第9話ソムリエ対決!

「それでは、第1回戦。『ソムリエ対決』!こちらの出したワインを味わって、その味わいをより的確にしかも芸術的な表現で評価出来た方を勝者とする!」

「シチロー!こっちは誰を代表にする?」

「こっちはティダで行こう!」


第1回戦のソムリエ対決に、シチローはてぃーだをその代表に選出した。


「この対決は『芸術的表現』が勝敗のポイントだ。それならば舞台役者であり詩人でもあるティダが適任者だよ」


ブログ等でのてぃーだの詩人としてのセンスをよく知るシチローは、この戦いにおける表現力の勝負にてぃーだの卓越した詩的センスが多いに役立つと感じたのだ。

そして、いよいよ問題のピエール側の代表が発表された。ピエールは、この最初の勝負に選出した第一の刺客を、自信満々の様相で紹介した。


「ソムリエ対決と言えば、この男を置いて他にあるまい!我がクイ・ダ・オーレのNo.1ソムリエ~『ムッシュ高見沢』!」


そのピエールが掲げた右手側から現れたのは、背の高い痩せ型の男だった。髪の色も瞳の色も黒い、少し神経質そうな顔立ちをしている。さしずめ血液型は、几帳面なA型といったところか。もっとも…バーチャルワールドの住人に血液型の設定があるかどうかは、定かでは無いが…


「このレストランのソムリエを任されています…『高見沢』と申します。どうぞお見知りおきを」


戦いを目前にして、この冷静沈着な態度…もはやチャリパイなど相手にしていないといった風にも見える。


「プロを使うなんて卑怯じゃないの!」


ピエールのこの人選に、子豚が猛然と抗議したが…その抗議を制止したのは、なぜか味方のシチローだった。


「いやコブちゃん、この対決…になるかもよ」


『案外面白くなる』とは、一体どういう意味だろう?シチローはピエールが言っていた『芸術的表現』という言葉に目を付けた。


(確かにプロのソムリエならばワインに関しちゃ詳しいだろうが…どうせ言う事といったら、よくありがちなワイン解説書のような“うんちく”ばかりを並べる程度だろう…しかし、詩人のティダはそんじょそこらの発想とは違う、聞く者を感動の涙で包むような素晴らしい表現をしてくれるに違いない)


むしろ、予備知識など持たないてぃーだの素人ならではの斬新な発想にシチローは賭けたのだ。やがて、ピエールが声高々に対決の宣言を始めた。


「それでは『第一回戦ソムリエ対決』を行う!」


ピエールの宣言を合図に、何人かのウエイターらしき人間(?)が、ワゴンに1本の程よく冷えたワインと2つのワイングラスを載せて別室から現れた。何処の何というワインなのかは分からない。名前の書かれたラベルはすでに剥がされていて、見た目でわかるのは赤ワインという事ぐらいだ。ニヤリと笑ってピエールが言った。


「さて、このワインは果たしてどんなワインなのか?…一本数十万のグレードヴィンテージか…それとも、二千円で買える安物か?…信じられるのは己の鼻と舌のみだ」


ピエール側の刺客ソムリエの高見沢は、余裕綽々なのか、てぃーだに向かってこんな提案を投げかけた。


「本来なら、この対決。このワインの銘柄と年代を当てる事も必須なのだが…今回はそれは抜きにしよう。素人にそこまで求めるのは、酷というものだからね」


ちょっと憎たらしいが、それを聞いてシチロー達はほっと胸を撫で下ろした。

ワインにあまり詳しく無い作者も、胸を撫で下ろしたのは言うまでもない。



先攻、高見沢…



手馴れた手つきでワインのコルクを抜き、高見沢は自分のグラスにそのワインを注いだ。そして、そのグラスを顔の近くに持っていきゆっくりと小さく揺らしてみる。


「うん。…この程良く甘い香り、'01年あたりのモノだろうな…」


香りを嗅いだだけでそのワインの年代を当ててしまった高見沢。その的確さは、横で見ていたピエールがにっこり笑って頷いた事からも判る。そして、そのワインを少しだけ口に含んだ後…高見沢は、瞳を閉じてこんな感想を洩らした。


「う~ん…素晴らしい!この『ブルゴーニュ』の大地と太陽の恵みをたっぷりと受けたこの香り…深みがありながら さっぱりとした味わいは…まさに…



「まさに、ワインの『IT革命』やぁぁ~~」

「・・・・・・・」


シチロー達の目が点になった。


「何?…後半の方のあれ、ウケ狙いか?」

「しかも『ひこまろ』のパクリじゃない…」


シチローと子豚がヒソヒソと話し始めると、高見沢は不思議そうな顔で尋ねてきた。


「私のこのワインについてのコメントに、何かおかしい所でも?」


どうやら、ウケ狙いでは無いらしい。チャリパイチームは、皆心の中でガッツポーズをキメていた。


(この勝負もらった!)


まさかプロのソムリエがあんなコメントをかますとは…やはり、高性能なコンピューターと言えど繊細なワインの味わいを芸術的な表現で語る事は困難なのだろうか?


後攻、てぃーだ…


ゆっくりとワインをグラスに注ぎ、てぃーだはそのグラスを、窓辺から射す陽の光に翳して呟いた。


「この赤……こんなに良く冷えているのに、アタシには何故だか温かく感じるの。

この一本のワインに、一体どれだけの熱い願いが込められているのだろう…」


てぃーだは続けた。


「この赤は、単なる葡萄の赤ではない。このワイン造りに携わった全ての人々の情熱の色なんだわ!」


レストランの中は、水を打ったように静かになった。まるで劇場の舞台で芝居を演じるかのような、抑揚のあるてぃーだの言葉を聞いて…皆、その場の雰囲気にすっかり飲み込まれてしまったのだ。そして、てぃーだは高見沢がしたようにグラスを小さく揺らしてその香りを嗅ぐと、その直後に発した言葉は高見沢とは違っていた。


「おぉ、ロミオ…貴方はどうしてロミオなの!」


言わずと知れた名作『ロミオとジュリエット』の一節である。


ワインとは全く関係が無いと思われるこの台詞が、何故かこのシーンに見事にハマった。


(ジュリエットが見える!)


誰もがそう思った。そしてその瞬間…てぃーだの手にある赤い液体は、命を懸けて貫き通した二人の強い『愛』を象徴する『赤』へと変わった。

これこそ、シチローが言っていた『素人ならではの斬新な表現方法』であった。

もう、この時点でてぃーだの勝ちは決定的であろう。既に高見沢の印象は薄れてしまって、誰もがてぃーだの次の言葉に集中していた。その皆の視線を浴びて、てぃーだはゆっくりとワイングラスに口をつけ、それを流し込んだ。


ゴクリ…


「うげえぇぇぇ~っ!マズッ!!」

「・・・・・・・・」


勝者──高見沢!


「そういえばアタシ…ワインだけは苦手だったのよね…」

「あの…そういう事は早く言ってよティダ…」


三本勝負のソムリエ対決は、ピエールチームに軍配が上がった。



















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