第8話レストランで三本勝負
安心したら、お腹が空いてきた。タクシーの中では、誰のものとも分からない腹の虫が、餌をよこせと鳴き始める。バーチャル世界でも、しっかり空腹は感じるらしい。
「そういえば、そろそろお昼なんじゃない?ねぇ凪、ここって何か食べる所とか無いの?」
バナナだけでは当然足りない子豚が、凪に尋ねるが…
「さあ…そういえば、食事の事は全然考えてなかったわ…じゃあ、メルモさんに連絡して…」
そう言いかけた凪の言葉を、シチローが慌てて制止する。
「ちょっと待った!凪!…また変なモン送って来られたら厄介だ。それは先にこの辺りを探してからにしようよ」
さっきは申し訳なさそうにしていたシチローだが、やはりまだメルモの空耳には不安感を持っているらしい。そんな訳で、5人は先程の直線道路を引き返し街の方へと向かって行った。まるで人の気配の無い、荒廃した街並み…建物の外壁は薄汚れ、ガラスにはヒビの入った物もある。
「なんか不気味な感じの街だな…ゾンビとか出て来てもおかしくないぞこれは…」
「これじゃあ、レストランなんて有るわけないわね」
子豚が残念そうに溜め息をついた。
ところが…通りをひとつ越えたその先に、なぜかそこだけキレイに整った一軒の料理店があるのをひろきが見つけた。
「あっ、あそこにレストランがあるよ」
『レストラン クイ・ダ・オーレ』
「何だか怪しくない?」
その店を一目見て、てぃーだが眉をひそめた。確かに、怪しいと言われれば怪しい。
だいいち、誰も居ない街でレストランの経営など成り立つのだろうか?
「これはきっと罠よ!やっぱりメルモさんに頼んで…」
「いやいや凪!メルモさんはちょっと待って…」
「もぅ~!何でもいいから、早く何か食べさせてよ!」
凪とシチロー、そして子豚がレストランの前でそんな言い争いをしていると…
突然レストランの扉が開き、中から恰幅の良い1人の男が現れてシチロー達に向かって深々と頭を下げ話し掛けてきた。
「お待ちしておりました。『レストラン クイ・ダ・オーレ』へようこそ!」
まるで風船のようなお腹を二つに折り曲げて、礼儀正しくシチロー達にお辞儀をする、レストランの男。鼻の下で、くるんと巻き上がった髭をたずさえたその愛嬌のある笑顔は、とても親しみをおぼえる印象だ。
「わたくし、このレストランのオーナーをしております『ピエール』と申します。どうぞ、お見知りおきを~」
愛想の良いピエールを見て少し安心したのか、シチロー達はそのレストランへ入る決断をした。
「ところで、こういう店って結構高価いんじゃないの?…金、足りるかな…」
こんな時には大抵「経費だから」と言って奢らされるシチローは、心配そうに財布の中身を確認した。その様子を見た凪が、やっぱりといった顔をして言った。
「あれ?それって確か『福沢諭吉』よね…
シチロー、今時そんなお札出したら笑われるわよ今の一万円は石原裕次郎なんだから」
「ええ~っ!ホントかよ!…じゃあ、千円札は誰なの?」
「千円札は舘ひろしよ」
「ウソ…信じられない…」
ちなみに、五千円札は『渡哲也』で問題の二千円札は……
『石原良純』なのだそうだ。
そういう訳で、ここの食事代の支払いは凪が経費として立て替えてくれる事になった。
「さぁ~皆さん、どうぞ中へお入り下さい」
そう言ってドアの横に立ち、にこやかにシチロー達を迎え入れるピエール。
「あ~やっとゴハンが食べられるわ。何食べようかしら」
そんな上機嫌の子豚を先頭に、5人はレストランの中へ足を踏み入れた。
ところがその直後…
全員が店に入った後にドアを閉めたピエールは、そのまま店のドアに鍵を掛けてしまうのだった。
ガチャン!
「えっ…?何やってんの…ピエールさん?」
「鍵を掛けているのさ!もう、ここから外へ出る者はいないからな!」
そう言ってシチロー達の方へと振り返ったピエールの顔は、先程のにこやかな表情とは打って変わった冷たい表情をしていた。
「やっぱり罠だったんだわ!」
凪が、険しい顔で叫んだ。そんな凪に向かって、ピエールはそれは心外だといった顔で語り出す。
「罠とは人聞きが悪いな…お前達は、我々『機械軍』と戦う為にこのバーチャルワールドへ来たのだろう?…その望み通り相手をしてやろうというのだ!」
レストラン クイ・ダ・オーレ…
どうやらこの場所が、次なる刺客との戦いの地となるようだ。先程は、T9000から何とか上手く逃げる事が出来たが、今度はそうもいかない。相手はピエール1人なのだろうか?…それとも、他にも何人かの刺客がこのレストランに潜んでいるのか?
シチローは、皮肉を込めてピエールにこう言ってやった。
「この店のオーナーはアンタなんだろ!いいのか?こんな場所で乱闘騒ぎを起こしたら、店の中がメチャクチャになっちまうぞ!」
しかし、それを聞いたピエールは笑って答える。
「乱闘?…私の店でそんなマネはせんよ。このレストランでの勝負は三本勝負!
☆ソムリエ対決
☆飲み比べ対決
…そして
☆大食い対決
で勝敗を決めるのだ!」
「なんじゃ…そりゃ…」
てっきり銃撃戦でも始まるのかと思えば…まるでテレビのバラエティー番組のようななんとも楽しそうな戦争である…シチロー達をこのバーチャルワールドに送り込んだ瀬川博士は、バーチャルRPGシステムの意義についてこう言っていた。
『例えば、プロ野球の選手と野球の勝負をしても勝ち目が無いのは明白だ。…しかし、それが『野球ゲーム』だったらどうだろう?…それなら我々にも充分に勝機はある。…現在、火力を用いた武力による戦いでは明らかに機械軍の力が上回っている事は、紛れもない事実なのだよ……』
なる程、チャリパイのメンバーにとって飲み食いに関する戦いであれば、銃撃戦よりも遥かに戦い易いと言えよう。しかし、この三本勝負で二つ負ければそれは即『ゲームオーバー』を意味し、5人は元の世界へと帰る事が出来なくなってしまう。しかも、相手はレストランのオーナーである。『食』に関しては専門家のピエールを相手に、果たしてシチロー達はどんな戦いを見せてくれるのだろう?
最初に、三本勝負についてピエールから簡単な説明があった。
「各勝負、両陣営から1人ずつ代表者を出す事!こっちは、それぞれその道に長けたスペシャリストを用意しているからお前達、覚悟しておくんだな」
やはり、この三本勝負の相手はピエール1人では無いらしい。
しかもソムリエ対決、飲み比べ対決、大食い対決、それぞれに相当の強敵が控えているのは容易に想像が出来る。
「しかし…アンドロイドがワイン飲んだり大食いしたりするもんなのかね?」
何か腑に落ちないといった顔で、シチローがそんな疑問を投げかけた。
その疑問については、凪がこんな回答をしてくれた。
「シチロー。ピエールはアンドロイドでは無いわ…ここはバーチャルワールド…この世界に存在する全ての物は『mother』によって創られたプログラムに過ぎないの。
さっきのT9000にしても、現実のT9000をもとに忠実に再現されたプログラムというだけで、実際のアンドロイドでは無いわ」
そう…凪の言うとおりピエールはアンドロイドでは無い。それ故にこの勝負、ピエール側がどんな戦法を使って来るのか全く予想がつかないのだ。
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