第6話T9000①
いつの間にか景色は変わり、5人は知らない場所に足を着けていた。周りを見れば、人間のいる形跡も無い所々の窓ガラスが割れたビル…乾燥してヒビ割れたアスファルトの道路…南の方角には海があるらしく、無数のカモメが騒々しい鳴き声を上げて飛び交っていた。
「あぁ…とうとう来ちまった…オイラ達、果たして無事に戻れるんだろうか…」
今まで誰一人戻った事が無いという、このバーチャルワールドで、果たして5人は無事に任務を達成する事が出来るだろうか。
「ところで凪…アタシ達、武器とか何も持って来てないんじゃないの?」
確かに5人の手には何も無い…これで襲って来る刺客と戦えと言うのか?
「その点は心配いりません。必要な物は、これでメルモさんに連絡すれば何でも送ってくれますから」
そう言って、凪はポケットからスマートフォンを取り出した。モニター監視役のメルモはオペレーターにもなっていて、注文された物をプログラムに追加してバーチャルワールドへ送る役目も担っていた。凪がなんでも送ってくれると言った途端、ひろきが一番に手を上げた。
「じゃあ~とりあえずビール!」
「こらっ!ビールなんて飲んでる場合かっ!」
「そうよ、ひろき!まずは『お通し』が先よ!」
おい・・・・
「キャアアァァ~ッ!」
何気なく後ろを振り返った子豚が、突然大きな叫び声を上げた!
「あれ見てよ!みんな!」
興奮した様子の子豚に促されて、他の4人が振り返ると…そこには1人の男が立っている。その姿を見て、シチロー達は驚嘆した!
「あれは!!」
「トム・クルーズ!!」
あのハリウッドの大スター『トム・クルーズ』が、どうしてこんな場所に…
「キャア~トム~」
突然現れた大スターを目にして、子豚とひろきは大喜びでトムのもとへと駆け寄って行った。
しかし、それを見た凪は信じられないという顔で、慌てて2人を呼び止める。
「ちょっと!2人共何やってるの!その男が『T9000』なのに!!」
「え?・・・・」
DA DA DA DA DA DA!
「ギャアアァァ~ッ!」
トム・クルーズ…いや、アンドロイドT9000にマシンガンを乱射され、慌てて引き返して来た子豚とひろき。
複雑な表情でシチローが呟く。
「あれ…T9000なのか…確かT8000はシュワちゃんだったけど…」
『mother』は一体何を考えているのか…
「紛らわしいわよ!まったく!」
せっかく憧れのトム・クルーズにサインでも貰おうと思ったのに、すっかり騙されて危うく撃ち殺されそうになった子豚は、恨めしそうにT9000を睨みつけた。
「しかし…こうして見ると、前に戦ったT8000の方が強そうに見えるけどな…」
シチローは、T9000の姿を見てそんな感想をもらしたが、その性能をよく知る凪が首を横に振ってその言葉を否定する。
「見た目に騙されないでシチロー!新型のT9000は、前モデルよりも数段パワーがあってしかも、エコなんだからっ!」
T9000はT8000の弱点を改良し、長寿命で高効率バッテリーを使用。更に『ソーラーシステム』を併用して、バッテリー切れに対応している。しかも、前モデルより小柄であるがパワーは従来の1.5倍もあるのだ。
しかもイケメンだし!
その事を証明でもするかの様に、T9000は側にあった巨大な岩をいとも簡単に持ち上げて、それを一体どこから持って来たのか…
傘の上に乗せてゴロゴロ転がし始めた。
「明けましておめでとうございます~本日はいつもより余計に回っております~」
「お前は『染めの助・染め太郎』かっ!」
すかさずT9000にツッコミを入れるシチロー。
「でもスゴイ怪力!」
ひろきと凪は素直に驚いていたが…
「むしろ、あの傘の強度がスゴイわ…」
てぃーだは違った意味で驚いていた。
「でもどうやら、ギャグのセンスはイマイチみたいね…」
そして笑いに手厳しい子豚は、そう冷たく言い放った。
暫くの間、黙って腕組みをしながらT9000の場違いな曲芸を見物していたシチローが、隣の4人の方を向いてこう切り出した。
「まぁ~その…なんだ…ここはとりあえず…………逃げよう!」
いきなりの敵前逃亡宣言に、思わずズッコケそうになる4人。
「ええ~~っ!戦うんじゃないの?シチロー?」
「バカ言うなよ!あんな怪力に勝てるかっ!」
いきなり敵前逃亡とは何とも情けないが、確かにここは逃げるのが得策と言えるかもしれない。
「凪!メルモさんに車出してもらって!」
シチローの言葉に従って、凪は研究所のメルモに電話で車を注文した。
「メルモさん!こっちに車1台お願い!」
『は~い了解』
その約5秒後、突如として目の前に現れたのは…なぜか、20世紀のかなり使い古されたタクシーだった。
「何でタクシーなんだよ…メルモさん、どういうセンスしてるんだ?」
シチロー達が乗り込んでキーを回すと、“バスン、バスン”と頼りない音をさせながらエンジンが始動した。
「大丈夫かよ…この車…」
50メートル程走り出してから後ろを振り返ってみると、T9000はまだ傘を回していた。
「いつまでやってんだ…アイツ…」
呆れた顔で暫くT9000を見ていると、ようやくシチロー達がいなくなっている事に気が付いたのだろう…慌てて側に停めてあったバイクにまたがりT9000が追いかけて来た。
「やっと気が付いたよ…本当に最新型なの?アレ…」
「でも、イケメンだから許すわ~」
やってる事は少々間抜けだが、何しろ顔はトム・クルーズである…大型のバイクにまたがって追いかけて来る姿は、まさにハリウッドの主演男優そのものだ。
「なんか、アタシ達が悪役みたいに感じるのは気のせいかしら…」
白煙を撒き散らして走るオンボロタクシーの中、てぃーだが複雑な表情で呟いた。
それにしてもこのタクシー…相当にガタがきている様である。
最初50メートルも差がついていた筈のT9000のバイクが、あれよあれよという間にすぐ後ろまで迫ってきていた。
「シチロー!何やってんのよ!もう追い付かれちゃったじゃないの!」
後部座席の子豚がシチローの背もたれをバンバンと叩いて喚きちらすが、こればかりはどうしようも無い。
「文句があるなら、こんなオンボロタクシー送って来たメルモさんに言ってくれ…もうこれでアクセル目一杯だよ…」
「そんなの気合いで何とかしなさいよ!シチロー!」
「気合いで車が速く走るかっ!」
子豚とシチローがそんな言い争いをしているうちにも、T9000はバイクをタクシーの横にピッタリと付け、持っていたマシンガンをこちらに向けていた。
「キャアア!横に来たわよ!」
そして、今にも引き金を引こうとしたその時!
「ねぇ、シチローこれなぁに?」
運転席の後ろに座っていたひろきが、シチローの足下にあった赤いレバーに手を触れた。
バン!!
「あ・・・・」
突然、助手席側の後部座席のドアが勢い良く開き、マシンガンを構えていたT9000に思い切りぶつかったのだ。
バランスを失ったT9000は、バイクもろとも勢い良く横転した!
ガラガラガッシャーン!
「あれ、自動ドアのレバーだったんだね…」
「タクシーもたまには役に立つもんだな…」
『災い転じて福となる』とは、きっとこんな事を言うのかもしれない…
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