第14話ファイナルステージ③
まるで『人間サンドバッグ』のように、隊尊に殴られ放題のシチロー。自信満々だったその顔は、もはや原型をとどめていなくなっている。
「うわぁ~!痛そう!」
子豚もひろきも、見ていられないという風に両手で自分の顔を覆い隠し、ただひたすら第1ラウンド終了のゴングが鳴らされるのを待つ。
「ティダ!あと何秒?」
「あと20秒!」
こんな時の20秒は、気が遠くなる程長く感じる…いっそのこと、タオルを投げ込んでしまおうか…そんな葛藤と戦いながら、ようやく3分間が過ぎた。
カァーーン!
「シチローーッ!」
立っているのがやっとな位、ふらつきながらコーナーに倒れ込んで来るシチローの足下に、てぃーだが慌てて椅子を差し出す。
「シチロー!大丈夫?ちゃんと生きてる?」
「あぁ…なんとか…」
顔中が腫れあがり、言葉を発するのも辛そうなシチローに、凪が思い詰めた顔で弱音を吐いた。
「もう無理よ…シチロー…ピエールが言っていたように、今度ばかりはまぐれなんかじゃ勝てない。実力の差は歴然よ!」
そんな凪の肩を、ポンと叩き…シチローが言った。
「さっきはちょっと油断しちゃったから…でも凪、まだ作戦はあるから」
「えっ?…作戦?」
信じられないといった表情の凪に、シチローは腫れあがった顔でニッコリと笑いかけた。
「まだ勝負は終わってないよ!さあ、第2ラウンドが始まる。セコンドアウトだ」
そう言って、椅子から立ち上がるシチローを、凪は呆気にとられて見ていた。
「あれだけ一方的にやられてるのに…ねぇ、ティダ…作戦って一体何なの?」
凪は、格闘技の心得があるてぃーだにその真意を尋ねてみるが…てぃーだは両手を肩先で広げて首を傾げた。
「さぁ、アタシには…ただひとつ判っているのはシチローって根っからの負けず嫌いって事位かしら…」
「負けず嫌いって…そんな事で…」
そして、そんな2人の心配をよそに第2ラウンドのゴングは無情にも鳴り響くのだった。
カァーーン!
第1ラウンドから学習したシチローは、今度は安易に隊尊の懐に飛び込んだりはしない。
「どうした、そんなに離れていては私を倒す事なんて出来んぞ」
「うるさい!作戦だよ!作戦!」
隊尊から距離を取って、リングの中をグルグルと回るシチローを見て子豚が呟いた。
「どう見ても、逃げ回ってるようにしか見えないんですけど…」
シチローは本当に作戦なんてあるのだろうか…そんなシチローの振る舞いに、観客からは大ブーイングが浴びせられる。
「バカヤロウ!逃げてないで闘え~!」
「隊尊~!そんな野郎さっさと殺しちまえ~!」
「ほらほら、観客もおかんむりだぞ!覚悟を決めてかかって来たらどうだ!」
第1ラウンドで圧倒的に優位に立っている隊尊は、余裕の表情でシチローに誘いをかけるが…
「うるさい!作戦だって言ってるだろ!大体、これファイナルステージだろ?何でmotherが出て来ないんだよ!」
急に話の矛先を変え、シチローは、会場のどこかに居るであろうmotherを挑発するように、大声で叫んだ。
「おいっ!mother~!こんなザコキャラ出してないで、お前がオイラと勝負しろっ!」
「ザ…ザコキャラだと?」
明らかに自分より弱い
シチローに『ザコキャラ』と呼ばれ、隊尊の顔つきが変わる。
しかし、そんな隊尊を敢えて無視して、シチローはさらに続けた。
「スーパーコンピューターだか何だか知らないが、所詮自分じゃ何も出来ないただの腰抜けじゃね~かっ!」
リング下でシチローの様子を見ていた凪とてぃーだは、このシチローの不可解な言動に首を傾げていた。
「シチロー…さっきまで逃げ回ってたと思ったら、突然何を言い出すのかしら?…これが作戦?」
その時だった!
突然、会場全体に地響きのような振動が湧き上がり、突如として観客席二階の壁が真っ二つに割れたかと思うと、その奥から巨大な金属の箱が出現したのだ!その箱の上部には巨大なモニターが備え付けてあり、そこにはデスマスクのような表情の無い黄金の顔が映し出されてていた。呆然とその無機質な物体に目を向ける、5人。
「あれが…mother…」
ついに、敵のボスキャラの登場だ!
西暦2100年の世界を牛耳る人類最大の敵である、意志を持つスーパーコンピューター『mother』。その最大の敵が、ついにこのファイナルステージに姿を現した。
気が付くと、あれだけ騒々しかった観客の姿はすっかり消えていて、いつの間にか辺りは漆黒の闇に包まれていた。
『ようこそファイナルステージへ』
モニターに映る顔の動きに合わせて、どこからか声が聞こえる。
『隊尊と私は一心同体。彼は、私の攻撃力を具現化した最強のファイターである…即ち、隊尊と闘う事=私と闘う事なのだ』
motherは、シチローが言った『お前が自分と闘え』という言葉に対しての答えを返してきた。
「じゃあ~なにか?オイラが隊尊を倒したら、お前もぶっ壊れるってのか?」
『その質問に答える事は無意味だ…私の計算では、お前が隊尊に勝てる確率は0.0000000000000……』
「やかましいぃぃっ!どんだけ低い確率だよっ!こんなデクの棒のザコキャラなんか、さっさと倒してやるよっ!」
「ま、またしてもザコキャラと…」
先程から隊尊の方など見向きもせず、さらにザコキャラ呼ばわりするシチローに、隊尊の怒りは頂点に達していた。
「うおぉぉっ!さっきから言わせておけば!お前こそ、さっさとくたばれぇぇぇ~~!」
背中を向けているシチローへ、隊尊の怒りを込めた渾身の右ストレートが襲いかかる!
「キャア~~!シチロー危ない!」
シチロー、ついに絶対絶命のピンチか!
ところが…
隊尊の攻撃に気が付いたシチローは、その凄まじい右ストレートに対して、避けるどころか自分から立ち向かっていったのだ!
「これを待ってたんだ」
シチローは、隊尊が突き出した右ストレートに這わせるように自らも右ストレートを打ち出した。
リング下で、それを見たてぃーだが驚いたように叫ぶ。
「まさかあれは!クロスカウンター!」
少年漫画の名作『あしたのジョー』で、矢吹ジョーがウルフ金串のアゴを砕き再起不能にさせたというあの伝説の技を、シチローは今まさに再現しようというのだ!
シチローはずっと考えていたのだ。
第1ラウンドの最初の攻撃でもわかるように、シチローのパンチは隊尊に全くといって良い程効かない。隊尊にダメージを与えるには、相手のパンチが強ければ強い程効果のあるカウンターを使うしか方法が無い事を。
「くらえぇぇ~っ隊尊~~!」
バチ~~~ン!
ズル…
互いに拳を交えた、あのシルエットから最初に崩れ落ちたのは…
シチローの方であった。
「クロスカウンターって…リーチの長さが相手と同じ位ないと無理なのよね…」
てぃーだが溜め息をつきながら、ぼそりと呟いた。
隊尊より遥かに小さな体のシチローの拳は、惜しいかな…隊尊の体には、全く届いていなかった。
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