04-05 別にお礼を言われることじゃないんだから!

「〝ネヌシボラ平野の戦い〟の中で語られてるようにサキュバスやインキュバスは美しい姿で誘惑し、魅了の呪いをかけ、兵士たちの生気を奪ったり同士討ちさせたりする」


 ラレンの言葉にオリーとバラハ、リカとジーもこくり、こくこくとうなずいた。子供の頃に親や周囲の大人たちに話してもらった〝ネヌシボラ平野の戦い〟という話はそういう話なのだ。


「アーロン男爵が指揮していた一団もそのせいで壊滅しかけた。でも、アーロン男爵は強靭な精神力で呪いを跳ねのけ、正気を取り戻した数人の味方と共に魔族たちを退けたそうだ」


「そのサキュバス、インキュバスというのは恐らく、夢魔のこと。私が所属していた夢魔むま隊との戦いがこの三百年のあいだに誤った形で伝わり、〝ネヌシボラ平野の戦い〟という物語になったのでしょう」


 さらりと言うジーキルにラレンはしばらく黙り込んだあと――。


「……へ?」


 すっとんきょうな声をあげた。


「ジーキルさんがサキュバスでインキュバス!?」


「人族のあいだでは女性型の夢魔をサキュバス、男性型の夢魔をインキュバスと呼んでいるようですから私はインキュバスになるのでしょう。……今でこそ、このような姿をしておりますが昔はそれなりに見られた容姿をしていたのですよ」


 胸に手をあててニコリと微笑むジーキルにラレンはもちろん、オリーとバラハも目を丸くした。ジーとリカはと言えば納得だと言わんばかりにうなずいている。

 昔は、なんて言ってはいるが年相応の外見ながら今も整った容姿をしている。すっかり髪は白くなり人族なら七十代頃の老紳士となってはいるが〝その筋〟のお嬢様方やご婦人方には人気でファンクラブもあったりするのだ。

 もちろん、勇者パーティの面々もジーも、当のジーキルもあずかり知らぬことだけれども。


「実際のところ、私たち夢魔は誘惑もしませんし、魅了の呪いをかけたりもしません。生気を奪うことももちろんありません。私たちが見せるのは暖かく懐かしい夢。故郷に残してきた家族や恋人の夢を見せるのです」


 あぜんとしている三人をよそにジーキルは静かに言う。


「そうして望郷の念に駆られて戦意を喪失した兵士たちが戦線を離脱し、剣を交えることなく戦争が終わることを先々代の魔王様はお望みだったのです。……実際にはそう上手くはいきませんでしたが」


「それが三百年前にあった〝ネヌシボラ平野の戦い〟の真実ということか」


「はい、ジラウザ様。人族は魔族に比べて短命です。当時を知る者は一人として生きてはいない。ですから、子供たちに話して聞かせる物語を誤りだと訂正する者も、もういないのでしょう」


「その通りだよ、ジーキルさん」


 ため息をつくジーキルをにらみつけてラレンが言う。


「人族は魔族に比べて短命だ。三百年前の戦争を実際に経験した人はもう、誰一人として生きてはいない。それをいいことに魔族が嘘をついている可能性だってある。いや、そうに決まってる!」


「……!」


 ビシッ! と指を突き付けるラレンにジーキルは目を丸くする。ラレンはと言えば腕組みするとフフン、と鼻で笑ってあごをあげた。


「でも、残念。人族はちゃんと歴史という形でそのときの記憶を語り継いでるんだ。サキュバス、インキュバスたちの卑劣で卑怯な戦い方もきちんと資料に残っている!」


「その歴史が人族の都合の良いように……もっと言えば、当時の権力者たちの都合の良いように書き残されたとは考えられませんか」


「ありえない!」


 きっぱりと言い切って、ツン! とそっぽを向くラレンにジーキルは困り顔になり、オリーとバラハは顔を見合わせた。

 リカはと言えばラレンの横顔を見つめたあと――。


「ジー君はどう思う?」


 ジーキルとラレンのやり取りに心の中ではおろおろしていたのだろう、手を伸ばしては引っ込めて、伸ばしては引っ込めてを繰り返していたジーに話を振った。

 リカを一瞥いちべつ。ジーはあごに手をあてて考えたあと――。


「歴史の真偽よりも今、起こっている問題を解決することを私は優先したい」


 ジーキルを気にしながらもジーはきっぱりと言った。

 ジーの言葉とまなざしに垣間見える気遣いにジーキルは微笑んで胸に手をあてると一礼した。ラレンはフン! と鼻を鳴らすとそっぽを向いてしまった。

 ラレンの反応に心の中では困り顔になっているのだろうジーの背中を押すようにリカは目を見つめて小さくうなずく。そんなリカにうなずき返してジーはオリーとバラハへと向き直った。


「そのためにもオリーとバラハの村に話を聞きに行きたい。魔族の体の一部を見たという大人たち、魔族を直接見ただろう見張りの四人に話を聞きたいのだ」


 ジーの頼みに戸惑うオリーとバラハをラレンが一瞥。


「バラハの空間転移ワープポータルの位置、故郷の村も覚えてあるんでしょ? 連れてってあげればいいじゃん。もし、村の人たちが魔王コイツを怖がって話したがらないならそのままアーロン男爵の屋敷に向かえばいい。面会できるように僕が話をつけるよ。アルマリア神聖帝国第三王子である僕が」


 ぶっきらぼうな口調でそう言った。

 意外な申し出に思わずラレンをじっと見つめたジーだったが――。


「……ありがとう」


 そう言って目を細めた。あいかわらず表情は変わらないけれど心の中ではニッコニコの笑顔なのだろうジーを見て、ラレンはフン! と鼻を鳴らして再びそっぽを向いた。


「王族で、勇者パーティの一人である僕には国民も人族も魔族から守る責任があるんだ。その責任をまっとうするだけだよ。別に魔王なんかにお礼を言われることじゃないんだから!」

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