第11話大食い対決
さて、これで一勝一敗。勝負の行方はこれで、第三回戦『大食い対決』の結果に委ねられる事となった。チャリパイチームの代表者は、もちろん…
「コブちゃん!いよいよ君が活躍する時がやって来たよ」
なにしろ、次の対決は『大食い対決』である。コレはもう、子豚の為にあるのではないかと思う位の適役に違いない。
ところが、その子豚…何やら困惑した表情でこんな事葉を洩らし始めた。
「でも、私…今『ダイエット中』だから、あまり沢山食べたくないのよね…」
「え?・・・・」
このタイミングで肝心の子豚がダイエットなんて、それこそ話にならない。
シチローは、子豚にダイエットを諦めるように諭した。
「コブちゃん!今はそんな事言ってる場合じゃないだろっ!…さっきだってバナナにかぶりついてたくせに」
「バナナは良いのよ。だって、バナナダイエットなんてある位だから」
「人類の未来がどうなってもいいのかっ!」
「でもねぇ…人類の未来も大事だけど、私の体型の未来も大事なのよね…」
人類の未来とそんなモンを秤にかけるなよ…
大食い対決直前になって発生した、子豚のダイエット宣言。しかし…その問題は、ほどなく解決した。シチローと子豚のやり取りを聞いていた凪が、こんな事を教えてくれたのだった。
「コブちゃんダイエットの事なら心配は無用よ。…なぜなら、ここは『バーチャルワールド』。ここでいくら沢山食べたところで、現実の世界のコブちゃんの体重が増えるという事は全く無いから」
「さあ~皆さん!ここは私に任せて、大舟に乗った気持ちでいて頂戴」
体重が増えないと聞いたとたんの、子豚の変わり様といったら…
「よ~し!コブちゃん、頼んだぞ!」
「コブちゃんガンバレ~」
「さあ!そっちは誰が相手なの!モタモタしてないで、さっさと出て来なさいよ~!」
問題が解決し、意気揚々のチャリパイチーム。一方、ピエールチームはというと?
「あの…もうここに居ますけど…」
そう言って間が悪そうに返事をしたのは、最初からこの場所にいたピエール本人だった。
「えっ?大食い対決の相手って、ピエールだったの?」
確かに、風船のようなふくよかな体型のピエールはこの対決に向いているのかもしれない。
「ハッハッハッそうだ!驚いたか~…さらにもっと驚いて貰おう!」
そう言った直後のピエールの変わり様に、シチロー達は度肝を抜かした!
「うぬぅぅぅぅぅ~あぁぁぁぁ~~~っ!」
「な!なんだありゃあ~!」
なんと!シチロー達が見ている前で、ピエールが低い唸り声を上げながらみるみるうちに大きくなっていくではないか!
「スゲエ~ッ!『超人ハルク』みたいだっ!」
ただし、超人ハルクのような筋肉ムキムキでは無く、あくまで体型は風船型である。
「ワァ~ッハッハッハッどうだ~参ったか~」
ふた周り程大きくなったピエールは、上からシチロー達を見下ろすようにして豪快に笑い声を上げた。まさにバーチャルワールドならではのピエールの変貌ぶりである。
「よ~し!コブちゃんも負けずにいけぇ~っ!」
「よ~し!はあぁぁぁぁ~~っ!…って、出来るかあぁっ!」
そりゃそうだ…
ピエールの今の体の大きさを例えるとしたら、そう…元大関の『小錦』位と言ったら分かり易いだろうか。いくら子豚といえど、こんなのとまともに大食い対決をするのかと思うと、なんだか可哀想になってくる。本人もそれを充分に自覚したのだろう…先程までの強気な態度は、すっかり消え失せてしまった。
「私達…これでもう現実には戻れなくなっちゃうのね…」
「何言ってんだよ、コブちゃん!勝負はやってみなきゃわからないだろっ!」
「わかるわよ!私があんなのに勝てるわけ無いじゃない!」
(確かに…)
言葉のうえでは子豚に激を飛ばしたシチローも、内心では殆ど勝ち目の無い事を充分に承知していた。
「はぁぁ…」
すっかり意気消沈のチャリパイチーム…果たして、奇跡は起こるのか?
