04-06 ロイヤルキャット様です!

「ねえ、魔王って魔族の王様じゃないの?」


 ラレンがそう言ってあきれ顔になったのは案内されたジーの部屋があまりにもガラン……としていたからだ。

 窓の外はすっかり暗くなっている。オリーとバラハの村に行くのは翌日にして今日のところは魔王城のジーの私室に一泊することになったのだ。

 魔王の私室に勇者とそのパーティがお泊りという状況にオリーとバラハは苦笑いし、ラレンは地団駄を踏んだが――。


「ジー君のおうちに泊まるなんて子供のとき以来だね!」


「あのときは夜遅くまで起きていて母さんにこっぴどく怒られたな」


 勇者ことリカは心も顔もウッキウキだし、魔王ことジーも顔こそあいかわらず淡々としているけれど心の中はウッキウキだ。よくよく見ると大きな体で小さくスキップまでしていた。


 さて、見た瞬間にラレンがあきれ顔になったジーの私室の話に戻ろう。

 だだっ広い部屋のすみっこに木製の間仕切りで仕切られたスペースがある。四メートル四方のそのスペースをのぞきこむとそこにベッドや書き物机を始めとした家具類一式が置かれている。

 つまり――。


「ジーの生活スペースってここだけ?」


「ああ」


 というわけである。

 あっさりとうなずくジーにオリーもあきれ顔になった。


「あとのだだっ広いだけのスペースはなんなんですか」


「持て余しているスペースだ」


「持て余してるって……」


 ラレン、オリーと同じくあきれ顔でバラハに言われてジーは淡々とした表情のまま肩を落とした。


「この部屋は歴代の魔王が使ってきた部屋。先代の魔王であった父も、先々代の魔王であった祖父もこの部屋を使っていたのだ」


「元々、置かれていた家具はもっと大きくて立派な物ばかりだったのです。この部屋にゆったりと、ですが、ちょうど良く収まるサイズの物ばかり」


 ジーの後ろに伸びる影の中から現れたジーキルが言う。その腕には四組の布団が抱えられていた。


「ジーキルさん、持つよ!」


「この程度、なんてことはありませんよ」


「魔族的にはそうなのかもしれないけど、見てて落ち着かないんだよ! ほら、貸してくれ!」


「それでは、お言葉に甘えて」


 結構な高さに積みあがっている布団を楽々と抱える老紳士にオリーはおろおろと手を貸す。ジーキルの方もうれしそうに目を細めてオリーに後を任せた。

 そして――。


「ですが、広いベッドでは落ち着かない、家具ももっと小さくて地味な物がいいとジラウザ様が仰るものですから子供時代に使っていた家具類をこちらに運び込んだのです。部屋が広いのも落ち着かないと仰るものですから間仕切りを使ってこのような形に」


 にこにこと微笑んだまま話を続ける。


「今使っているベッドですら広いと思っているのに元々置いてあったベッドなんて広すぎて……どこで……どこでどう寝たらいいのか……」


「広い部屋に広いベッドが震えるほどイヤだったのか、ジー!」


「完全に心の中はギャン泣きですよね、ジー!」


 ぷるぷると震えながらうなだれるジーの肩をつかんでオリーとバラハが揺さぶる。ジーはと言えばこくこくとうなずきながらつぶやいた。


「寝返りをうっても壁に手も足も当たらない……怖い……」


「気持ちはわかる。よくわかるぞ、ジー!」


「リカが勇者の称号を授かるときに王宮に泊まりましたが部屋もベッドも広すぎて落ち着かなかったですもんね」


「ふかふか過ぎて二度と起き上がれなくなりそうで……それも怖い……」


「気持ちはわかる。よーーーくわかるぞ、ジー!」


「王宮のベッドもふかふか過ぎて、このままどこまでも飲まれていくんじゃないかと不安になりました!」


「……! ……!」


 ジーはオリーとバラハに全力で同意し、全力でうなずいた。

 小さな村、小さな町、小さな家のかたいベッドで育った三人がなぞの連帯感を深める中――。


「広い? この程度の部屋で? エリザベスの部屋よりもせまいじゃないか」


「エリザベス?」


 フン! と鼻で笑うラレンに小さくてかたい同盟の三人はそろって首をかしげた。


「僕が飼っていた猫だよ。エリザベスの部屋はこの部屋の倍の広さはあったし、ベッドもそこの魔王が使ってるのよりずっと大きくてふかふかだったし、部屋の中央と窓際と壁際の三か所に置いていたけどのびのびと使っていたよ。広くて困るって……どういうこと?」


 すっかり仲良くなっている勇者パーティの戦士と魔法使い、魔王の三人を見て苦々し気に顔をしかめながらラレンは不思議そうに尋ねた。

 そんなラレンをじっと見つめていた三人だったが――。


「猫よりも……持て余している……猫よりも……使いこなせていない……」


「肩を落とすな、ジー! 心の中でギャン泣きするな、ジー!」


「猫は猫でも現国王の息子、王族に飼われてるロイヤルキャット様です! 大丈夫です、落ち込まないでください!」


 ジーがあいかわらずの淡々とした表情でひざから崩れ落ちるのを見てオリーとバラハが駆け寄る。魔王を取り囲んで全力でなぐさめる勇者パーティの戦士と魔法使いを見つめてラレンは苦々し気に顔をしかめながらぼやいた。


「いや、だから……心の中ではギャン泣きしてるそこの魔王だって魔族の王様でしょうが」

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