05-07 ていう設定だったん、だ!?

「ずいぶんと変わったな」


「ええ、そうですね」


「なんだか静かだ。どこもかしこも」


 緩やかな坂道を上り切ったところで見えてきた、かつて暮らした村の光景にオリーとバラハの表情がかげる。

 元々は麦畑や畑があったのだろう広い土地にぽつんと石造りの屋敷が建っている。貴族のものにしてはこじんまりとした、しかし、村人たちが暮らす家とは比べ物にならないほど大きくて立派な屋敷だ。領主や客人が泊まるための母屋の他に使用人が暮らすための離れや広い馬小屋、小さな畑もある。

 鳥小屋にしまうつもりなのだろう。畑で雑草やら虫やらをついばんでまわっていたニワトリを抱えあげた壮年の男がふと顔をあげた。目を細めてじーっとにらみつけたかと思うと男はパッと笑顔になった。


「オリー? それにバラハか!?」


「アンブリー、久しぶり!」


「お久しぶりです!」


 手をあげて答えるオリーとバラハにアンブリーと呼ばれた壮年の男は顔をくしゃくしゃにして笑った。


「久しぶりだな! ほら、下りてこい!」


 アンブリーに手招きされて勇者パーティの面々プラス魔王なジーは母屋よりも小さな、それでも十分に立派な使用人用の離れに向かった。

 にぎやかな声に気が付いたのだろう。


「オリーとバラハ!? うわぁ、びっくりした! 久しぶりだなぁ!」


「あのほそっこくてかわいかったバラハもすっかりオッサンだな」


「〝魔王を倒してくる〟なんて手紙が届いたきり、音沙汰なしだったからどうしてるのかと心配してたんだぞ」


 ゲイブリー、ゴードルフ、モーリップが次々と顔を出した。

 ジーたち五人が案内されたのは調理場とつながったスペースに置かれている木製の大きなテーブルだ。やっぱり木でできたイスを部屋のあちこちから集めてきて席につく。


「ほら、ブドウ酒だ。お前たちももう飲める年だろ?」


「お客人たちも同じのでいいかい?」


 なんて言っているうちに木でできたジョッキが並べられ、なみなみとブドウ酒が注がれた。

 ちなみに魔族で魔王なジーにアンブリーたち四人が驚かないのはマントについたフードで頭の角も赤い目も隠しているからだ。小さな男の子に下からのぞきこまれて赤い目をしている、魔族だとバレなければ村でも隠しとおすつもりだったのだ。


「ほら、アンタも!」


「ずいぶんとガタイのいいあんちゃんだな。飲みっぷりも良さそうだ!」


 同じミスはしないぞと深々とフードをかぶり直すジーの前にもブドウ酒入りのジョッキが置かれた。

 ちなみにアンブリーたちの予想に反してジーは完全無欠の下戸だ。せっかく用意してくれたものだけど、飲んだらその場で引っくり返る自信があるし、でも、やっぱりせっかく用意してくれたものだし……と、あいかわらずの淡々とした表情で手を伸ばしたり引っ込めたりとおろおろしていると――。


「……〝女神の懺悔〟」


 リカがぼそりとつぶやきながら自分のジョッキとジーのジョッキを素早く入れ替えた。ちなみにリカの方は完全無欠のザル。なんなら枠の域だったりする。入れ替えたジョッキの中身もすでにからだ。


「それで? 村に帰ってきたってことは魔王を倒すのはあきらめたのか?」


「まさか魔王を倒したなんてことはねえよな!」


 リカがつぶやいた言葉と、それに合わせて神剣が淡く白い光を放ったことに気が付いて首をかしげていたオリーとバラハだったがアンブリーたちの言葉を否定する方が先だ。


「どっちも違うよ。アンブリーたちに聞きたいことがあって帰ってきたんだ」


「十五年前、村を襲った魔族のことが知りたいんです」


「アンブリーたちは村を襲った魔族の姿を見たんだよな? 領主様が一度は捕まえた魔族も近くで見てるんだよな?」


「どんな姿をしていたかとか、仲間同士でどんな話をしていたかとか。どんな情報でも構わないので教えてもらえませんか」


 真剣な表情で尋ねるオリーとバラハに四人は顔を見合わせた。ジョッキをかたむけ、ブドウ酒を一気にあおると――。


「オリーもバラハももう大人だもんな。あの日、何が起こったのか。ごまかしなく話してやろう」


 四人を代表してアンブリーが低く沈んだ声で話し始めた。


「十五年前のあの日、春の祭りの日。日が暮れるまでは平和だったんだ。ところが空が赤く染まり始めた頃、魔王領の方角から四つの黒い影が飛んできた」


「空を飛べる魔族だったってことか」


「魔族たちは口から火をふいて畑や家を焼いてまわった。空を飛んでるんだ、手も足も出せない。俺たちがやれることと言ったらせいぜい牛やニワトリを連れて逃げることだけだ」


「口から火をふく魔族だったんですね」


 アンブリーの話にオリーとバラハは神妙な面持ちでつぶやいた。ジーはと言えばあごに手をあてて空を飛び、火をふく魔族たちの顔を思い浮かべた。


「そこに現れたのが領主様と、その従者たちだ。弓矢で一匹を射落とし、他の魔族たちも追っ払ってくれた。相手も殺されちゃ敵わないって必死に暴れるからな。結局、赤い目一つを置き土産に逃げられちまった……っていう設定だったん、だ!?」


「そうか、そういう設定だったの、か……え、設定?」


「いや、違う! だから! 十五年前、村を襲った魔族なんていな……い……んーーー!!!?」


「村を襲った魔族なんていない? え、いないんですか!?」


 オウム返しにしたオリーとバラハだけでなく、ゲイブリー、ゴードルフ、モーリップの三人も、言った張本人であるアンブリーまでもがぎょっと目をむく。

 そんな面々をラレンとジーは首をかしげて見つめ、リカはと言えば――。


「……」


 勇者スマイルを浮かべて神剣の柄をなでなでなでなでしたのだった。

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