勝負を開始するにあたって、この大食い対決の当事者であるピエールに代わり、高見沢がこの勝負のルール説明をしてくれた。
「二人には、同じメニューの料理を一品ずつ食してもらう。完食すればクリア…二人共にクリアしたら、次の料理へと進む!これを繰り返し、途中でどちらかが食べられなくなった時点で勝敗が決定する!」
普通の大食い対決と違う所は、一定時間内により多くの量を…というのでは無く、とりあえず完食すれば相手より遅くてもOKなのである。但し、一つの料理にかけられる時間は三十分までとされ、それを過ぎるとリタイアと見なされてしまう。
どちらかが食べられなくなるまで……まさにサドンデスの戦いなのだ!
「それでは~大食い対決!始め~い!」
高見沢の開始の合図とともに、一品目の料理が運ばれて来た。
一品目~『地中海風、上海蟹の軍艦巻き』
運ばれて来た料理を見て、シチローがツッコミを入れる。
「上海蟹のどこが『地中海風』なんだ?…しかも軍艦巻きってスシじゃね~か!」
レストランで、いきなり一品目からスシである。
「でも、美味しそうだねシチロー…あたし達もお腹空いちゃったなぁ…」
元々、空腹を満たす為にこのレストランへとやって来たチャリパイのメンバーは、ちょっぴり羨ましそうに料理を眺めていた。そして、そのまま何かを訴える眼差しで高見沢にその視線を集中させた。
「…………………」
「わかった!わかった!誰か、この連中にも何か出してやりなさい!」
「やったあ~」
大喜びのチャリパイチーム
しかし、数秒後…そんなシチロー達の手元に投げ込まれた物は…
『M』の文字の書かれた紙袋が四つ。
「レストランなのにハンバーガーかよ…」
♢♢♢
さて、対決の方はどうなっているだろう?一品目『地中海風、上海蟹の軍艦巻き』は、二人共に余裕でクリア。
二品目…『仔牛の甘辛風リゾット』
そのメニューを目にしたてぃーだが、ボソリと呟いた。
「どう見ても、牛丼のツユだくにしか見えないんですけど…」
これも、子豚、ピエール共に余裕でクリア。
続いて、三品目…『カーネル風、鶏の蒸し揚げ』
「絶対ケンタッキーだろっ!あれは!」
料理が運ばれる度に、高見沢がその名前を発表するのだが…
「続いて四品目は…え~…アジア風…その…なんだ…」
「ラーメンだろっ!ラーメン!誰が見たって!」
シチロー、てぃーだ、ひろきに凪までもが揃ってツッコミを入れる。
濃厚なソースが持ち味のフランス料理など、一向に出て来そうにない。
子豚とピエールの大食い対決だが、ここへきて体格の違いが影響し始めてきたようだ。五品目の『カツ丼』の頃には、子豚は苦しそうにお腹をさすっていた。
「く・苦しい…そろそろサラダとか軽い物にしてくれないかしら…」
最初は料理を美味しそうに余裕で平らげていた子豚だが、今は三十分の時間内に完食するのに必死である。一方のピエールはといえば、まだまだ全然余裕の表情だった。
「いや~旨い。旨い。
さすがはレストラン クイ・ダ・オーレだ」
子豚が二十分以上かけて完食する料理を、ピエールはものの数分で平らげてしまう。
そして六品目
『松坂牛のサーロインステーキ』
「ちょっとお~!なんでそれ最初に出してくれないのよ~!」
出来る事なら、これは空腹時に食べたかった。今となっては、その分厚い肉の塊が苦痛以外の何物でも無い。
一方で…
「いいなぁ…松坂牛のステーキ…」
この時だけは、子豚に代わってもらいたいと、ハンバーガーをくわえながら思うシチロー達であった。
♢♢♢
松坂牛がこれ程までに不味く感じたのは、子豚にとって生まれて初めての事だった。
「頑張れコブちゃん!あと一切れだ!」
「…ハァ……あ~~もうヤダっ!」
時間いっぱい、二十九分でどうにか完食した子豚。
「そろそろヤバイな…コブちゃん…」
心配そうな顔でシチローが呟いた。なにしろこの大食い対決に負ければ、即ゲームオーバーである。『mother』を破壊して人類の未来を救うどころか、シチロー達5人全てが現実の世界に戻る術を失ってしまう。
「シチロー!なんとかならないの!」
ひろきが、すがる様な瞳でシチローに訴える。
「ごめんなさい…皆さん…私が無理なお願いをしたばっかりに…」
