05-04 ……マス、ター。
「赤い目で、隻眼だって……?」
オリーとバラハの数年ぶりの帰郷に沸いていた村人たちだったが男の子二人が発した言葉にまとう空気は冷たく吹きすさび、完全にブリザード状態になった。
いや――。
「赤い目ってことは魔族か。どうして魔族がこんなところに!」
「どういうことだい、オリー! バラハ!」
正確に言えば空気が変わったのはオリーやバラハよりも十才以上、年上の大人たち。十五年前、魔族に村が襲われたときにすでに大人だっただろう年令の村人たちだ。
「アンタたちも早く離れな!」
「痛っ! 引っ張るなって! 腕が千切れるだろ、ばあちゃん!」
「なんだよ、おふくろも親父も急に怖い顔して。オリーとバラハが連れてきたんだ。魔族なわけないだろう」
実際、オリーやバラハと同年代の村人たちもジーの目が赤いと指摘した男の子たちも困惑した顔をしている。年かさの村人たちの雰囲気が一変したことの方にこそ怯えている。
そして――。
「……っ」
誰よりも怯えているのは当の赤い目の持ち主・ジーだ。
年かせの村人たちの空気が一変したのを見て表情はあいかわらず淡々としているけれど全身がぷるぷると震えている。心の中ではギャン泣き、なんなら失神寸前だ。
そして――。
「……」
「リカ、落ち着け」
「落ち着いてください、リカ」
「勇者様、落ち着いて」
にこやかな勇者スマイルを浮かべながらも殺気をダダ洩れさせているのはリカだ。ジーが恐怖のあまりぷるぷると震え出すのを見て神剣の柄に手をかけ、オリーとバラハ、ラレンに全力で止められている。
でも――。
「……リカ」
ぷるぷると震えながらも手を差し出すジーを見て、リカはピタリと動きを止めた。一瞬、考えて――。
「わかってるよ、ジー君。約束したもんね」
神剣の柄にかけていた手を伸ばすとジーの震える手を取った。ほっと息をついたジーは覚悟を決めたように顔をあげ、目深にかぶっていたフードを取った。
「本当に赤い目で隻眼じゃないか!」
「頭から角まで生えてるなんて……コイツ、やっぱり魔族だ!」
村人たちからあがった悲鳴に怒気が混じる。最初から警戒していた年かさの村人たちだけでなく、困惑していた若い村人たちも自身の子供や弟妹を引き寄せ、ジーをおびえたように、あるいはにらむように見つめた。
その場にいる人たちの顔をぐるりと見まわしてジーはうつむいた。しかし、村人たちの反応と、大きくなった手の震えにリカが殺気立つよりも早く――。
「……マス、ター」
ジーはそうささやいてつないでいるリカの手を引っ張った。ハッと目を見開いてリカが振り返る。何かを訴えるようにじっと見つめるジーにリカは苦い顔になった。
でも――。
「マスター? 今、マスターって言ったか、この魔族」
「ああ、勇者様のことをご
「それってつまり、この魔族は勇者様に手なずけられてるってことか?」
村人たちがざわつき始めるのを聞いて――ジーの作戦が有効だということを察してこっそりとため息を一つ。
「驚かせてしまってもうしわけありません。彼はジー。たしかに魔族ですが女神アルマリアの力で僕がテイムしました。だから、心配しないでください」
勇者スマイルでにっこり、きっぱり、大嘘をついた。
「ワタシ、マスターニテイムサレタ。ワタシ、マスターノイウコトキク。トッテモイイコ」
リカの隣でジーも胸を張って大嘘をつく。そんなリカとジーを見つめて村人たちは瞬きを一つ、二つ。
「なぁんだ、勇者様がテイムした魔族かぁ! それなら安心だ!」
「そもそもオリーもバラハも、勇者様までいるんだもの。大丈夫に決まってるわよね!」
「それはそうなんだけどさぁ。でも、やっぱりびっくりするよ!」
ブリザード状態だった空気があっという間に春の浮かれた陽気状態に戻った。
村人たちの反応にほっと息をつくジーと勇者スマイルを維持しつつもご機嫌ななめな様子で神剣の柄をなでなでなでなでするリカを見て、事情を知っているオリーとバラハは引きつった笑みをもらし、ラレンは苦々し気に顔をしかめた。
「リカのヤツ、殺気ダダ洩れ、不満たらたらのくせに完璧な笑顔で平然と言い切ったな」
「事情を知らなかったら絶対に信じてましたよ。リカの言葉も、笑顔も」
「ていうか、
なんて言ってるラレンのすぐそばで小さな女の子がジーに向かって鳥の羽で作ったペンを見せた。
「ゆうしゃさまのまぞくさん、ゆうしゃさまのまぞくさん。にんげんのことば、おしえてあげるー。これは、ペンです。これは、ペンです。はい、いってみて!」
「コレハ、ペンデス。コレハ、ペンデス」
「ほら、見ろ! 語学の教科書でよく見かけるけど、一生、使いどころのなさそうな一文を女の子から教わってるじゃん! 勘違いされてるじゃん!」
「それじゃあ、つぎね。あれは、ペンです。あれは、ペンです。はい!」
「アレハ、ペンデス。アレハ、ペンデス」
「思いっきり勘違いされてるじゃーーーん!」
頭をかきむしるラレンをよそにジーは淡々とした表情で、でも、心の中ではまんざらでもない笑顔で女の子の善意と勘違いから始まった語学レッスンを受けていたのだった。
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