第15話ファイナルステージ④
隊尊の凄まじい右ストレートの前に、シチローがついにダウンを喫してしまった。
「シチロォォーーッ!」
チャリパイチームの悲鳴にも似た悲痛な叫びが、試合会場に響く。あれだけのパンチを、しかもカウンターで受けてしまったシチローのダメージは計り知れない…
マットに倒れ込んだシチローは、ピクリとも動く気配がなかった。
「どうしよう…シチロー負けちゃうよ…」
レフリーの無情なカウントが開始される中、リング下の4人は絶望的な眼差しでシチローを見ていた。
「…スリー! フォー! ファイブ!…」
「シチローー!早く起きてよ~!もう朝だよ~!」
「シチローー!早く起きないと、アンタの朝ご飯食べちゃうわよ~!」
ひろきと子豚が必死に大声でそう叫んでも、シチローに全く動きは無い。このままテンカウントを迎え、チャリパイチームはシチローのKO負けで終わってしまうのだろうか…もう、とうとう人類の未来もこれまでか……そう思ったその時、今まで黙って腕組みをしていたてぃーだがロープ際まで走り寄り、シチローに向かって囁くように声を発した。
「シチロー!大変!
大家さんが今月の家賃の取り立てに来たわよ!」
ピクッ……
「あ…シチローが動いた…」
凪と子豚、ひろきが呆気にとられて見守る中、カウントセブンで突然
ムックリと起き上がったシチローは、朦朧とした目つきで呟いた。
「…ヤバイ…ティダ…オイラなら出張で出掛けてるって言って…」
「…そんなので起き上がっちゃうの?」
「悲しき『条件反射』ね…」
安堵の表情を浮かべ、てぃーだがホッと息をついた。
♢♢♢
軽く頭を振りながら、何とか立ち上がりカウントナインでファイティングポーズをとるシチロー…しかし、その足下はまだまだフラついている。そんなシチローに憮然とした表情の隊尊は、更なる攻撃を仕掛けようとしていた。
「しぶとい奴めっ!これでジ・エンドだあぁぁ~~っ!」
再びあの凄まじい隊尊の右ストレートが、ダメージの回復もおぼつかないシチローへと襲いかかる!
「キャア~~ッ!シチロ~~ッ!」
これを食らえば、シチローは再び立ち上がる事は出来ないであろう。リング下の4人は、そんな惨劇の直視から避けるように両手で目を被った!
「!!!!!」
カァーーン!
「ふん…命拾いしたな!」
すんでのところで第2ラウンド終了のゴングが鳴り、隊尊のパンチはシチローの顔面まであと1センチのところでピタリと止まる。
「ふうぅぅ~~助かった……」
ゴングに救われ、何とかKO負けにはならなかったものの、依然チャリパイチームの劣勢は変わらない。シチローが隊尊に勝つ為には、もう次の第3ラウンドで隊尊を
KOする以外に方法は無いのだ。そんな絶望的な展開に、凪は既に希望を失い、試合の棄権の提案をし始めた。
「次のラウンドは棄権しましょう…これ以上闘ったら、シチローが死んでしまうわ…」
「何言ってんだよ!冗談だろ凪?…この試合には、凪の時代の人類の未来が懸かってるんだろ!」
シチローが驚いた顔で反論するが、凪は真剣だ。
「だからなおさら…私達の為に、もうこれ以上シチローを危険な闘いに巻き込む事は出来ないわ!」
凪とシチローのやり取りを聞いていたてぃーだが、穏やかに凪の肩に手を置いた。
「凪…もうこの闘いは、私達の闘いでもあるのよ。まだ最後のラウンドが残っているわ!希望を捨てずにいきましょう!」
てぃーだの言葉は嬉しいが、その希望であるシチローは既に全身ボロボロの状態である。隊尊に勝てる見込みなど到底望めないだろう。
「でも、これ以上試合を続けても結果は見えてるわ…コブちゃんだってそう思うでしょう?」
凪は、子豚とひろきに同意を求めようと後ろを振り返った。
「あれ…?コブちゃん達は…?」
子豚とひろきの姿が見えない…
「これ以上シチローなんかに任せておけないわ!」
なぜか『悪役女子プロレスラー』コスチュームの子豚とひろき。それぞれの手にはパイプ椅子とビール瓶を持ち、二人は『mother』の方へと近付いて行った。
「要するに、あの『mother』って機械をぶっ壊せばいいんでしょ?私達がこれで鉄くずにしてやるわ!」
子豚にしては、なかなか鋭い所に気が付いたものだが、果たしてそう簡単に行くかどうか…
「…とにかく、あと1ラウンドで勝負が決まる。勝てるかどうかは判らないけれど、最後まで頑張ってみるよ」
そう言って立ち上がったシチローは、ポンと両手のグローブを合わせると再び凪の方を振り返り、穏やかに微笑った。
「どうか、タオルだけは投げ入れないでくれよ、凪」
そして、運命の第3ラウンドのゴングが会場に響き渡った。
カァーーーーン!