俯いて、泣きそうな声で凪…そんな凪の肩をてぃーだが優しく抱いて、囁く様に言った。
「今更そんな事を言っても始まらないわ。あとはコブちゃんの頑張りに賭けましょう!」
その子豚は…
「……………………」
息をするのも苦しそうだ…
「では次、七品目。大盛りカレーライス!」
もう紛らわしいネーミングをやめた高見沢が次に発表したのは、料理の定番
カレーライス。しかも、大盛り。
「コブちゃん!ここがふんばり所だぞ!」
「頑張ってえ~!コブちゃん!」
こうして、声を張り上げて声援を送るのが今のシチロー達には精一杯であった。
危機回生の策などは、何ひとつ無い。七品目のカレーライスを完食するまでの時間を計るデジタルカウンターが、容赦なく目盛りを刻み始めた。余裕綽々でカレーをかき込むピエールとは対照的に、もう限界、といった顔でようやくスプーンを手にする子豚。
(勝負あったな…)
二人の様子を見比べ、にんまりと薄ら笑いを浮かべる高見沢。一方、チャリパイチームの目はもう、子豚一人に集中していた。とにかく出された料理をひとつひとつ完食していくしか無い。相手の様子に構っている余裕など、シチロー達には無いのだ。
「コブちゃ~ん!いけえぇぇぇ~~!」
『00:21:54』
『00:15:23』
タイマーのカウントダウンは容赦なく破滅の時へと進んでいく。
半分の15分を過ぎたところで、子豚の前のカレーライスは2/3も残っている。
「コブちゃん!ピッチ上げて!時間が無いよ!」
自分でも無理を言っているのは、シチローにも充分に分かっている。しかし、最後まで諦める訳にはいかないのだ!そして、子豚もそれに応え必死になって口と手を動かす。もう、味なんて判らない…今、口にしているのは何なのだろうと思う位に。
ただ、ただ、苦しい…
『00:09:58』
時間は残り、三分の一…
気力を振り絞って、残りのカレーを口の中に詰め込もうとする子豚。だが、制限時間も刻々と迫る中、ついには残り10秒となった。
「9!…8!7!6!…」
高見沢…そして、料理を運んで来た従業員達が声を揃えてカウントダウンを始める。
子豚の前には、残り僅かに一口のカレーライス…しかし、子豚の手は止まっていた。
「コブちゃん!あと一口だっ!根性だよ!根性~!」
「5!…4!…3!…」
「コブちゃん!頑張れ~~!」
皆に励まされて、残り2秒で全てのカレーを気合いで口の中に詰め込んだ子豚!
「よくやったぞ!コブちゃん!」
こんなに頑張る子豚を、今までに見た事があるだろうか。
もしたとえ、この勝負に負けたとしても、誰も子豚を責める事なんか出来やしない。
しかし、その直後。
「…ウプッ!…」
一度口の中に入れたカレーを、子豚が吐き出しそうになった!
「うわ~っ!ダメだよコブちゃん!」
シチローが慌てて子豚のもとに駆け寄り、両手で子豚の口を塞いだ。
「ここで吐いたら、完食が取り消しになっちまう!…ピエールの方は余裕で完食してるってのに!」
そう…
ピエールの方は余裕で完食しているはずだったのだが…
「…あれ…?ピエール側の方、何か様子がおかしくない?」
つい今まで、子豚の方にばかり夢中になっていてピエールの事など全く気にしていなかったのだが…明らかにピエール側の様子が今までと違っている。
先程までの余裕綽々の表情は消え失せ、神妙な顔で目の前の皿をじっと見つめているピエール。
その皿の上に、カレーはもう無い。
「なんだよ…ちゃんと完食してるじゃん…」
シチローが不思議そうに呟くと、さらにその様子を観察していた凪が、突然嬉しそうに大声を上げた。
「いえ!よく見てシチロー!ピエールは、まだ完食なんかしていないわ!」
「えっ?・・・・」
凪にそう言われて、注意深くピエールの皿を凝視するチャリパイチーム。
一見、全て平らげた様に見えたその皿の上にあったもの。
それは…
付け合わせの『らっきょ』であった。
「…らっきょが嫌いなんだ…ピエールって…」
ピエール、らっきょ残しでタイムオーバー…よって、
第三回戦『大食い対決』
チャリパイチームの勝ち!
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