第7話T9000②
これでまた、暫く時間が稼げるといったところだが…この時、シチロー達には新たに別の問題が発生していたのだ。その事に最初に気付いたのは、凪だった。
「シチロー…あれ見てよ…」
そう言って凪が指差したのは、タクシーの前方に大きく広がる海だった。
「えっ?どうしたの凪…海がどうかした?」
「いや…海じゃなくて、この道…あの海の手前で行き止まりになってるわ!」
「え?・・・・」
見ると確かに、このタクシーが走っている直線道路は海の手前でパッタリと途切れている。
「本当だ…それじゃあ、引き返して……って…」
引き返せる訳が無い。後ろからは、バイクの横転など全くこたえないT9000が、バイクを起こして再び後を追って来ていた。
「しまった~!逃げ道が無い!」
前方の道は行き止まり…そしてその先は海。後ろからはT9000がやって来る。さあ!どうするチャリパイ!
「こうなったら、海を背にしてT9000と一戦交えるしかないな…凪、スマホ貸して!」
そう言って、凪からスマートフォンを受け取ったシチローは、研究所のメルモに連絡をとった。
「メルモさん、大至急武器が要る!マシンガン5丁送ってくれっ!」
『は~い了解』
その間にも、T9000はシチロー達にどんどんと近付きつつあった。
「メルモさん!早くしてくれ!T9000が来ちゃうよ!」
ところが…
カラン!カラン!
「ん?…ナンダこれ…」
突然、タクシーの車内に現れたのは…未開封の缶詰めが5つ。
「マッシュルームの缶詰めみたいね…」
マシンガンではなくて…マッシュ缶である。
この緊急時に、メルモ得意の『空耳』のようだ。しかも、なぜかまたシチローの時に限ってである。
「オイッ!!こんな缶詰めでどうやって戦うんだよ!アンタはバカかっ!」
まるでスマホに噛みつくようにして、顔を真っ赤にしてメルモを怒鳴りつけるシチロー。すると、その直後…
ドサッ!
今度は、でっかいバナナが現れた。
「なっ?…」
「バカか!がバナナに聞こえたんじゃないの?」
てぃーだが、思いのほか冷静に分析をする。助手席の凪は、パートナーのメルモのありえない対応を申し訳なさそうに謝罪した。
「ごめんなさい…シチロー…メルモさん耳が悪くて…」
「絶対わざとだ…」
シチローが、泣きそうな顔で呟いた。
DA DA DA DA DA DA!!
タクシーの後ろから、バイクにまたがったT9000がマシンガンを乱射してきた!
タクシーのリヤガラスが割れ、無数の弾丸が車内をかすめていく。
「キャアアアアアッ!」
たまらず頭を低くして叫び声を上げる5人。
「ねぇ、凪…バーチャルの世界で死んだら、あたし達どうなっちゃうの?」
「もちろん、死んだら『ゲームオーバー』…私達は二度と現実の世界に戻れなくなるわ!」
「…………………」
凪の『ゲームオーバー』という言葉が、5人の頭の中にズッシリと重く響いた。
「あ~あぁ…それじゃあ、このバナナが最後の食事になるかもしれないのね…」
絶望感に浸りながらも、バナナだけはしっかり食べている子豚だった。マシンガンさえあれば、たとえT9000を倒せないにしても、バイクを走行不能にして逃げる事が出来たというのに…缶詰め5つとバナナでは、話にならない。
「コブちゃん!そんなバナナ食ってないで捨てちまえ!」
武器にもならないバナナを美味そうに食べる子豚を見て、尚更イラついたシチローはその矛先を子豚に向けた。
「だって、食べなきゃ勿体ないでしょ」
「それ見てるとイラつくの!さっさと窓から放り投げてくれ!」
よほどアタマにきているらしいシチローの剣幕に、子豚も渋々バナナの完食を諦めた。
「わかったわよ…捨てればいいんでしょ!捨てれば!」
そう言って、窓から食べかけのバナナを投げ捨てた。
「それで、どうするの?シチロー?」
凪、そして、てぃーだとひろきが次の手をシチローに問い掛けた。
「どうもこうも、ゲームオーバーだよ。こうなったら…それともこのままみんなで車ごと海にダイブするかい?」
季節は冬…海水の温度は凍てつく程に冷たいに違いない。そんな海に飛び込んでも、助かる保証はどこにも無い。そんな間にも、T9000はタクシーのすぐ後ろまで迫っていた。
「なんとかしてよ~シチロォォォ~~!」
「もうダメだよ…みんなで神様にでも祈ろう」
ガラスの割れたオンボロタクシーの中で互いに寄り添い、両手を合わせて神に祈るチャリパイと凪…
「アーメン…」
ナンマイダブ…ナンマイダブ…」
果たして神様は、このオトボケ5人衆を助けてくれるのだろうか?
♢♢♢
ガラガラガッシャーン!
「何?…今の音?」
なぜか、車の外から聞こえたクラッシュ音。ひろきが恐る恐る窓の外を覗いて見ると、そこにT9000の姿は無く…道路の端に転がっているバイクがあるだけだった。
「一体、何があったんだ?」
目を瞑って神に祈りを捧げていた5人には、この状況を理解するのに少々の時間を必要としたが…T9000は、まさにタクシーに追いついたその瞬間…再びバイクで転倒したのだった。
そして、その原因は…
子豚が捨てたバナナの皮だった!
バイクが転倒した際、T9000は勢い余って道路を飛び出して海に転落した。実は、改良されて弱点が無いと思われたこのアンドロイドT9000だが…海に落ちたら最後、自ら浮かび上がる事は出来なかったのだ!
「あ~~なんとか助かった!」
どうにかゲームオーバーにはならずに、T9000を撃退する事ができ、ホッと胸を撫で下ろすシチロー達。さしずめ、1stステージクリアといったところか。
「何だかカッとなって、メルモさんに悪い事言っちゃったなぁ。オイラ」
メルモの空耳が、結果的にはそのおかげでT9000の撃退につながったのである。シチローは、申し訳なさそうに額を人差し指でポリポリと掻いた。もしかすると、メルモは始めからこうなる事を計算して、あんな物を送って来たのだろうか…
研究所……
「いや~最近ますます耳がおかしくなってきて困るわぁ…シチロー君も
『マシンガン』じゃなくて『機関銃』と言ってくれれば良かったのに…」
どうやら、本当に空耳だったらしい。おそらく『機関銃』と言ったところで『おまんじゅう』あたりが送られて来たに違いない。
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