第16話機械と人間の違い

これまで、試合中ほとんど言葉を発しなかった

motherが、この時、凪に向かってこんな質問を投げかけて来た。


『そこの女…質問に答えなさい。隊尊に殴られてもいないお前が、何故今、涙を流すのだ?』


motherは、この凪の様子を奇異に感じていた。コンピューターのデータベースでは、哺乳類が涙を流すのは『目に入った不純物を洗い流す為、或いは角膜を乾燥から防ぐ為』だとなっているのに、凪の涙はそのどちらにも当てはまらないからだ。


「な、何故って…感動しているからよ…」

『感動?…試合に負けそうなのに感動というのはどういう事だ?』

「私には、素敵な仲間がついているってわかったから!嬉しくて感動しているのよ!」

『嬉しいのに涙……』


motherの涙に対する条件とは、全く矛盾する凪の答え。その時だった!


「お前には、一生かかっても理解できないだろうさ!」


その声は、リングの上から聞こえた。


「シチローー!」


レフリーがカウントエイトを告げる頃、シチローは不屈の根性でよろけながらも再び立ち上がっていた。


「そうだよ凪!オイラ達は仲間だ!その仲間の危機を救う為に、チャリパイは途中で諦める事なんてしないんだよ!」


そんなシチローに、微笑みを浮かべててぃーだが続いた。


「まぁ、美しき友情と絆ってところかしら」


『涙…仲間……友情………絆………』


motherは、まるで呪文を唱えるようにその四つのキーワードを繰り返した。

いつの事だったろうか…motherは、これと同じような事例が己の膨大な履歴の中に残っているのを見つけ出した。それはまだmotherが、ある技術者を中心とするプロジェクトチームによって開発されたばかりの、およそ人類を支配しようなどという考えは微塵も持たぬ頃の事だった。



☆☆☆



「おはよう。mother」

『おはようございます。十文字さん』


十文字というのは、プロジェクトチームの主任技術者 十文字吾郎じゅうもんじごろうの事だ。彼は、mother開発の中心的な技術者であり、この施設へと毎日足を運び、motherのデータの採取やプログラムのチェックなどを行っていた。


「うん、問題は無いな…mother。君は確実に、日々成長している。現段階で君は人間に最も近い意志を持つコンピューターと言えるだろう」

『人間に近い?』


motherは、十文字が満足そうに発したその言葉に若干の疑問を感じ、反論をした。


『十文字さん、私が人間に近いというのは少し正確性に欠ける発言だと思います。

人間は、時々ミスをしますが、私はミスをしません。常に無駄の無い的確な判断を導き出すからです』


それを聞いた十文字は、両の眉を下げて笑った。


「ハッハッハ~これは手厳しいな。確かに計算能力、物理的な判断能力は、人間ではとてもコンピューターにはかなわない。しかしね、人間には計算では弾き出せない『心』というものがあってね…時には、敢えて無駄なあがきをする事があるんだよ」


motherには、『心』というものがどんなものなのかが理解出来なかった。敢えて無駄な事をする道理など、自分のプログラムには存在しない。


『…ココロ…ですか?それは一体、どんな定義から形成されるものなのですか?』


motherの質問に、十文字は困ったような顔をして答えをはぐらかせた。


「いやぁ、その質問に答えるには、僕はまだまだ人間的に修業が足らないかもしれないな…」


そして、顎に手を当ててしばらく考えたあとに、十文字はこんな言葉を発した。


「まあ、例えば……『愛』とか『友情』『思いやり』『絆』みたいなものかな……」


☆☆☆



『涙…仲間…友情…絆……愛…思いやり………………ココロ………』


「あれ…?motherの様子が少しおかしいぞ?」


いち早く、motherの異変に気付いたシチロー。ふと、モニターを見ると、今までずっと冷たい無表情だった黄金の顔が、段々と苦悶の表情へと変わっていった。


『ナミダ…ナカマ…ユウジョウ…キズナ…アイ…オモイヤリ……ココロ……』



ナミダ


     ナカマ


  ユウジョウ


       キズナ


オモイヤリ


      アイ


  ココロ


………010011100110110110101100000011100111111100000000001011000111111110000111000101……



──解析不可能──







ピ─────


およそ、どんなに計算し尽くしても数字では計れない人間の『心』の解析をしようとしたmotherの集積回路は、そのあまりに重い負荷の為に、フリーズを起こしてしまった。


リング下からてぃーだが叫んだ!


「シチロー!隊尊の動きが止まったわ!今がチャンスよ!」


ファイティングポーズをとったまま彫刻のように固まってしまった隊尊を見上げて、シチローがニンマリと笑う。


「よ~し今まで好き放題殴りやがって!今度はこっちの番だ!」


残る力を振り絞って、シチローのアッパーが隊尊に向かって行った!


「食らえ~っ!怒りのコークスクリューアッパーー!」



♢♢♢



「ねぇ…コブちゃん、なんかあの辺煙がでてるよ…」


ひろきが、motherを指差して子豚に話しかけた。


二人の側で発熱して煙を出すmotherを見て、子豚とひろきは顔を見合わせて同時に叫んだ。


「もしかして、さっきの攻撃って少しは効いたのかも!」


慌てて再度武器を手に持ち、身構える二人。


「さあ!もう一度行くわよ、ひろき!やっぱり主役は私達なのよ!」

「そうだね。あたし達、カッコイイ~~」


そして二人は、既にバリアも消えてしまった無防備なmotherに向かって、再びパイプ椅子とビール瓶を振り上げて突っ込んで行った!


「とりゃああああ~~~~!!」


バッコォーーン!


ガシャーーーン!


シチローと子豚達、ほぼ同時に攻撃が仕掛けられた。フリーズし、全く防御能力を無くした隊尊とmotherは、もはやチャリパイの敵ではなかった。


「やったわ!隊尊ダウン!」


凪とてぃーだが、手を取り合って喜ぶ。同じように、子豚とひろきもお互いに手を高々と挙げて勝利の雄叫びを上げていた。


「ウィ~ア~ザ、ナンバ~ワン~」


リング下では、動きの止まったレフリーに代わり、凪が嬉しそうにカウントを数えた。


「ワ~ン ツゥ~

スリィ~ フォ~


ファイ~ブ


シ~ックス


セブ~ン


エイ~ト


ナイ~ン


最後は凪とてぃーだが声を合わせて、両手を広げ10本の指を高々と掲げた。


 「テ~~~~ン!」

「KOです!3ラウンド2分54秒。チャリパイ代表シチローの、見事な逆転KO勝ちです」


てぃーだが、リングの中継アナウンサーを真似て試合の様子を実況する。


ついに人類は、自らのその手で自由を勝ち穫ったのである!機械では叶わない、他人を思いやり助け合うという行為…それは、チャリパイ、そして凪の全員が力を合わせて戦った、まさに仲間による総合力の勝利であった!


















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