ーーーズトッ!
「うっっ!」
開始早々、隊尊の鋭いボディブローがシチローの腹に食い込む。
「さっき倒れてりゃ良かったのにな、諦めの悪い奴だ」
耳元で隊尊が、ニヤリと口元を歪めてそんな嫌みを囁いた。シチローにとってはまさに地獄のラウンドが始まった。
バキッ!
ズトッ!
ドスッ!
ズダン!
バスン!
ロープに追い詰められたシチローを、容赦なく攻めたてる隊尊。ロープを背にしたシチローは、ダウンする事も出来ずにただ、その繰り出すパンチを浴びていた。
「シチロォーーーッ!」
そんな凪の悲痛な声は、果たしてシチローに届いているのだろうか…
その一方で、子豚とひろきの方はというと…
抜き足。差し足。忍び足…
自分達が近付いている事を『mother』に察知されないように、足音を忍ばせて、そろり、そろりと注意深く歩いてゆく子豚とひろき。時折、モニターに映し出されているmotherの顔の表情を伺いながら、少しずつ歩みを進める。
「大丈夫…まだ気付かれてないわ…いい?ひろき、あの床の線まで行ったらあとは
一気に走るわよ!」
「わかった!上手くいくといいね、コブちゃん」
「上手くいくわよ!主役の私が失敗する訳ないでしょ!」
motherと子豚達の距離は、約10メートル。二人共まるで、部屋で見つけた
ゴキブリでも退治する時のように、息を潜めていた。
9メートル
8メートル
7メートル
6メートル
5メートル…
「今よ!ひろき!」
「やあぁぁぁ~~っ!」
パイプ椅子とビール瓶を振りかざし、子豚とひろきが『mother』めがけてまっしぐらに走る!
「アンタもこれで終わりよおぉぉ~~~!」
ボヨヨヨヨヨ~~ン!
「なによ~これ~~!」
子豚達が思い切り振り下ろしたパイプ椅子とビール瓶は、motherの周りに張り巡らされた透明の弾力のあるバリアに、あっさりと弾き返されてしまった。
「やっぱり、ボケキャラには無理だったね…コブちゃん…」
子豚とひろきの奇襲作戦は、失敗に終わった。僅かな望みだった子豚とひろきの奇襲作戦も失敗に終わった今、人類の未来はもうシチローの闘いに懸ける以外にない。
しかし、その肝心のシチローは隊尊の集中攻撃を受け、この試合二度目のダウンを喫していた。
「ワーン! ツゥー!スリィー!……」
両の瞼は腫れ上がり、唇からは血が滲み、胸も二の腕も青くアザが出来ている。
いったい、どれだけ殴られればこれだけ酷い姿になるのだろう。そんな、体中ボロボロの状態でマットの中央に突っ伏しているシチローに対して、凪はもう、再び立ち上がり闘う事など望んではいなかった。
「シチロー、もういい……貴方はもう精一杯闘ったわ…たとえ、これで人類が永久に機械の支配下に置かれる事になったとしても、誰にもシチローを責める事など出来ない…」
このままでは、人類の完全なる負けである。しかし、今の凪には、不思議な事に悔しさの感情が湧いてくるという事はなかった。自分達の為に、これほどまでに命懸けで闘ってくれた仲間がいた事…シチロー、てぃーだ、子豚、そしてひろき。
こんなにも素敵な仲間と時空を超えて出会えたという事実。
「たとえこの先、どんな試練が待っていようとも……………私は…
私は人間で良かった!」
そう言って、motherを
力強く睨みつける凪の頬には、ひとすじの涙が流れ落ちていた。
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