情してシチローが間に入って子豚を宥めた。


「まぁ~まぁ~コブちゃん、そんなに怒らなくたって…」


すると…


「おい!八平はちべえ!お前また、他人様に迷惑かけているのか!」


少し離れた所から、その男を叱咤する声が聞こえた。男の名前は『八平』というらしい。その声のする方を見ると、そこには、たくましそうな男が二人と、その間に挟まれた品の良さそうな老人が立っていた。


「どうもすみませんな…ご婦人どの、うちの八平が何やらご迷惑をおかけしましたようで」

「いやぁ~こちらこそ。余所見してたの、実はコブちゃんの方なんですよ」


シチローは、その老人に向かって笑って答えた。そして、ものはついでとその老人に問い掛けた。


「ところで…オイラ達、ジュース売ってる所を探してるんですが、お爺さん知りませんか?」

「じゅう……何とおっしゃった?」


ジュースや自販機など、この時代に存在しない言葉を聞いて、老人は首を傾げる。不思議そうな顔をする老人を見て、シチローは老人の方へツカツカと歩み寄って、耳元で更に大きな声で質問を繰り返した。


「あ~の~ねぇぇっ!おじい~さんっっ!」

「わああぁぁぁ~っ!…耳元でそんな大きな声出さんでも聞こえとるわっ!」


老人が、たまらず耳を塞いでしゃがみ込んだ。


「耳が聞こえない訳では無い。そなたの言っている言葉の意味が解らんのじゃよ」


老人にそう言われたシチローは、思わずこんな失言をしてしまう。


「言葉が解らないって…お爺さん、ボケてるのかな?…」

「なっ!なんという事を!」


老人の脇にいた男が驚いた顔をしてシチローの前に歩み寄った。


「今の言葉は聞き捨てならん!お前達!ここにおわす方をどなたと心得る!」


いきり立つその男を、老人は穏やかになだめようとするが…


「まぁまぁ、格さん。そんなにムキにならんでも…」

「いいえ!ご隠居。いくら何でもご隠居に向かって『惚けている』とは、この上無い暴言!許しておく訳には参りません!」


そんな老人と男のやり取りを聞いていたシチロー達は、その会話に出てくる名前に、ある可能性を感じ始めていた。


「最初にコブちゃんとぶつかったのが『八平』…そして、この二人が『ご隠居』に『格さん』……って事は…まさか…」


そのシチロー達の予感は見事に的中した。


「ええ~い!控えおろう~!お前達、この紋所が目に入らぬかぁぁっ!

この御方をどなたと心得る!さきの副将軍、水戸光圀公の御前にあられるぞ!

頭が高ぁぁ~~い!」


声高々に格さんが、ついに天下の宝刀『葵の紋所』の印籠をシチロー達の前に突き出した!


あんぐりと口を開けて、驚愕の表情を見せるシチロー達!


「えええぇぇぇ~~~~っ!」

「水戸黄門、のかっ!」


4人声を揃えて、なんとも間の抜けた感想を洩らした。


本当に、真実を知らないという事は恐ろしいものである。天下の葵の印籠を前にして頭ひとつ下げないのは、日本広しと言えども、朝廷と将軍、そしてこの4人ぐらいなものであろう。しかも、シチロー達ときたら、目の前の三人をまじまじと眺めて、こんな失礼な発言さえするのだ。


「しかし…何だってこんな無名の役者なんて使うのかね…視聴率ガタ落ちするぞ…」

「御老公の迫力がもう少し欲しいところね…」

「セリフも今ひとつ。演技力の勉強が必要ね」


これにはさすがの格さんも参ってしまった。この印籠で、ひれ伏さなかった輩など今まで誰ひとりだっていなかったのに…その心境は、によく似ている。


(そういえば、この連中の着ている派手な着物…もしやこれが、何物にも束縛されず己の生き方を貫く事を信条とする『傾奇者(かぶきもの)』なる者なのか…)


【『傾く』とは、異風の形を好み、異様な振る舞いや突飛な行動を愛する事をさす。そして、真の傾奇者は、己を美しゅうする為には命をも賭したという…】

※─花の慶次─より抜粋


ともすれば、その場で斬り捨てられてもおかしくないその行為を命を賭して貫こうとしているこの4人に、格さんはなぜか、怒りよりもその生き様に対しての痛快な魅力を感じ始めていた。

(なんとも気持ちの良い…斬り捨てるには惜しい輩だ)


その時。シチローのポケットの中でスマートフォンが着信を知らせた。


♪~♪♪♪♪

「ハイもしもし」

『あっ、シチロー?凪ですけど…ごめんなさいね…こっちの手違いでみんなを江戸時代なんかに飛ばしてしまって…』

「えっ…?江戸時代に飛ばしたって…じゃあ、オイラ達がいるここはホントの江戸時代って事?」

『そうよ?見ればわかるでしょ?…ちょっと修正に時間がかかりそうで…申し訳無いんだけど、もう暫く辛抱してね。準備が出来たらまた連絡します。~じゃあ、そういう事で~』


凪との電話の内容を聞いていた他の3人も、すぐに今の自分達の状況に気が付いたようだ。


「…って事は…今、は……」


「ははぁぁぁぁぁ~~!」

「今頃になって土下座してんじゃね~よっ!俺はがっかりだよっ!」


この連中に少しでも魅力を感じた事を猛烈に後悔する格さんだった。














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